« 破損と言うものは隠れる(1) | トップページ | 計量法違反と詐欺 »

破損と言うものは隠れる(2)

(承前)
過日、小林英男 横浜国立大学特任教授(東京工業大学名誉教授)のお話を聞く機会に恵まれた。話は破損解析の時の、多次元的要因分析の話に結構時間を割かれた。材料破損の原因という意味では熱応力+流体応力・材料強度・振動の3つの相互連携解析ということでの解析が必要であるが、各々がこの連携要因を理解できないほど複雑化しているため、そのとりまとめが必要だということであった。
-------------

課題と対策
○国土交通省の規制強化は効果なし(民間自主規制の方針に反する)
○地方自治体の検査結果の確認は期待できない(人員の余裕なし、技術力なし)
○経営者の自主管理が全て(民間自主規制のための規格の設定と、実行を監視する組織の立ち上げ)
○上記の自主規制と事故情報の社会的公開(公開しない施設は利用しない)

ブログランキング・にほんブログ村へ
要するに、世間の技術的認識がブラックボックス化になっているのに対して、その問題と対策をを明確に示している。ただこれは、国・政府・自治体の管理監督能力自体が既に限界にあるというか、事故解析能力を持たせること自体が既に過大な期待だということである。以前の政府方針から考えれば、見事に責任放棄しているという見方になるであろう。けど実態としてはまんざらずれた話でないと思う。

勿論この意見にも問題がないわけではない。民間自主規制のための規格の設定と、実行を監視する組織の立ち上げということは非常にいいことであるが、このような団体が、30年ほど経つと権利化のための保身頼りという変節・または実体の無い形骸化(ガリバーのような会社の規格が優先され、業界自体が思考が止まり、市場寡占状況になる)は割りとあること。最適解をを求めるのは難しそうである。
また「事故情報の社会的公開」ということであるが、なにを持って公開とするのか。事故情報の報道的公開には、明らかにセンセーショナルに取り上げるが余り、真実とずれた見方を殊更に強調することもある。反対に、的確なスピーカーが確かな見地に基いて語っても、記者のアンテナに載らないと取り上げられない事、抹消されることが結構ある。発表するほうに非があるという見方(つまりプレゼンテーション能力不足)もあるらしい(この時の後段の講師・石川氏:元日本原子力研究所東海研究所副所長、元北海道大学工学部教授の文言に、このマスコミ対策の苦労話が出てきた)。ですが、そのような上手い人の発表のほうが反って不信感を持つ場合も時々ありますし、完璧なプレゼンは、意見誘導のための作文という見方が頭をもたげることもあるんです。力の掛け方が、非常に難しいです。
-------------
さて、金属疲労に起因する重大な話題となった事故は5年毎に起きているという話。なるほど。この原因として小林氏はこのような話を出されている。

金属社会の落とし穴
○金属社会
○金属は鬼に金棒の材料(鬼-強さ 金棒-延性)
○延性(塑性変形して壊れる) 加工しやすい 壊れるまでの裕度あり(安全)
○鬼の泣き所が金属疲労(延性と言う特性で疲労が起きる)

確かに、金属ほど柔らかいものはないというのは、技術者同志ではよく言われることですよね。固定概念を持っちゃーいけないということもあるでしょうし、純銅や純鉄はほんと柔らかく、後の特性付け(合金化・熱処理・残留応力付与・・・etc)によるものだということです。ただ俗語辞典でこのような表現を見るように、まあ、このあたりの感覚って結構違うものです。
鉄板:「間違いない」「確実な」という意味の言葉。【種類】 若者言葉
解説:鉄板は「硬い」ことから、「堅い」にかけ、ギャンブルや芸人の世界で「間違いない」「確実な」といった意味で使われる。特にお笑いの世界では確実にうけるネタ・ギャグ(主に大御所芸人の定番ギャグ)を『鉄板ギャグ』という。また、これを略して鉄板ともいう(例えば、ビートたけしの定番ギャグであれば「たけしの鉄板」という)。

「間違いない」「確実な」という見極めは、短期的にはいいかもしれないですが、未来永劫という考えでは非常に危険を伴います。人間とて疲労破壊しますよね。精神的だったり、身体だったり。金属だってそうなるし、(鉄のようにSN曲線が明快で無限寿命が見極め出来るものはまれ)化学物質もそう。最近は、軸受鋼におけるベアリングの無限寿命理論が膨大なデータを基にしていわれていますが、ではそれだけでいいのかというと、潤滑のほうが別の課題をもたげるということが思考から抜けてたりするんです。最近のベアリングは潤滑にグリースを使うのが多いですが、大概、ベアリングの中に封入されているグリースが熱影響撹拌による劣化影響で、先にいかれてしまうため、そちらで有限寿命が来てしまい、この結果、ベアリング本体が損傷する誘引となるものです。
けどほとんどの人は、明確に示さなければアクションを起こさないし、また寿命が永久であることを「あたりまえ品質」と認識されたら、取り付くしまがないような気もしています。となると・・・・
あのジェットコースターを作った人・導入した人(経営者)・使ってる人・管理する人・そして(私を含めた)顧客、全てにどうこのような、共通とはいえないけれどもお互いに分かり合えるところを考えていくか難しいし、私の役割(ビジネスチャンスとは書かない)があるかも知れないですね。
この講演では、整備・保守に対して高度なスキルのある人が大方の聴取者ですので、まず聞いている人はこんな間違いをしないだろうという、小林氏の考え方があったようです。たしかにそんな低いレベルの人間に扱わせたらいけないなというのは、科学者としては至極もっともでしょうし、原子力部門でそんな人材が居ること自体職務怠慢だし、柏崎地震の対応でも、「科学的な見識で見れば」大過なき状況で済んでいることは、評価できると思う(これさえ、その人の「当たり前品質の価付け」によっては収斂するものではないが)。但し、原子力以外のもっとコンシューマーに近く、コンシューマー間のスキルに大差あり、一律な指導をしてはならず、カスタマイズした指導を必要とする業界にあっては、「このような高邁な概念」をだしても「わかんなーい」で通され、それが正道として通る可能性があり、事実それによるクレームが多くなっているということを身体の節々に刺し込まれている私には、一つの課題が生れました。
--------------------
かつて畑村洋太郎氏は「失敗は隠れたがる」という表現をしました。破損事故は失敗の代表的事例として取り上げられるのが通例ですし「破損というものは隠れる」物でしょう。
激動する現代、目先の価値観にとらわれ、短絡的に実用的なものを求めがちですが、このような時期だからこそ「無用の用」や「不易流行」の意味をじっくりと考えてみたいものです。
けどそれを考える価値観自体が、あまねくみなに持てるんでしょうか。持たない訳にいかないということをわかってもらうようにしないといかないということですね・・・

|

« 破損と言うものは隠れる(1) | トップページ | 計量法違反と詐欺 »

コメント

こんばんは
勉強をさせてもらっています。
私が破壊・破損・事故に関する勉強をしている文献や得られる情報が小林教授に近い筋にあることもあるのでしょうが、小林教授の「まとめ」はなるほどと胸に落ちます。軟鋼を見直すべきといっているのではないかと思います。
エキスポランド事故の顛末を見ていると、たとえ次に同じような事故が起きて犠牲者がでても、そのために全国の遊戯施設が数ヶ月使えなくなっても、社会的影響は微々たるものという「暗黙の社会的合意」が形成されているのではないかと、勘ぐりたくなっています。

投稿: SUBAL | 2008年2月24日 (日曜日) 02時45分

>社会的影響は微々たるものという「暗黙の社会的合意」が形成されているのではないかと、勘ぐりたくなっています。
官依存体質自体の維持が既に「日本の国力」では支えられないということが前提になっているようです。
>国土交通省の規制強化は効果なし(民間自主規制の方針に反する)
というところを前置条件として論旨が進んでいました。
社会的リスクは少なくとも「原子力よりは軽微」ということも意図してると思います。本当にそれでいいとは思ってらっしゃらないようですが。

投稿: デハボ1000 | 2008年2月24日 (日曜日) 11時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/40219439

この記事へのトラックバック一覧です: 破損と言うものは隠れる(2):

« 破損と言うものは隠れる(1) | トップページ | 計量法違反と詐欺 »