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祭りに対する反省(2/2)

(承前)
異論があるといえましょうが、日本で奇祭というとこのようなものが挙げられるようです。全部ではないですが確かに裸になるものが多いです。
・なまはげ(秋田県男鹿市)参考
黒石寺蘇民祭(岩手県奥州市)
吉祥山普光寺の浦佐毘沙門堂裸押合大祭(新潟県南魚沼市)
・浅間温泉の松明祭、たいまつ祭り(長野県松本市) 参考
諏訪の御柱祭(長野県諏訪市)参考
・岩間町愛宕神社の悪態祭り(茨城県笠間市)参考
・吉田の火祭り、すすき祭り(山梨県富士吉田市)参考
・島田の帯祭り(静岡県島田市) 参考
国府宮のはだか祭り(愛知県稲沢市)
・古戸花祭り(愛知県北設楽郡東栄町)参考
・古川祭り(岐阜県飛騨市)
・鍋冠祭り(滋賀県米原市)
宇治のあがた祭り(京都府宇治市)参考
・太泰牛祭(京都府京都市右京区)
四天王寺どやどや(大阪府大阪市天王寺区)参考
・大避神社の牛祭(兵庫県赤穂市)参考
西大寺会陽のはだか祭り(岡山県岡山市)参考
・蛸舞式神事(鳥取県西伯郡伯耆町)
・御田祭(高知県室戸市)参考
・大山祗神社おしろい祭(福岡県朝倉市)
・泥打ち祭り(福岡県朝倉市)参考
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おおよそ網羅しているとはいえませんが、他にも性的な項目を取り上げる祭りは多いです。それは子孫繁栄と豊作がほとんどセットで付いてくるものがあります。金精様を祭り上げるお祭りはあちこちにあるのですが、これとて金精様そのものに、モザイクを掛けて報道してる事例には、ぶっ飛んでしまいました。

このなかで、地元の報道機関以外に全国的に流れている祭りの報道はどれだけあるんでしょうか。地元ですと従来からの認識が共有化されているから、まだどうこうという人は少ない。全国に流されると、奇祭という取り上げ方ならいいのですが、コンセンサス形成が出来てないようであるとただ闇雲に叩かれるということがあります。
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宇治のあがた祭りは、いったことはかなり後に1回だけですがあります。けど22時まですね。
http://www.younokai.com/ujitwonet/page/agatamaturi.html
毎年6月4・5日に、宇治のあがた祭り(別名「くらやみ祭り」)が行われる。別名「夜這い祭り」と書いているものもある。例年11万人がおとづれる。
平等院の北と南に神社が2つある。北にある橋姫神社は「縁切り神社」、南の県(あがた)神社は「縁結び」や「安産」にご利益があるという。神様は、男性に取っても、女性に取っても、大変有り難い神様で、顔の皮が緩む祭りだ。子供の出来ない女性に、子供を授けて呉れる神様が祭られている。
一キロメートル位の距離の道が三角形に成っている。(昔はこの道路は一方循環でした)その角の所に、祭って居るのが、助平と言って良いのか、人助けと言っていいのか、解らない神様が祭られて居る。その三角形の道路の側に建ち並ぶ民家を、宿として借り、西の空に夕日が沈む頃から、ある宿では踊り、ある宿では歌い、また流しの法界屋(今で言う、ギターを抱えた流し)を呼んで場を盛り上げ、一晩中騒ぐ。その南の県神社の「くらやみ祭り」はで、
夜中12時になると、辺りを真っ暗にする。(ちょっと前までは真っ暗な時に何をしてもされても文句は言えなかったらしい。)で、その後に梵天を乗せた御輿がお旅所から神社まで通る。神輿には男子と女子がお神輿を挟んで背中合わせに張り付いて、そのお神輿を激しく(ほぼひっくり返すくらい)揺らされるのを耐える。
その昔、県神社の神様が、夜に女の所へ夜這いに行くのに夜中に辺りを真っ暗にし、その間に夜這いを敢行したのが由来とか。(うしろめたいのか明かりを消すってあたりつっこみどころ満載ですな。)暗闇だからこその無礼講というわけ。男女が盛り上がるようですが、こんな状況設定も「縁結びの神様ならでは!」だが、昔は、この祭りの時は、人んちに勝手に上がりこんで、女子を犯しても良いお祭りだったとか。はなはだしきはかつてはFREE-SEXの許された祭りだと聞いた事がある。今はそんなことしたら、即逮捕・即朝刊ですな。
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ところが、この目的などは余り各所の広報では語られていません。またこの記載のようにだんだんと、世情に従って骨子は変わらないものの、細かいところで変質して言ったということになるようです。このように、周囲の環境をどのようにするかによって、祭りを延命する行為と言うのは、マスコミの研究をしてるところは考えてるようです。
今は、JR宇治駅の付近に広い道路を作ったのでそういうことは無いのですが、以前は宇治市内の旧市街(JR宇治駅・京阪電鉄宇治駅付近)はこの日はバスが一日区間運休していました。当然隣町や、宇治市のもう一つの中心地である近鉄大久保駅・JR新田駅付近からのバスは途中折り返し運転をしてました。当然各バス停には「県祭りのため、バスは城南荘バス停と宇治車庫で各々折り返し運転をします。」とか張り紙に書いてあり、いってみると城南荘バス停で操車をしている。この場所でのバスの切返しがまたテクニックの粋を集めてま(以下自粛)
わたしは幼いころこの近所に住んでいました。有名なお祭りと言うのは聞いていました。ただ、幼いころ家のものに「いって見たい」というと、家人は「・・・あれは夜も遅いし、子供が行く祭りではない・・・」と口ごもるばかり。S40年くらいならまだ旧風習が少し残っていたのかもしれません。そのコンセンサスがあったからこそ、奇祭とか「縁結び」や「安産」のお祭りとして定着したのですが、その維持管理には「報道管制」もあるのだということだと思うのです。
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多分報道する記者自身には徒に興味本位に扱うべきでないという概念はいくらかでもあるほうが、多いとと思います。それが会社という概念で受け入れられるかは難しいでしょうが。

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コメント

蘇民将来伝説のソミン(ソニンじゃなくて残念)もコタンも、バビロニア文明時代のメソポタミアにあった都市名らしいですよ。(高橋克彦氏の小説に書いてありました。)

投稿: niwatadumi | 2008年3月16日 (日曜日) 21時03分

>バビロニア文明時代のメソポタミアにあった都市名

ほう。こういうものはどこかで伝承していくものかもしれないですね。

投稿: デハボ1000 | 2008年3月17日 (月曜日) 11時56分

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