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東98系統:東京駅南口-等々力駅

朝から横浜・蒲田・二子玉川と出歩き、夕方7時から愛宕山近くで打合せという日程だったが、出先から意外と早く二子玉川駅に舞い戻ってしまったので、これ幸いと少し遊ぶことにした。等々力駅train(工事をしてるようだ)をおりて多摩川方向に歩くと等々力渓谷である。これはこれでなかなかいいんですが、今回は反対方向に歩く。等々力操車場では乗れる便が半分(東急バス担当便のみ)らしいので、40分待ちは一寸つらいだろう。りそな銀行の前に何人かが並んでいた。日中20分毎。で来たのが、都営バス品川営業所管轄。bus
この系統、http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2008/02/post_1950.htmlでも述べましたが、日曜のマラソンの時でも運行された「東98:経済産業省行き」の区間運転でもおなじみですね。
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東98系統
東98:東京駅南口 - 経済産業省 - 東京タワー - 慶應義塾大学 - 目黒駅 - 清水 - 都立大学駅北口 - 等々力七丁目 - 等々力駅←等々力操車所
1948年11月1日:東京駅 - 自由ヶ丘(現・八雲三丁目)間で運行開始。目黒営業所担当。東急電鉄バスと相互乗り入れ。
1959年3月20日:等々力操車場まで延伸。
1968年6月13日:首都高速経由便(目黒出入口 - 霞ヶ関出入口間を首都高経由)を新設。平日ラッシュのみ。
1984年2月1日:首都高速経由便を平日朝の東京駅行きのみの運行とする。
1987年5月16日:首都高速経由便を廃止。
2005年3月28日:目黒分駐所から品川営業所に移管。
東急バス目黒営業所との共同運行路線。都営・東急共に、中型長尺ノンステップバス使用が基本。
東京駅丸の内南口を起点に、日比谷、赤羽橋駅、白金台駅、目黒駅、都立大学駅を経由し、東急大井町線等々力駅に至る、1984年2月16日より都営と東急が共同運行を行い、大手民営バスが都心部まで乗り入れる光景が見られる唯一の路線。
等々力方向は等々力駅前(東急の等々力停留所)で営業を終了する。 (共同運行の東急バスは往復とも等々力操車所発着で営業。)
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自由が丘線
東98:東京駅南口 (- 経済産業省) - 東京タワー - 慶應義塾大学前 - 目黒駅 - 清水 - 都立大学駅北口 - 等々力七丁目 - 等々力操車所
以前数多く存在した都営バスとの共同運行路線の一つ。東急と都営との共同運行で現存唯一の路線。多くが山手線駅等を境に分割された中で、この系統は分割されずに残っている。目黒通り沿線の都立大学駅以東は鉄道駅から比較的遠いためか、目黒駅を跨いで山手線内と目黒通り沿線間での利用客が比較的多い。
1946年2月に目黒駅~柿の木坂(現・碑文谷警察署付近)を復旧したのが戦後の始まりで、同年6月14日に都立高校へ、9月に自由ヶ丘(現・八雲三丁目)へと延長。1948年11月1日より、都営バスとの相互乗り入れにより東京駅まで運行するようになった。その後も自由ヶ丘発着の時代が長く続き、線名の由来となっている。等々力へ伸びたのは、1959年3月20日。1968年6月13日からは、通勤時間帯に限り目黒ランプ~霞ヶ関ランプ間で首都高速を経由する便が登場し、1987年5月15日まで運行。
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目黒通りは元々目黒駅発着のバスがかなり多く(目黒在勤の時期、忙中にもかかわらず時々黒01:目黒駅-清水-大岡山小学校前とか乗っていた)目黒通りに入って、産能大学の前あたりから座席はほとんど埋まり始めてくる。で案外なのが都立大学駅であまりお客が入れ替わるわけでないんですね。
車窓で意外だなあと思ったのは、外車のディーラーとか、高級家具の販売とかいう会社・ショーウインドーが窓の外を流れていくということ。このあと白金付近を通るのだが、高級といっても慶応大周辺は日本的なものの老舗が多いのに対し、このあたりは質のいい外国製を鋭意輸入しているような店が多いという差があるような気がする。バスは段々込んでいき、立ち客も多い。(このあたりから目黒駅までは黒02:目黒駅-都立大学駅北口-上野毛駅-二子玉川駅とかあり、かなりの頻繁運転)目黒消防署の放送に「ただいま立替のたね仮設庁舎に引っ越しております」という丁寧な案内。
目黒区に無い「目黒駅」では東急バスとは違うところに付くため、目黒で降りると思った客はそれほど居るわけでない。(地元客は乗る時にある程度選別してるようだ)これ以降は意外と都営庭園美術館脇とか、芝公園脇とかじつは風光明媚なところを通る。この後は少しずつ乗り降りはあるものの座席はほぼ埋まる状態である。で、結果的に私は慈恵医科大学で降りた(始めは虎ノ門で降りたほうがいいと思ったのだがどうやらこちらが近かったようだ。)
沿線は変化に富み、この路線の愛好者は少なくないと言う記載もあったが、なんとなく分かるような気がする。首都高速経由便(目黒出入口 ⇔ 霞ヶ関出入口 首都高速経由)があった当時、一度乗ってみたかったものだ。

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コメント

この「東98系統」歴史が長いですね。そうそう、首都高を走るのがありました。何回かのった記憶があります。
私が大学生の頃、都バスには車掌さんが乗っていましたね(もう25年ほど前ですが)。最寄りの停留所が「中根町」なので、時々三田の大学に行くときに使いました。

投稿: 自由なランナー | 2008年2月19日 (火曜日) 05時54分

>そうそう、首都高を走るのがありました。
1987年まであったようです。どうしても地下鉄中心に考えてしまう東京都内ですが、ところでどうして地上を見てみると、「何でなんとか坂という地名がおおいんだ」とか発見があるものですね。

投稿: デハボ1000 | 2008年2月19日 (火曜日) 08時28分

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