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妄想無罪(爆笑)

過日、有る人が「妄想無罪」と書いているのをみて私はぶっ飛んだ(笑い)。ある高級自動車に対して共産主義テーストを感じるという話から派生した話。(しかしこの自動車、アメリカのカーデザイナーの企画になるものらしいが・・・)
ネタは文化大革命。映画『ラスト・エンペラー』のサウンドトラックに紅衛兵による「造反有理、革命無罪」の連呼が収録されてるらしい。造反有理とは、「謀反には理由がある」を意味し、革命無罪は、「革命に罪はない」を意味する中国語。文化大革命で紅衛兵が連呼したスローガン。漢文の読み方にすれば「反(≒否定的主張)を造すること(≒結果を生じさせる)、理(ことわり≒理由。わけ)有り。革命に罪無し。」ということになりますかね。
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文化大革命の影響は当時の閉鎖的な中国の影響もあって、かなり後になって知らされた実態で世界に驚愕を迎えたと言われる。この曲をバックに「毛語録」を掲げて歩く兵・子供達の姿は印象的ですね。(挙句の果てに「ちびっこ猛語録」という本が日本で売れた。・・・後述)このようなことは後の天安門事件(注:六四天安門事件)でも多少はあったそうですが、(知り合いに仕事で天安門の前のホテルにて商談会をしたとき事件に遭遇し、そのまま半月当地に閉じ込められたという人がいます。)今の中国は本邦より資本主義だなあといいたくなるものもありますね。
これをとよく似たことを最近読んだんですよ。「俺のモットーは1クールのレギュラーよりも1回の伝説」という、コアな反を持つリアクション芸人(ながら、じつは小劇場でのシリアスものでも狂気の狭間にある人物などの演技に定評がある)江頭2:50氏にこんなことがあるそうです。
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(1)2000年2月、江頭2:50氏は大川豊氏と共にお笑いの勉強のため北朝鮮へと赴いた。その際現地の放送局からインタビューされ、その模様が北朝鮮中に流された。その放送(朝鮮中央放送の国際放送)を傍受(朝鮮中央テレビについては、Thaicom3と呼ばれるタイの衛星を用いた衛星放送を実施) していた日本の放送局では「江頭が北朝鮮のテレビに出ている!」と騒ぎになり、夕方のニュースで放送された(なお、NNNニュースプラス1の報道では、北朝鮮で「少年」律動体操を踊る江頭の姿が放送された。)

注:律動体操:北朝鮮の体操。少年少女がマスゲーム等で統一した行動をとるための練習に使われ、日本のラジオ体操的位置である。ワンジェサン軽音楽団(왕재산 경음악단(旺載山輕音樂團)の演奏曲。
幼稚園律動體操(유치원률동체조)曲:우리도 소년장수
少年律動體操(소년률동체조)曲:우리의 아버진 김정일원수님
大衆律動體操(대중률동체조)曲:우린 사랑한다
老人律動體操(로인률동체조)曲:그때처럼 우리가 살고있는가
の4種類ある。(画像の最初に有る文字は、金正日氏の推薦コメントだそうだ)バックグラウンド・・背景をともかく言わないで見ると、個人的には、体操としてはそれなりにこなれたものであると考える。特にからだを温めていって段々とむずかしい運動に進んでいくところで音楽のアレンジメントが複雑になっていくところは、工夫が見られる。(全体的に難しいが)

これぐらいはまだいいのですが・・・

(注:著作権については、2003年4月までは、日本国内では利用が完全フリーだった。現在は北朝鮮のベルヌ条約加盟により著作権的に「自国と同等、またはそれ以上」の権利で保護されているものの、朝鮮総連などによると、非営利目的で利用する場合は今までどおり、事実上オンラインでのアップロードも認めるコメント有。なお日本の文化庁は、「国交のない国に著作権料を払う必要はない」との見解。)
(2)江頭は2003年に訪朝し、現地の人々と交流。パーティーの席で、当時流行していたテツandトモの「なんでだろう」の朝鮮語バージョンを披露。同行した通訳らの喝采を受けた江頭は、現地の人に友好の印としてステッカー(「なんでだろう」の楽譜がハングルで書かれている)をプレゼントした。しかし、乗車したバスの運転手がそのステッカーを胸に貼ったため(北朝鮮において、「なんでだろう」は現体制を批判する禁句とされている。 )、江頭らは当局の事情聴取を受け、反乱分子として身柄を拘束・逮捕されかけた。
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私は人間は、誰しも疑問に思うことがあると思う。「なんでだろう」は現体制を批判するというのが理由なら、それを外に出すか内に秘めるかの違いと考える
この概念は、場合によっては文献主義・権威主義と似てる側面がある。有る程度の査読を求めることによって証左をしてもらうということが、全てのものの発展に効果があるというのは事実であろう。査読行為自体は否定できないもんもではあろうが、それをもって永久(とわ)に正しいという誤解はしないほうがいいのではないか。
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共産主義に限らずとも、イデオロギーが文言になることで明確になるのは非常に普及する要因となる反面、文言の抽象化があって、筆者も意図しなかった権威主義化するということもあるのだと考えるのですが。たとえば・・・
毛主席語録は、中華人民共和国の指導者毛沢東の著作などから引用、編集された語録。1960年代には紅衛兵が常に携帯し、文化大革命の象徴となった赤い表紙の本。日本では一般に「毛沢東語録」、「毛語録」として知られる。かつて新約聖書、コーラン、共産党宣言などと並ぶ大ベストセラーであった。最近「毛語録」の日本版を買いましたが、なんとなく孔子・孟子のようなテイストの編集です。(注:ところが文化大革命中は、孟子・孔子は悪人とみなされたらしい)
私は、「劇場政治」という言葉にも同じにおいを感じる。「センテンス先行」というのはよっぽど自分で律する心をもって接するべきことであろう。けど妄想だけなら無罪なのである。
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(余談)
■「ちびっこ猛語録」という本。現在国会図書館・横浜市立図書館に蔵書があることが分かっている。
表紙が赤くて、(この段階ですでになにを意図してるかは分かりますね)いわば子ども向け「性の解説本」みたいな内容で「セックスの方法」「妊娠のメカニズム」とか図解入りだった。女の子はどうすると気持ちがいいとか、なぜ男の子は興奮すると下半身が暴れん坊になっちゃうとか・・・orz。
ただ良く見ると「学校に対する批判」とか「嫌な教師との付き合い方」とかも書いてある。これは当時の一般的考え方では、有害図書ということで、PTAから袋たたきになって、すぐに発売中止となった。今にして思えば何ということのない本なのだが、当時にしてみれば衝撃的な内容だったのだろう。しかもこの本、元は中国と何の関係も無い北欧の本だったみたいですね。冷静な議論になればそれなりに評価できる本だったかもしれない。
書名   :チビっ子猛語録 ( シリーズ :カメノコ・ブックス )
著者名:S・ハンセン,J・ジョンセン/共著 , 石渡利康,三谷茉沙夫/共 日本語版編
出版者  :二見書房
出版年  :1972.1
その後『新ちびっこ猛語録』という表紙の青いモノ(改訂版)が出たと聞く。

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コメント

こんばんは。

>共産主義に限らずとも、イデオロギーが文言になることで明確になるのは非常に普及する要因となる反面、文言の抽象化があって、筆者も意図しなかった権威主義化するということもあるのだと考えるのですが。

毛沢東亡き後も、鄧小平の時代まではわりとその傾向がありましたね。「白い猫でも黒い猫でも、鼠を捕まえる猫が良い猫だ」とか、彼の発言はなんでも「格言」になってしまっていたような。
今の中国の指導者は暴走する資本主義を制御しようと躍起になっていますが、末端までは中央の指示は届かず、多くの人民は「そんなの関係ねえ」の構えの模様です。

投稿: kunihiko_ouchi | 2008年2月 4日 (月曜日) 00時02分

>鄧小平の時代まではわりとその傾向がありましたね。「白い猫でも黒い猫でも、鼠を捕まえる猫が良い猫だ」とか、
そうですね。ただこの頃から少しずつ崩壊は出てたのでは。「白い猫でも黒い猫でも、鼠を捕まえる猫が良い猫だ」「では熊猫(パンダ)はどうなんだ」とかいう突込みが流布するようになってましたが。
そしてそのレスポンスが全くなくなると弱肉強食の世界に移行し出てこなくなる。この変わり身は世界をまたに掛けるしたたかな民だと思います。
「格言」は明快だけにステレオタイプに画像を作ってしまいやすい。その怖さを意識しておかなければならないですね。

投稿: デハボ1000 | 2008年2月 4日 (月曜日) 03時27分

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