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科学技術の説明(1)

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
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わかり易い科学技術の説明というのは、分かってる人の頭と、わからない人の感性を持つことになる。純粋な研究者のなかには時にして純粋であるからこそ、立ち居地を変えて話をすることがなかなか難しいんですよね。
若いころ(1980年ごろ)京都の洛南高等学校のある先生からこんなことを聞いたことがある。
注:1960年代、底辺校として不良の溜まり場になっていた東寺高校は、当時の副校長が中心になって学校内の改革を決断。校名を洛南高等学校と改称、校則を厳しくし、特別進学コースを設置して優秀な生徒を集めた。改革後の洛南高等学校は、風紀は堅く守られ、学問・スポーツともに成績全国トップクラスの進学校とした。(1980年代は大学進学とスポーツ活動という両方の生徒さんがいました。いまは中学からの生徒が進学コース、高校からは両方という形のようです)
「私たちは高校教諭としては決して優秀な学校を出ていないからこそ、いろんなレベルの生徒さんの勉強態度の造り方、考え方など、かゆいところが見えるというところもある。反対に、学問がすきになるという経験もしている。だから知識を教えるために汗をかく。その汗を意外と生徒は見ている。」
要するに、精神論に傾斜傾向はあるんですが、相手の見かたをどのように把握するのかということが涵養だと。
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いわゆるバカになるという考え方。多分にそうなんです。上から目線では解釈してもらえないんです。こうゆう視点のフレキシブル性が必要なんですな。けど難しいことです。となると、どう聴衆(学生だろうか・先生だろうか・30歳代か・50歳代か)が取るかという経験が必要になるんです。このあたり優秀な落語家の高座を見ると勉強になります。
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鈴本・浅草演芸ホールなどに足を運ぶと、これはという新進の落語家は客層によって枕を見事に切り替えます。(春風亭小朝師匠もここはうまい)。もっとも枕がいつも同じところから始まる柳昇師匠(「わたくしは、春風亭柳昇と申しまして、大きな事を言うようですが、今や春風亭柳昇と言えば、我が国では…(沈黙)、わたし一人でございます…」)もいますが、その後をじつは臨機応変に変えている。じつは鈴本演芸場と浅草演芸ホールは近い事もあり、高座を掛け持ちする人も多いんですが、噺は同じものでも枕を見事に客層に仕分けていたり、受けないと分かれば枕を切り替えたりという腕が有る人が一杯います。(ホール落語ではこのあたりのフレキシブルな対応ができない興業条件である。また国立演芸場では、VTR収録という演芸データベース作成要件があり、このあたりは一寸違うことに留意されたい)
1昨年、私は、講演の際の話の枕にすこし工夫をさせてもらっています。以前某横須賀市で商工会のメンバーに「省エネ技術」の話をしたときは、導入部に「先行投資はその場では理解してもらえないんです。『痛みに耐えて』こそ『よく頑張った』となりますが、(苦笑)最後には『感動した』と皆さんにいってもらえるんですよね。(爆笑)」あら、ここは小泉さんの選挙地盤でしたな。一期一会の可能性も多い皆さんにはこういう話し方も必要です。
昨年の年末ですが、私がある講演会のプロデュースと講演者を兼ねることになってしまいました。中締め位置の講演という形で流量計測の歴史の話をさせて貰いました。勿論、高名な先生方に2時間ほど話していただきましたが、私はこう話を切り出しました。
「えー、さきほどお二人の先生に興味ある話をしていただきました。現在のエネルギー技術動向、そして次世代のエネルギーの開発動向について勉強しました。
さてぼちぼち忘年会のシーズンですね。カラオケをされる方も多いでしょうが、私は渡辺真知子さんがむかしから好きです。デビュー当時の歌に「迷い道」てのがありますね。歌い出しは「現在・過去・未来 あの人に逢ったなら」ということで、まさに現在未来の話でした。そこで私は過去の話をして、いまや皆様に現代科学の迷い道を抜け出す一助にしてもらいたいと思います。(爆笑)」
おや、思わず横須賀市つながりになってしまいました
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寺田寅彦:(Wikipedia):1878/11/28 - 1935/12/31
物理学者、随筆家、俳人。
いわゆる「理系」でありながら文学など文系の事象に造詣が深く、科学と文学を調和させた随筆を多く残している。今日では、寅彦は自らの随筆を通じて文系と理系の融合を試みているという観点からの再評価も高い。内田百間らの随筆で敬意を持って扱われている。
研究上の業績
●地球物理学関連(潮汐の副振動の観測など)
●「X線の結晶透過」(結晶解析分野としては非常に初期の研究の一つ)の業績により1917年に帝国学士院恩賜賞受賞。
●”金平糖の角の研究”や”ひび割れの研究”など、統計力学的な「形の物理学」分野での先駆的な研究も行っていて、これら身辺の物理現象の研究は「寺田物理学」の名を得ている。
名言集
●われわれがもっている生理的の「時」の尺度は、その実は物の変化の「速度」の尺度である。万象が停止すれば時の経過は無意味である。「時」が問題になるところにはそこに変化が問題になる四元世界の一つの軸としてのみ時間は存在する。 「春六題
●ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい。 「小爆発二件」(1935年)
●科学の歴史はある意味では錯覚と失策の歴史である。偉大なる迂愚者の頭の悪い能率の悪い仕事の歴史である。科学者とあたま」 (1933年)
失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。 「科学者とあたま」 (1933年)
●頭のいい、ことに年少気鋭の科学者が科学者としては立派な科学者でも、時として陥る一つの錯覚がある。それは、科学が人間の知恵のすべてであるもののように考えることである。科学は孔子のいわゆる「格物」の学であって「致知」の一部に過ぎない。しかるに現在の科学の国土はまだウパニシャドや老子やソクラテスの世界との通路を一筋でももっていない。芭蕉や広重の世界にも手を出す手がかりをもっていない。そういう別の世界の存在はしかし人間の事実である。理屈ではない。そういう事実を無視して、科学ばかりが学のように思い誤り思いあがるのは、その人が科学者であるには妨げないとしても、認識の人であるためには少なからざる障害となるであろう。これもわかりきったことのようであってしばしば忘られがちなことであり、そうして忘れてならないことの一つであろうと思われる。「科学者とあたま」 (1933年)
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もちろんハイソな世界でバックボーンが貫かれてはいる。これを違う意味では啓蒙主義として取られると、また良否の解釈になる。啓蒙主義の具体的成果で最大のもののひとつである百科全書派による百科事典『百科全書』が、「科学と技術と技法の理性的な辞書」と自己を定義づけているがこれとてトップダウンによる「もの教え」という比喩で非難する論調も有る。いろんな問題は内包してるのは覚悟の上考えると、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』自体も、その概念は逃れられない。但し権威主義・文献主義から逃れたところに新味があるが、そこが脆弱さでもある。

というわけで、そんな寺田氏の著作のなかからマニアックな統計科学の事例を挙げてみましょう。(続く)

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コメント

あけましておめでとうございます。
今年も含蓄のある記事を楽しみにしています。
今後も宜しくご指導ご鞭撻の程、お願いいたします。

投稿: mac | 2008年1月 2日 (水曜日) 16時26分

あけましておめでとうございます。
今後も宜しくご指導ご鞭撻の程
お願いいたします。
話題について行けますように頑張ります。

投稿: 職業訓練指導員 | 2008年1月 2日 (水曜日) 21時10分

ありがとうございます。
私は決して文章が上手いという人間ではないので、ご迷惑をおかけすると思いますが、コミニュケーションツールとして有効に活用していきたいと考えております。

投稿: デハボ1000 | 2008年1月 5日 (土曜日) 14時09分

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