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スピリチュアルブームと危険予知

「これからお休みの方も、そしてお目覚めの方も、時刻は1時になりました。」(ぉぃ)tv
昨日も書いたのですが、確かに依存心が多い人の問題は考えなくてはなりません。但し、本質的に下記の議論は目くそ鼻くそを笑うが如き反応に見えるのですがね。
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テレ朝は即刻、江原啓之の「オーラの泉」をやめるべきだ[日刊ゲンダイ:2008年01月27日 10時18分]
そろそろ潮時だ。テレビ局は“スピリチュアルタレント”の起用をやめるべきではないか。
21日、NHKと民放で構成される「放送倫理・番組向上機構」の放送倫理検証委員会が、スピリチュアルブームを助長しているテレビ番組に警鐘を鳴らした。
フジテレビが昨年7月に放送した「FMS27時間テレビ『ハッピー筋斗雲』」内の企画で、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之(43)が登場し、ボランティア活動を行っている女性を批判的に取り上げたことを問題視。放送後に女性から抗議があったことなどを受け、「初めに霊能師タレントありきの企画で、出演者の心情への配慮を欠き制作上の倫理に反する」との意見書を発表したのだ。
 この手の“警告”はこれまで何度も出されてきた。昨年3月には霊感商法問題に取り組む弁護士が民放連に「心霊現象番組の見直しを求める要望書」を提出している。
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「細木数子や江原といった“スピリチュアルタレント”が出演している番組の人気に便乗した霊感商法の被害が拡大しているのです。国民生活センターによると、4年前は年間1000件程度だった相談件数が、2006年から3000件以上に急増しているといいます」(マスコミ関係者)
 TBSは細木の「ズバリ言うわよ!」を、フジは「幸せって何だっけ」を3月いっぱいで打ち切るが、問題なのはテレビ朝日だ。「週刊文春」で「インチキ霊視」と書かれた江原の「オーラの泉」をゴールデン枠で放送し続けている。
「江原氏はこれまで何度もテレビでの霊視を批判されているし、相談者たちを見せ掛けにして強引に持論を展開する部分も目立ちます。疑似宗教的で劣悪な番組ですよ。テレビは影響力が絶大です。テレ朝は“視聴率さえ取れればいい”という姿勢を改めるべきですよ」(放送ジャーナリスト・伊勢暁史氏)
 今こそテレ朝の良識が問われているといえるだろう。
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江原啓之 テレビ界から引退を宣言?[日刊ゲンダイ:2008年01月31日 10時19分]
美容院経営の女性(50)がフジテレビの番組で望まない霊視をされたと抗議した問題で、霊視を担当したスピリチュアル・カウンセラーの江原啓之(43)が公式HPで「番組制作のありかたを遺憾に思う」とフジテレビ側を批判した。 江原は、昨年7月に放送された「FNS27時間テレビ」内で女性に無断でカウンセリングし、亡くなった父親の言葉を伝えていた。
 江原は「テレビ局に不覚また迂闊に騙された」と自分こそが“被害者”であると訴え、「私自身はテレビにしがみついているわけではない」と、細木数子に続いてテレビ界からの引退までニオわせた。ただし、自身の霊能力については、「真実はひとつ」と否定していない。
 江原に関しては、霊感商法「神世界」の被害者弁護団などから批判が出ている。テレビに責任を転嫁する前にやるべきことがあるだろう。
 芸能評論家の梨元勝氏がこう糾弾する。
「テレビ局を批判すること自体は否定しませんが、批判するならば、どういった経緯で女性への人権侵害がなされたか、番組制作上の詳細を報告する義務がある。それでなくとも、江原氏は女優の檀れいの存命中の父親を死者として霊視するなど、その能力にいくつもの疑問点が出ている。引退するのは結構だが、大衆を欺いてきたとされる点は説明すべきです」
 もっとも、江原はTVを引退しても、収入面は困らない。カルマや浄霊法などをテーマにした講演会で年内のスケジュールはびっしり。
 3月にはオペラのCDも発売し、年会費5250円のファンクラブ運営も順調。HPで水晶玉(14万7000円)や数珠(2万9400円)の販売先も紹介している。TVはこの辺が潮時と考えてもおかしくない。
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まず、一般的な話を考えると、確かに非科学的なものを出すわけには行かないというところは分かる.
ところが、いろんなところに占いなどの書籍が発売され、ネットに氾濫しているという現実はいかに判断すればいいのか。
そもそも霊視とか言う概念は、大体主観的かつ感性的にしか判断できないものを具現化する(ということになっている)ことから出てくることで、その中に強引に議論を出すことはその課程で、当然生ずることである。従って霊視を客観的判断と見なすこと自体に、客観的視点という言葉を拡大視しているところがあるわけだ。確かにTVは権威的に見える側面が多いため(限られた国に関してはそういうステータスが確立されている側面はある。イタリアなどのように雨後のたけのこの如くメディアがある国では、視聴者が取捨選択するからこのような権威的な見方は必然的にないようだ)であろう。
この評論者の「良識」と言う定義がなんなのか。情報というものの出自というところを考えると、すでに基礎的視点をマスコミに嘱託してるんだから、どこかにプリズムが掛かってる情報というのは取得の前提なんですけどね。霊感商法とTV番組は本質的に違う行為だと考えます。(とはいえ出演者が多少このあたりを混同しているのもかなり強くあるから、なお更複雑だ
もう一つ「美容院経営の女性(50)がフジテレビの番組で望まない霊視をされたと抗議した問題」の話では、予めコンセンサスが取れない相手をムリに江原氏にカウンセリングさせたこと自体に、すでに想定してはならない相手に仕事をして仕舞ったといえましょう。相手がこの行為に対し満足感を予め得られないということが分かっているなら、始めから霊視などをする必要もないでしょうし。となると、「人権侵害」は霊視行為由来でないのですよ。梨本氏はこの意味では混乱してるところがあると考えるのです。その意味ではテレビ局の対応自体に江原氏が文句があるのもよく分かるのです。よって江原氏に「大衆を欺いてきたとされる点」を言って、多分なにを言っても同じところに収斂する結論が作れるとは思えないのです。(但し、放送局の演出行為が暴走する可能性を、これだけTVに出てながら見抜けなかった江原氏に瑕疵責任があるともいえる。)
但し、それ以前に「放送局のいう空気」が読めない人に対する配慮が出来ないこと、即ちどこかで「放送局のいう空気」がお互いに読めなくなってると私はみた。
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さて、空気を読むということ自体、協調性というコミニュティーの世界である。
場の空気を読む、意識することは「暗黙知」で、心理学ではこの能力を「社会的知能(ソーシャル・インテリジェンス)」と呼ぶのだとか。対人心理学では、このようなコミュニケーション上の機微を習得可能なもの(=技能)として捉え、社会技能と呼ぶ。対人心理学においては、対人関係の巧拙を生得的なもの(=性格)としては捉えない。古今東西を問わず場の空気を読むということはどのような人であれ人間関係を維持する上である程度要求され、一定のスキルを身につけることが望ましいとされる。この「空気を読めない」をKYと略し、やがて頻繁に使われる様になった。一方、引きこもりの原因に空気というものを取得する能力に乏しいと思い込んでいる人がいて、「空気など読まなくていいんです」という指導をしてる人もいる。どっちにせよ中庸が取れない人が座する以上、どちらも成り立つ議論である。
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じつは場の空気と言う概念は、麻雀の話(ぉぃ。それは場の風ではないの?)もあるが、後天的訓練の場が与えれればある程度日常生活でカバーできるものであると考える。コミュニケーション上の機微を習得可能なもの(=技能)として捉え、社会技能と呼ぶのを援用するとそうなる。
さて、KYによく似た記載というと、よく工事現場で緑地に白く書いてある+の字の下に良く書いてある字、KYKとかKYTとか見ませんか。KYKというと工場や建築現場のようなところ、特に多数の協力工場や社外工が入り組み、意志相通が計りにくい現場で行われる、安全管理教育です。(大阪の有名トンカツ屋知ってる人は知っているが、この場合は関係ないです)
工事や製造などの作業に従事する作業者が、事故や災害を未然に防ぐことを目的に、その作業に潜む危険を事前に予想し、指摘しあう訓練である。ローマ字表記 Kiken Yochi Training の頭文字をとってKYT、あるいはKiken Yochi Kunrenの頭文字をとってKYKと呼ぶ。
危険性の情報を共有することで、事前に予測できる災害の発生を未然に防止させる仕組み。毎日の始業時や動作時に指差喚呼を行い危険性の再確認をし、さらに安全性を高める行動も行われている。1973年、中央労働災害防止協会の欧米安全衛生視察団に参加していた住友金属工業和歌山製鉄所の(当時の)労務部長は、ベルギーの会社を訪れた際、交通安全教育用のシートをみて、危険を自らが危険と感じることにより、各自安全行動に努めるようになることに気が付いた。社内にプロジェクトチームを結成した成果として誕生した。(製鋼所での労務災害は多数の協力工場や社外工が入り組む職場で、安全保持は以前から非常に問題になっていた)日常の作業をただ流すだけでなく、常に、何か危険は潜んでいないかと各自が考える習慣と訓練意識を持たせる。
ただしですね、これとてミソは情報共有化ということになるのですが、その根源は空気の共有化・・つまり協調がベースなんですよ。KYKはKyoutyousei Yochi Kunrenかもしれませんね。というかKYがあるからKYKがあるということになってしまうのでは
-------------引用
「KY式日本語」なぜ流行? 解説本が登場[J-CASTニュース:2008年02月06日 18時25分]
KY=空気読めない。JK=女子高生。ND=人間としてどうよ――最近、ネットの掲示板やブログ、メールを媒介にして、「ローマ字略語」が急速に増殖している。なぜこのような「KY式日本語」が流行るのか?
その意味や機能、社会背景を解説した本「KY式日本語―ローマ字略語がなぜ流行るのか」が2008年2月7日、大修館書店から発売される。
編著者は、「明鏡国語辞典」の編者で、「問題な日本語―どこがおかしい?何がおかしい?」などの日本語関連の著書がある北原保雄氏。「KY」のほか、「AM=相席は無理」「OTK=音立てて食うな」など、さまざまなローマ字略語439語を収録し、その使われ方や発生に潜む背景を解説している。
さらに、古典やことわざ、故事成句といった伝統的な表現に「KY式日本語」をはめこんでみた「声に出して読む名句・名言」も掲載。
「人の褌(ふんどし)でSMを取る」
「春はAB。夏はY。秋はYG。冬はTM」
などといった名句(?)を声に出して読むことで、新しい日本語の響きを味わえるようにしている。 新書版144ページで、定価714円。
-----------終了
嗚呼、辞典類の大手「大修館書店」まで、やってもーた!
なおYKとなると横浜神奈交バスになります(違)。down

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コメント

こんにちは。連日のKYコメントで失礼いたします…。

>その根源は空気の共有化・・つまり協調がベース

KYつながりでまとめたところはさすがだと思いました。語彙の少ない僕なんかだとこういう問題も「想像力の欠如」で括ってしまうところです。そうして欠如の原因は,短絡的ですが,「読書量が不足している」ことだと考えているのです。

投稿: niwatadumi | 2008年2月 8日 (金曜日) 12時22分

最近時間がとれないこともありますが、ほとんどテレビを見なくなりました。情報密度が薄いので時間の無駄だという気持ちも強いです。だらだらつまらないテレビを見る人間とネット等で必要な情報を素早く入手する人間との格差はますます広がってくるものと思われます。

投稿: KADOTA | 2008年2月 8日 (金曜日) 19時27分

>欠如の原因は,短絡的ですが,「読書量が不足している」ことだと考えているのです。
多分、どこかでつながってる話だと思っています。本を読むということは基本的にどこかで情報を補ってやらなければならないことがおおいですね。だからその訓練と言うのはあるといえましょう。

>だらだらつまらないテレビを見る人間とネット等で必要な情報を素早く入手する人間
まあTVも中身のあるものやそれなりに有効な情報を咀嚼して味わうには有効性があるともいえますし、反対にネット情報に逆に非常に偏ったものもある(しかも偏ったことが見えないようにカムフラージュしていたり。)TVはニュースはともかく、最近は吟味の上大切なら録画して、みて不要なものは全部みないでさっさとデータを捨てるようにしています。

投稿: デハボ1000 | 2008年2月 8日 (金曜日) 22時32分

今年に入ってからまだお正月の駅伝しかTVを見てません(笑)。
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」の「イチロースペシャル」は録画してあるんですが見る時間がなくて…

投稿: TX650 | 2008年2月 9日 (土曜日) 16時42分

>見る時間がなくて…
見る番組はほとんど決まっていますから、逆に言うとそれだけです。ニュースだけはご飯を取るときに見ますが、それも何かをしながらです。そうしないと時間がもったいないのも事実です。

投稿: デハボ1000 | 2008年2月 9日 (土曜日) 19時56分

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