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祭りに対する反省(1/2)

【特報 追う】蘇民祭、“場外”だけ大騒ぎ 奥州・黒石寺 2008.2.15 15:52産経新聞
 結局、殺到したのは取材陣だけだった-。13日夜から14日未明にかけて岩手県奥州市の黒石寺で行われた奇祭「蘇民祭」。宣伝ポスターがJR東日本に掲載を拒否され話題となったが、悪天候もあり客足は例年より少なめ、祭り自体の参加者も約80人にとどまった。それをはるかに上回る取材陣に関係者は戸惑いを隠さない。自戒を込めて報告します。(石川裕司、荒船清太)
 -伝統をどう守ってきたのか、それが知りたくて取材に来ました。
 「その伝統を壊したのはマスコミだ」
 黒石寺蘇民祭保存協力会青年部の阿部新治部長(49)は祭りを終えた14日朝、産経新聞の取材にそう吐き捨てた。
 ポスターが呼び水となり、今年は県警が全裸の場合の摘発をほのめかすなど開催前から話題沸騰だったが、終われば摘発は例年通りゼロ。違ったのは取材陣の反応だった。
 「昭和46年に暴力団がらみのケンカがあった翌年、うちの会が伝統を守るために立ち上がったんだ」と初代部長の菊地一志さん(62)も話すなど、最初は和やかに取材に応じてくれたかのようにみえた。その裏で、ポスターのモデルとなった祭りの世話人、佐藤真治さん(37)は祭りの幕開けとなる「裸参り」の不参加を余儀なくされていた。
 「今年は出産を控えているから、裸参りした下帯をさらしに仕立て直したかったが取材攻勢にあうと思って自粛しました。祭りの進行を妨げないため」。佐藤さんはそう説明した。
 「車道には出ない」「撮影は3カ所に限る」。最後は寺の外で通行規制された国道に及ぶ蘇民袋の争奪戦で、取材陣と主催者側との事前の約束は守られなかった。「一般客に特に問題はなかったけど…」。水沢署の幹部は言葉を濁す。例年40~50人の取材陣も、今年に限っては3倍以上の約170人。民放のワイドショー番組が大挙して押し寄せた。
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 今年も全裸になった参加者はいた。だが、争奪戦のもみ合いで外れただけ。速やかに寺から離れる姿が何度もみられた。「文化的に大事で歴史ある祭りで、主催者側も協力してくれた。法律と伝統のバランスを考えても参加者の方には問題はなかった」と水沢署。

 「裸で騒ぐ祭りではないしイベントではない。そういうことを分かってくれる参加者や客が増えるのなら、地元の人でなくても大歓迎です」。佐藤さん自身も黒石寺とは離れた花巻市出身だ。
 奥州市水沢総合支所の佐々木禅商工観光課長も「ワイドショーなどの宣伝効果で、来年以降の人出を期待している」と発言。黒石寺蘇民祭保存協力会の菅野市夫会長も「騒動で祭りが全国的に知られるようになったのは結構なことで全国にPRしていきたい」と話す。
 黒石寺の藤波洋香住職も、客や参加者の増加については歓迎しているが最後にこう話した。
 「去年から変わった苦労?行ったなら分かったでしょう?メディアです。昨日も今日も電話がかかりっぱなし。祭りはいつも通り進みました。こんな田舎の祭りを取り上げてどうするの?」
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 黒石寺(こくせきじ)蘇民祭 岩手県奥州市水沢区の黒石寺で毎年、旧正月7日に行われる、無病息災、五穀豊穣(ほうじょう)を祈る伝統行事。
 県内では厳寒期に各地で同様の蘇民祭が行われているが、その中でも黒石寺蘇民祭は最大の規模を誇る。また、1000年以上の歴史を持つと伝えられ、夜を徹して独特の催しが繰り広げられることから“東奥の奇祭”といわれている。
 入り口から本堂に至る参道の両側に、“おこもり小屋”と呼ばれるわらやビニールで囲った小屋が数多く設置され、この中で参加者が着替えをしたり、炭火で暖を取りながら酒を酌み交わすのも祭りの風物詩となっている。
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このような記事で新聞社が反省を含めながら書くということは、マッチポンプという見方をするをする皮肉なみかたもありでしょうが、やらんよりましかなと思っています。この表現とて「反省を含めるポーズをしながら自己主張」という見方ととて出来ますが。
元もとのJRのポスターの視点は企業のリスク管理の論理です。これは、最大公約数的視点をするわけでありまして、先鋒的視点で新たに世界を切り開くというリスクを背負うには、あまりにも現代社会は重過ぎるのだと思います。問題はそこに全てのマスコミが乗っかってしまったということですが、このマスコミの報道が、最近は全ての民族的な風習を作るのに関与するとまでいえる今では、ローカルな風習は「普及し易いように加工する」(・・・なまはげ・西大寺のはだか祭り・吉田の火祭りなど)か、後は保存の処置を講じて(重要無形文化財など)「伝承芸に徹する」ということになりますね。さも無くは「秘芸・秘儀にトコトン隠蔽」に徹するということではないかとおもいます。あえて言うと、町の観光協会としてはJRにポスター提示をした段階でこの分別を外すことになったのかもしれません
現代は、別に日本だけでなく世界で自己のテリトリーを外す、ホモゲナイズド化を求めることが極めて強く求められていると思います。例えば鯨を食うことに対して、おおよそ今まで及ばなかった倫理感のぶつかりが、経済面まで関係してしまうということもあるのですね。まさか・・・とおもえる「風が吹けば・・・」項目が意外と株価に影響し、企業雇用まで影響するようになってしまったのは、どうしたらいいのでしょう。
例えば、JRの件のポスターを掲示したら、「ひどい」と言う人がでて、その人が過激な方向に打って出たら・・・ということが、もう無視できなくなっています。かくて社長が頭を下げ、株価が下がり(投機筋の挙動が非常に敏感になっている)、企業CSRがということに話が伸びていく。雉も鳴かずば打たれまいということですね。これがどこでも言われるんですよ。萎縮する人がいることも、分かるなあと同情してしまいます。そして、こういうたたきあいで話を「無為に」盛り上げるのもネットでは「祭り」というのもまた皮肉な話です。これからは、内実はともかく耳障りのいい文化は並立し、内実は非常に価値があるのだが一見価値観の侵害しあう文化同士の潰し合いは激しくなるという動きが、世界規模で更に熾烈を極めると考えています。
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「蘇民祭」渡海文科相は“OK…伝統の全裸に「警告は疑問」2008年02月16日08時15分報知新聞
 13日夜から14日朝にかけて開催された岩手県奥州市で行われた黒石寺蘇民祭(こくせきじそみんさい)について、警察が「全裸は公然わいせつにあたる」と警告したことについて、渡海紀三朗文部科学相は15日、記者会見で「伝統文化について、警察が判断するのはそぐわない気がする」と違和感を示した。
 胸毛とひげ面のポスターが「客に不快感を与える」として、JR東日本に掲示を拒否されるなど、注目を集めた蘇民祭。岩手県警からは全裸が公然わいせつとなる可能性を指摘されていた。渡海氏は「なぜ今年、急に警告したのか多少疑問だ」と警察の対応に疑問を呈し「裸になる」という祭りの伝統に理解を示した。
 今回の大臣の発言について、祭りが行われた黒石寺では「今、後かたづけが終わったばかりなんです…。大臣の心をわずらわせてしまい、申し訳ない」とした上で「全裸になることについて、マスコミが騒ぎすぎたのではないでしょうか。これからもしっかりと伝統と文化を継承していきたいと思う」と述べた。
 また、ポスターに胸毛にひげ面で載った佐藤真治さん(37)=会社員=は「終わりよければすべてよし」とし「警察の協力を得て、滞りなく祭りを終えることができた。警察をヒール(悪人)としたくない」と話した。
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とにかくこれも一つの事象ですが、現場の対応は警察がちゃんと認識している。多分県警本部としては対外的に発言しなければならないということでもあり、警察署をヒールにする事もできず、間に挟まれたのではないかと推測しています。これも文科相は「文化」というところで苦言を呈したわけで、警察庁長官は語るなら別のことを言うでしょうし。謝ることが会社のトップの主な仕事という自嘲も分かるような。
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はだか祭りのどこがいけないの?裸は「神聖」、それとも「ワイセツ」?パブリック・ジャーナリスト 工藤 明子【東京都】2008年02月21日07時03分
このところ「はだか祭り」が注目を浴びているが、19日には愛知県稲沢市の国府宮(こうのみや)ではだか祭りが行われた。正式名称を儺追神事(なおいしんじ)といい、江戸時代の末ごろから始まったというから伝統ある行事である。 毎年、神男(かみおとこ)」と呼ばれる男性を1人、希望者の中から選ぶ。神男はふんどしも着けずに参道に群がるふんどし姿の男たちの中に飛び出して行く。神男に触れると一切の厄災が落ちるというので、参加者たちは神男めがけて殺到し、押し合いへし合いとなる。その熱気は湯気となって立ち上るほど。神男は群集に、もしかしたら大事なところももみくちゃにされ、厄災を身に受けて儺追殿(なおいでん)に到着、神事が終了となる。今年の参加者は約9500人、見物客は約13万1000人と発表されている。
 ところで、はだか祭りが例年になく注目を集めたきっかけは岩手の「蘇民祭」。ウェブサイトによると、蘇民祭はほぼ日本全国に分布していて、蘇民将来(そみんしょうらい)を祭り、五穀豊穰、家内安全を祈願する祭りだという。
 今年、岩手県黒石寺の蘇民祭用に制作された観光ポスターにモデルとして登場した上半身裸のたくましい男性の胸毛などを女性が不快に感じる図柄としてJR東日本が掲示を取りやめた事で話題を集めた。日本3大奇祭の一つとされ、今年は2月13日夜から明け方にかけて行われた。岩手県全体の蘇民祭が国の無形民俗文化財に指定されているというから由緒正しい祭りである。長い間素裸で行われてきたが、最近は警察の指導で、ふんどし着用が義務づけられたという。
 一女性として感想を述べれば、ポスター自体のセンスはいいとは思わなかったが、セクハラだ、ワイセツだという感想はみじんも持たなかった。胸毛、ふんどし姿、いいじゃないですか。よしんばはずれたってそれはアクシデントというもの。本来神聖なものをワイセツな気持ちで見るからワイセツになるのだ。
 JR東日本と警察は「ワイセツ」と「セクハラ」についてもう少しお勉強して、一千年以上の歴史を持つといわれる蘇民祭をこれ以上「お上品」にして祭りのエッセンスを削ぐ愚を犯さず、ひいては日本の伝統をけがさないで欲しいと切に思う。【了】
■関連情報(参考サイト)
http://kokusekiji.e-tera.jp/
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008022002088910.html
http://wadaphoto.jp/maturi/kouno1.htm
http://www.konomiya.or.jp/saiten/hadakamaturi_setumei.html#2
http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20080209/CK2008020902086195.html
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JR東日本と警察は「ワイセツ」と「セクハラ」についてもう少しお勉強して」という発言自体、判断基準が人的依存によるものを勉強すればするほど露呈するということではないのかな。要するに答えの収斂自体の問題意識が本当はあるべきなのに、そこが出てこない。
「みほん」が無ければ何もできないということは、マニュアル的なところしか出来ないという反応形態の硬直性を感じる。みほん自体の存在は大切ですがね。(工業では限度見本という考え方があります)最後はその判断をするのは人間です。
(続く)

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コメント

こんばんは。
蘇民祭の舞台、黒石寺には珍しい鋳物製の狛犬があります。
http://www.daido-it.ac.jp/~aoyama/history/komainu/kokusekiji.html
さすがは鋳物の町、水沢の名刹だけはありますね。

投稿: kunihiko_ouchi | 2008年3月15日 (土曜日) 00時48分

>水沢市伝統産業会館
にはいったことがあります。この狛犬は存じませんでした。さすが名刹ですな。
以前勤務していた会社は、川口にあった鋳物やさんに鋳鉄鋳物を沢山お願いしていましたが、廃業によりそれらは全て岩手県の会社(複数)に発注替えしました。
その工場審査に設計担当として付き合ったことがありますが、釜石の存在が大きいからかこの技術は結構あるようですね。事実水沢・花巻の工場を3社/日廻ってきました。風鈴をお土産に貰ったりして。
そのときに購買課長と水沢市伝統産業会館に寄った記憶があります。

投稿: デハボ1000 | 2008年3月15日 (土曜日) 01時12分

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