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虎は死して皮を残す(2/2)

(承前)
-----------引用
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000440702160002
2007統一地方選【夕張25票のゆくえ 07年選択の年に】(2)責任のありか 2007年02月16日 asahi.com
■暴走の歯止め役不在
 市営住宅に暮らす主婦(78)は昔、前市長の中田鉄治の自宅近くに住んでいた。中田の妻とも仲が良く、家族ぐるみの付き合いだった。「帰宅すると『どうだい、一杯飲んでいくかい』と気軽に声を掛けてくれてね」。彼女の知る中田は、気さくな家庭人だった。
 夕張は70年代に入り、炭鉱の閉山が相次いだ。79年に市長に就任した中田は「炭鉱から観光」を掲げ、石炭の歴史村を中心とする観光開発に突き進んだ。「期待していた。炭鉱しかない夕張が、華やかな観光地になるんだと思った」と無職の男性(74)は話す。開業直後は大盛況。市民の期待を追い風に、事業は加速していった。
 市民が異変に気づいたのは80年代後半ごろ。当初のにぎわいが消え、休日でも歴史村の客はまばらに。事業の赤字がささやかれ始めた。「あそこで誰かが止めていれば」。会社員の男性(28)は悔やむ。
 だが、市役所内に中田を止めることができる者はいなかった。「中田に意見したある職員が、みんなの前で『おまえ、辞めろ』と言われた」。市職員に知り合いのいた主婦(57)は、当時の庁内の様子をそう話す。「国は夕張市ではなく、オレに金を貸すんだ」が口癖。そこには後に「独裁者」と評される中田の姿があった。
 25人に聞いた「破綻(はたん)の責任」では、中田前市長を挙げた人が最多だった。閉山後の対策として観光事業に舵を切った手腕は評価するものの「途中で事業の見直しをするべきだった」との意見で一致する。
 中田を止められなかった市幹部や市議会の責任を問う声も多い。会社員の男性(36)は「市政をチェックするのが市議会の機能なのに、まったく何の役目も果たしてこなかった」と歴代の市議を批判する。
 朝のテレビ番組で、人気キャスターが「夕張市民にも責任があるんだよ」と叫んでいた。市長や市議を選んだ市民も悪いという論調だった。「悔しいよね。私たちは何も知らなかったのに」。自営業の女性(54)は言う。同じ自営業の男性(70)も「選挙では期待して入れたんだ。こっちは裏切られたという気持ちだよ」と話す。
 一方で、夕張市民の「依存体質」を指摘する声もあった。15歳で夕張へ来た自営業の女性(64)は当時、初めて見た炭鉱の暮らしに驚いた。「炭鉱の人は家賃も風呂代もすべて会社持ち。誰かが生活の面倒を見てくれるという感じだった」と話す。無職の男性(66)は「他人任せの意識が、閉山後も続いたのかな」。炭鉱に依存してきた市民が、今度は中田という大きな存在に寄りかかったと指摘する
 「でも、いまさら犯人捜しをしてもね」。別の無職の男性(66)は、思いを振り払うように言う。責任の所在はどうあれ、負担は市民にのしかかる。「自分たちでできることはやる。これからは、そういう気持ちでいないと」
(伊藤唯行)=文中敬称略
-----------終了
事後に、反省は必要であるから、この事実記載行動を否定することはしない。しかしそれを持ってただのアジテーター・圧政者の如き記載は、ちょっと待ってくれという言い方をしたいし、ペンと言う剣を持った人間の驕りを少し感じる。
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この当時の地方の経済再生というと、基本的には観光という視点が強かったし、最先端の活動であったという。確かにリゾート開発にかなり資本がつぎ込まれていた時期である。またその中身については後に民間スキームに対して資本投下するという「箱物方式」がむしろ時代の最先端理論としてもてはやされた。それまでは、政治がすべて文化面を仕切るという形のほうが強かったのであるわけで、これが人々の文化的素地の中で「負の意味での啓蒙思想」という形(いわゆるもの教えの押し付け)と言う意味が強く押し付けられるという側面もあったといえよう。従ってともかく、全ての夕張破綻は前市長にありという、問題の画一的スケープゴード判断は慎まなければならないのではという気がしてきた。
下記は、地元の経済ライターの記事である。必ずしも中立とはいえないが一聴に価する。
-----------引用
元夕張市長・中田鉄治へのレクイエム
夕張市がついにギブアップすると聞いて、3年前に亡くなった元夕張市長の中田鉄治翁のことを思い出している。
夕張市はいわゆる財政再建団体ってやつに転落する。行政機関の財務処理は少々理解しにくいのだけれど(特にバランスシートの資本の部がわからん)、年間の一般財源の10倍以上にあたる500億円の負債がある。民間企業ならば民事再生法の申請となるのだが、自治体の場合は債務カットはないので金融機関はビクつかなくても良い。起債された地方債などは一応はデフォルトにはならんようだ。
で、夕張市の財政をこの状態に追い込んだのは、6期24年務めた元市長・中田鉄治の進軍ラッパ行政であることは誰もが認めるところだ。炭鉱の町夕張は山の灯が消えてからというもの斜陽の一途。最盛期の昭和30年代前半に12万人いた人口も今や1万3千人あまり。そんな街の再生を「炭鉱から観光へ」というスローガンに託して猛進したのが中田前市長である。廃坑跡に石炭の歴史村という遊園地を作り(第3セクターでだ!)、そして90年には「ゆうばりファンタスティック映画祭」を誕生させている。
市長時代の中田翁と何度か飲んだことがある。確か98年と99年の2回、場所は加森観光(注:夕張市の施設の受け皿会社になった)でやっているアートホテルズ札幌の中にある「川甚」だ。
中田翁持参の夕張焼酎の「寅次郎」を飲みながら、映画祭に賭ける思い、観光再生にかける意気込み、夫人に先立たれた後のヤモメ暮らしぶりなんかを聞かせてもらった。どう考えてみても、財政破綻を加速させている破天荒爺さんなのではあるが、結論から言うと私はこういう爺さんがかなり好きである。
あの爺さんが無茶をしなかったら、今や世界的にも認知されている(というか国内よりも海外からの評価の方が高いわけだが)夕張ファンタスティック映画祭は生まれていないのだ。デニス・ホッパーが、タランティーノが夕張に来ることもなかったのだ。この映画祭の認知度、そのプレゼンスを考えれば500億くらい安いものではないか。
-----------終了
いろいろ見てみると、中田氏は「確信犯」であるという意見もある。観光に過度の投資をしたと揶揄されているが、じつは観光に最終的に投資回収を期待してるのではなく、観光でネームバリューをつけ、副次的に軽工業を誘致するという発想を持っていたという知見もある。民間企業に勤めてから夕張市の職員として勤務した彼は、そのあたりのストーリーを、考えていたようであるが、一方地方自治体における指揮系統のふらつきとトップダウン式行動の可否・限界が見えていたといえるのではないだろうか。少なくとも最盛時の1/10の人口さえ維持が困難な経済環境である以上、そのときのトレンドから判断して、かつ清濁合わせのみ(この言葉自体も今のトップに対しては罵倒の対象になる言葉になっている)このような発想をしたのではないか。
夕張市長を6期・24年に渡り歴任中、夕張の主要産業だった鉱山の閉山後「分不相応の投資をしなければ、夕張市は再生しない」とし、観光振興を目当てに、各施設の建設や、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に代表されるイベントを次々実施した。
1980年 夕張市石炭博物館 
1983年 石炭の歴史村(遊園地) 
1985年 めろん城 (正式には「夕張メロンブランデー醸造研究所」ブランデー製造工場・直販施設。 )
1988年 ロボット大科学館 
しかし、これらの観光振興政策はかつての石炭ほどの利益をもたらすことはなく、(但し、それを期待してるとはいえないはずともいえるが・・・)人口流出はとまらず、夕張の財政を更に圧迫させ、加速することになった。そこに市民への説明責任があったはずということは否定しない。
当時産炭法の失効により、同法に沿って行われていた地方交付税の手厚い分配がなくなり、地方債への依存度が高まった。地方債発行には知事許可を要したが、夕張市、歌志内市、赤平市、三笠市、上砂川町、芦別市は限度額に近い金額を起債し極端な財政危機に陥った。そこで、「空知産炭地域総合発展基金」など各種基金や、銀行・信用金庫など金融機関からの借り入れという形で急場をしのいだと言う。このスキームは本来、一時的な税収不足(ショート)・会計制度上財政が逼迫しやすい会計年度末に少額・短期間採られる手段ではあるが、6市町は税収不足の補填や融資自体の返済のために借り換えに借り換えを重ね、債務は累積し、いわゆる自転車操業状態に陥った。(注:夕張市以外は産炭地活性化基金の取り崩しがまにあって回避)
この上、北海道拓殖銀行の破綻と道内の全体的構造不況がトリガーを引いてしまったといえる。夕張市については「夕張市ではなく、オレに金を貸す」というぐらいにやり手市長の存在で、国内の企業が人を見て投資した側面もあるようだ。
特に、中田氏は映画を重視した。ここに彼の好きなところにもちこんだというコンセプトがあったことは否定しない。確かにどこの鉱山でも安価な費用でみられる映画館があったらしい。確かに細倉鉱山・松尾鉱山・沼尻鉱山には会社直営の施設があったという話も残っているし、九州の産炭地域もそのようだと聞く。これは、鉱山廃れて、興業が残るというのも心根としてあっても不思議ではなかろう。「炭鉱の人は家賃も風呂代もすべて会社持ち。誰かが生活の面倒を見てくれるという感じだった」というなかに「映画」もあったのだ。
要するに、中田市長がいたから結果がドラスティック・センセーショナルに出たという側面はあって、そうとう巧妙な手を使わない限り、誰がどうしてももう回避は出来ないということをあまりだれも語らない。今の世の中での夕張の存在意義の軽さがやっぱりどこかにあるのではないか。しかも表層的な視点で見る怖さが全てにあると考える。
---------------
けど、夕張市石炭博物館 石炭の歴史村は地場の有力観光会社が資産価値を見出し、めろん城は地元での有志が立ち上げることになり・・・となると、決してムダになったのではないらしい。一般の箱モノが大概意味を成さなくなったようになった(ないしはそう喧伝される)ことを考えると、生きてるんです。しかも夕張の「のれん代」を高める資産がここにある。それが上述の通り「映画」なんですよね。
---------------引用
http://yubarifanta.com/index_pc.php
映画祭概要
東京国際映画祭協賛企画 ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2008
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭とは;日本で最初のリゾート型映画祭として1990年にスタートし、映画はもちろんのこと、スキー、スノーボードに北海道の山の幸、海の幸、世界各国から集まるゲストや地元の方とのふれあいも魅力のひとつとなっている。
●会期●2008年3月19日(水)~3月23日(日)
●会場(予定)●ゆうばりホテルシューパロほか夕張市内
●主催●ゆうばり国際ファンタスティック映画祭実行委員会
http://www.yubarifilm.com/
開催に至る経緯ときっかけについて
 夕張国際映画祭2007を共催するJCF学生映画祭(プロデューサー:太田雅人)は、1999年の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」の10周年特別協賛企画としてスタートいたしました。
夕張市民の方々の厚いおもてなしで第1回から第3回まで開催することができました。その時の感動はいままで忘れることはできませんでした。
その後、遇数回は沖縄、愛知と地域を廻り、奇数回は東京開催というスケジュールで、本年第7回を開催することができました。
このたび、JCF学生映画祭の生みの親であり、ふるさとである「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」が中止というニュースを耳にし、なにか恩返しができることがあるのではないかとJCF学生映画祭関係者や学生有志が立ち上がり、映画祭という夕張のシンボルをお借りし、世界の学生映画のNo1決定するという国際学生映画祭を開催することを決意いたしました。併せて、全国の大学生による『夕張の地に映画を根付かせる』をテーマとしたアイデアコンテストを行うことを決定しました。
清水艶監督(第7回JCF学生映画祭グランプリ監督:大阪芸術大学)と世界六大陸(アジア、欧州、南北米、アフリカ、オセアニア)の上質な学生映画がこの夕張の地でクリエイティブ力を競い合い、世界No1を決定する映画祭にします。この夢の実現に向けて、全国の学生を中心にした実行委員会が頑張る姿をご覧いただき、少しでも夕張市の活気の源となる事が出来ないかと考えています。
これがJCF学生映画祭の生みの親であり、ふるさとである夕張の皆様への、わたしたちのご恩返しです。
----------終了
わたしはこの言葉を、語りたい。
『虎は死して皮を残す』:虎は死後も皮となって珍重される。同様に、人はその死後に残した名誉や功績で評価される。死後に名誉・功績を残すべきである、ということの喩え。
しかもゆうばり国際ファンタスティック映画祭のマスコットは「虎」なんですな。

参考:北海道新聞HP
http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/index.php3
http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/02.php3
http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/03.php3
http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/04.php3
http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/05.php3
http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/06.php3

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