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雛形をどう使うか(1)

以前知人と話していて「ほう」と思ったことがある。
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大きな製造会社で、市場調査や工場運営、品質管理などのキャリアを長年積んできた当方の知人は、あるとき大型書店で設計技術の本を見たのだそうな。で、本を開くと開口一番書いてあった言葉にショックを受けたという。
「スペックは多くの場合上司から与えられる」
これは、現象としてありえなくも無いし、会社間でまたがる(たとえば派遣社員さんに派遣先社員が業務を指示するとき、それ以前の事象を選定したこと自体がノウハウである以上開示しないということ)場合は、じつは日常的に起こりうることである。しかしですね、設計を担う人物も、大概その根拠自体を聞かなければ、どこに変更可能性があり、どこにセールスポイントがあり・・・という設計の細かい力の入れ具合、仕込み事が分からない。派遣社員さんに分かってもらって任せる場合、その仕事結果に対してフィールドバックを掛けて、ノウハウを派遣社員に伝授することを避けていくという形を取るという、余り能率的でない工程が生じることは実務では結構経験するものである。別に派遣社員さんでなくても設計を外部に委託する場合のノウハウとして口すっぱく指導された経験がある。だけどね。それはあくまでモディファイされた世界であり、真のニーズを拾い上げるという観念的なものはあるんだから、教科書の筆頭に書くことではなかろうと思って、まあ本といっても幅広いものだし・・・としていた。
ところが、私も同じような経験をしてしまったのである。やはり本屋で立ち読みをしていると・・・
「設計仕様自体は、要求元の指示に従うもの」
じつはこの文自体は上よりまだましで、要求元の把握内容を聞き出せという意図もあるように取れることが救いである。しかしその先を読むと仕様書を読み込むことに趣旨が行ってしまって、言いたいことはどうやら上と変わらないようだ。やれやれ。
よく考えると、立場が変わっても、どうやら同じ趣旨で設計計画を考えてる人は多いらしい・・と観念するしか無かったのです。知人が見つけたものと同じ本ではないらしいということは、そこらじゅうにこういう概念があるらしいということですよね。同じ本でないことが、かえっていかりや長介氏の台詞でないが、「ダメだこりゃ」という見方になってしまったのである。
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このように、設計計画というものは機械設計の根幹技術として大学では教えられているのだが、・・・

・・・雛形自体が結構見出せない状態で教えられているらしい。また教育機関では基本的に設計手法の指導は「研究や指導対象ではなく、雇用先のノウハウに依存している事」という視点に立ってる場合もあるわけで、自ずから力が入らないというのも聞いている。最近はこのような問題に対し問題意識を持って研究課題として取り込んでいる研究者・指導者が、チョコチョコ脚光を浴びることになるが、その裏側には企業でのOn the Job Traninig (OJT)指導自体も、『技術漏洩リスクがあるからやーらない』という見方が潜んでるように感じる。
もっとも、それ以前に機械工学自体にあまり「仕様計画」(造語)という概念が強くないのもあると思っている。試作して問題点を抜き出して対策・・という考え方が機械(電気・電子もそうかも)にはある。土木・建築では試作という概念は余り無く(研究規模では多いのだが実務ではそうは行かないですよね)その前に事前検討に手数を掛けなければ、遺恨を残すことになるわけ。試作というものでも前段階に計画と言うものが厳然と有る。同じ機械設計でもこの事実に会って呆然とするのはプラントエンジニアリングに足を突っ込むと分かるもので、私もそういう場面に会ったときには一寸戸惑ったものだ。(多くの機械系プラントエンジニアは、川上から川下までの流れを見ることが達成されてからは、計画はとにかく専門家に任せ、狭い業務の仕事師と計画技術者への報告・連絡・相談に徹するというスタンスをとるようだ。)
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そういえば、ある工具メーカーと共同研究開発をしようとして折衝をしていたとき、その相手に言われたのがまさにそうであった。
「設計仕様は、天から降ってくる」
だからあんたの客先が、協同研究をしたいといってるのにこれはないだろうと思うのである。ところが、その後管理職などが全て「優秀な自社幹部の意見に従う」というベクトルで進んでいることが徐々に見えてきたし、すべての研究者がセクト主義できてるらしいのである。ひどく落胆してしまった。(勿論、受け入れないなら受け入れないで、相手さんが理論的に説明するなら、他の案件を提案してみようと思っていたのですよ・・・)
が、この場合の天は「会社の経営陣」ということらしい。結局国内有数のこの会社を見切って共同研究先を替える作業を余儀なくさせたという記憶が頭をよぎった。
とにかく、バランスが崩れた概念を保たざるを得ないという事象が結構あるんではないの・・・と危惧を感じてるのである。その際、近視眼的視点は外さねればならないようだ。けどそんな視点が膾炙されるのでしょうか。
(続く)

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コメント

私は、やはり設計工学の教科書で「製品仕様は経営者の判断で決定する」という旨の記述を見たことがあります。いずれにしても仕様・スペックを考え、決めるのは技術者の仕事ではないと教えているわけで、商品企画メインでやってきた私としては頭を抱えざるを得ません。
技術経営の専門職大学院(MOT)が近年増えていますが、これも既存分野の技術者に「企画・計画はMOTのひとたちの仕事だから自分たちとは関係ない」と思わせてしまう負の側面を持っているように思えてなりません。

投稿: TX650 | 2008年1月13日 (日曜日) 09時46分

>これも既存分野の技術者に「企画・計画はMOTのひとたちの仕事だから自分たちとは関係ない」と思わせてしまう負の側面
日本のMOTの受講者は大学四年次から進む人はあまりいない(というか学卒者は大学院で同等の指導をする研究室がある大学も)そうで「設計・開発」「技術企画・営業企画」「経営」の部門の人がおおむね同じ割合で来ています。米国から来た技術経営専門職大学院のカリキュラムは確かに専門職家を進める方向性を持っていまして、一律に日本の社会に向くかというと疑問なくも無い(とはいえ、欧米の教授法で日本・韓国以外は動いてるんで、国際相互認証上は難しいんです)どころか、「企画・計画はMOTのひとたちの仕事」と意識付けるのが世界的にはもっと強いのです。
日本的思考というコンカレント技術を議論するような講座は、日本独自ですが一部にあります。但しこれらは企業OBの非常勤講師が担ってるカリキュラムが多いです。(日本のMOTは海外よりも、企業からの非常勤講師がおおいようです)

投稿: デハボ1000 | 2008年1月13日 (日曜日) 12時02分

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