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もてるものは何だろう

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世界的な穀物争奪に危機感を=食料安定供給へ課題提示-農水省 2008/01/15-12:36 (時事通信)
 農水省は15日開いた「食料の未来を描く戦略会議」(座長=生源寺真一・東京大学大学院農学部長)で、食料輸入国である日本の安定的確保のために、消費者や農業生産者などが取り組むべき課題を提示した。世界的に穀物などの食料争奪戦が激化する中で、60%以上の食料を海外からの輸入に依存する日本は将来、安定的に食料を確保できない恐れもある。同省は、国民が国内外の食料環境に危機感を持つことで、40%を切った自給率回復に向け、コメを中心とした日本型食生活の推進など国民運動につなげたい考えだ。
 温暖化など気候変動による収穫量の変化やバイオ燃料の需要拡大、中国やインドなど途上国の急成長で小麦や大豆などの穀物需要が高まっており、世界的に奪い合いの様相を呈している。また、生産国の一部では輸出規制をかける動きも出ており、同省は「『金を出せば買える』時代ではなくなりつつある」として、こうした厳しい食料環境を消費者が認識する必要性を強調している。
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国産バイオ燃料普及へ新法=製造業者の税負担軽減-政府 2008/01/07-15:01 (時事通信)
 政府は7日までに、国産バイオ燃料の原料生産と製造を支援する新法案「農林漁業バイオ燃料法案」(仮称)を、18日召集予定の通常国会に提出する方針を固めた。サトウキビや非主食用米などの原料生産者とバイオ燃料の製造業者が共同で事業展開する場合、税制上の優遇措置を適用する。生産者と製造業者の安定的な原料取引を促し、農業振興とエネルギー供給源の多様化につなげたい考え。今秋の施行を目指す。(後略) 
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日本は資源小国といわれています。色々な考え方はありますが、海外利権を第一次世界大戦で失ったドイツ、元々資源小国であった、イタリアと元々資源が標本箱みたいに種類は多いものの量が稼げない日本。これらは当時の資源占有(囲い込み)に対して閉塞感があったからという見方があります。特に石油に始まる燃料。これはこの当時にはすでに問題になっていたんですよね。イタリアが枢軸国に加盟した理由は、ざっくり言えば「石油の確保」「世界大恐慌」「ファシズム」なんですよね。
(1)当時は主要燃料が石炭から石油への移行期であった。領土内・植民地の石油確保が容易だった米国やイギリス等の「持てる国」と異なり、イタリア・ドイツ・日本等の「持たざる国」では石油の確保が困難だった。そのため経済的・軍事的に「持てる国」に対し遅れないために、他国に戦争を仕掛けてでも石油の確保ができる領土を獲得する必要があった。
(2)当時起こった「世界大恐慌」では、「持てる国」は自国植民地圏内での「ブロック経済」等の対策で経済的に回復の兆しを見せていた。(モンロー主義もその施策の一つと言える)ところが、「持たざる国」では国としての内部留保が元々無い事もありその方法が使えなかったため、経済的な復興が立ち遅れてしまう。その経済的苦境を脱するために、なにが不足かというと、「権益」であるならそれの拡大、需要拡大のためには「戦争特需」という大義名分が出来上がってしまった。

つまるところ、枢軸国というのは、「持たざる国」の「持てる国」に対する共同戦線と言う解釈ができるという解釈である。もっとも、最後に、イタリアもドイツも日本も、当時の政権が右寄りだったため、基本的な志向に通じるところがあった、ということも理由のひとつかも知れないのですが、他の枢軸国(ブルガリア王国、ハンガリー王国、タイ王国、フィンランド共和国、ルーマニア王国は)を見ると必ずしもそうとはいえない。(タイ王国は連合国に対して上手く立ち回ったこともあり、終戦後の外交手腕により敗戦国としての扱いを免れる)というわけでこれも余り強くいえない気がします。
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結果的に、いまや以前と違う意味での資源の囲い込みが起きようとしているわけです。故紙もそうだといいます。そうなると、やはり「持てる国」「持たざる国」という区分がまた出てきてるわけですね。但し、今度は別の意味合いが出来る可能性もあるわけです。労働力商品の価値が高い国、高くない国が出てくるわけすね。勿論、この労働力商品(これ自体はマルクス経済学の言い方。資本が労働力を市場で商品として買い、生産過程でその使用価値を消費することは、資本による商品の生産の決定的な前提条件である。ところが労働力商品は、一般の生産物が商品であるのとは異なる特殊な性格をもつ。労働力商品の使用価値をなす労働が、価値を形成するというだけではない、という説明。)の購買競争は一元的評価で無いだけに、非常に難しいものがあります。単純労働の嵩に価値を見出すという場合もありますし、深い解釈能力を期待して付加価値を見出すということもあります。
但し、労働の二重性という概念がマルクス経済学にはあるそうです。
(1)使用価値を生み出す具体的有用労働 :あらゆる社会形態に共通・・・分業のもとでは社会的労働の一部として意味をもつ。
(2)価値を生み出す抽象的人間労働 :商品生産社会に特有・・・交換の成立によって私的労働が社会的労働の一環であったことが事後的に証明
となると、この場合は顕在化しやすい労働力商品と言う意味で(1)を、潜在化しやすい労働力商品と言う意味で(2)を示すのがいいのかと思います。
またその言語能力が世界的に使えるというだけで幅が広がる。たとえばインドは国内で英語が公用語になっており普及しうる環境にあることだけでも、付加価値があがる要因になりうる・・とまれ上掲の特殊な性格というのは認められましょう。となると労働力商品という考え方に環境における係数が掛かることによって絶対価値がかわっていくという解釈になります。
(ええ。もとより私、マルクス経済学は専門的には勉強していません。しかし、近代経済学のインバースとして学ぶに価するものであると思います。マルクス主義は欠点を露呈し、失敗学の範囲に入ってしまいましたが(反面教師ではあるわけだし)、古典的マルクス経済学は別ものです。決して排除するべきでないと思っています。あの治安維持法の元でも「マルクス経済学」の本自体は、基本的には発禁にはならなかったようです。(世界大戦中はさすがに扱わなかったようですが)近年過去帳に入ってるが如き扱いをされ、労働組合の幹部さえ存在を知らないのがいるのは、なんだかなあと思いますね。)
勿論それ以外の能力もありますが今後の工学教育にこの「労働力商品価値の付与」というベクトルは結構生かせる考え方だと思います。
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トヨタ、ピックアップの試作車発表=ハイブリッドで環境にも配慮 2008/01/14-14:58 (時事通信)
 【デトロイト(米ミシガン州)】トヨタ自動車は14日までに、当地で開催中の北米国際自動車ショーで、ピックアップトラックのコンセプト(試作)車「A-BAT」を公開した。ピックアップの購入者は燃費よりもパワーを重視する傾向が強く、「ガソリンがぶ飲み」車との批判も出ているが、A-BATは低燃費のハイブリッド車で、環境にも配慮を示している。
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たとえば日本は、エネルギーの新たな創出自体は寄与することに限界はあるかもしれない。しかしその環境負荷低減のノウハウを訴求することが出来ればそれで良いわけで。但しこの場合でも、輸出先がエネルギーをアルコールに替えるならこの考え方は破綻する。そうなると政治力と、相手の能力や習慣にある程度会わせた形での普及が必要になってくる。工学教育に関して言うと、どのように判断して、どのように把握してという技量に新機軸を打ち出す事が「付加価値の創造」と見なされることに掛かるわけで。いずれにせよ生きること自体のリスクがどこかに残ります。

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