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科学への意欲

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<国際学力調査>「興味」に悩む教育現場 実験教室は人気 12月4日23時18分配信 毎日新聞
 「子どもたちの科学への意欲は世界最低レベル」。4日公表された経済協力開発機構(OECD)の学力到達度調査(06年実施)の結果に、教師たちからは「授業時間が不十分で、なかなか興味をひきつけられない」との声が漏れる。しかし科学の不思議さを体験できる実験教室は人気を呼んでおり、子どもの好奇心や意欲をはぐくむ様子は苦悩する教育現場とは対照的だ。
 宇宙飛行士の毛利衛さんが館長の「日本科学未来館」(東京都江東区)。実験教室の予約受け付けは2カ月前からだが、すぐいっぱいになる。
 1日は親子連れなど11人が「超伝導」をテーマに実験に取り組んだ。超伝導体(銅などの酸化物)の上に発泡スチロール板と磁石を置き臨界温度まで冷却して板を抜くと、磁石が浮き上がったまま止まる。目黒区の中学1年の男子生徒(13)は「まさか浮くとは」と興奮した様子。スタッフの渡部晃子さん(29)は「すべて理解させるのではなく、本物の科学に触れ、興味を持ってもらうのが目的」と語る。
 小中学生を対象に週1度の実験を行っている民間の「麻布科学実験教室」(港区)には、125人が通う。小1男児の母(46)は「学校ではあまり実験がない。小さい時になるべく刺激を受けた方がよいと思い参加させた」と話す。教室長の入村精一さんは「見て触って驚く実験こそが子どもの興味を育てる」と強調した。
 「楽しく学べる科学教育」を目指し、出前実験などの活動を続けるNPO法人「ガリレオ工房」理事長の滝川洋二・東京大客員教授は「学校では子どもが自分で成長を実感し、次の学びへの意欲をかきたてられるような授業が行われていない。教師の指導力が落ちたのは明らかだ。70年代には小中高で1500時間の理科の授業があったが、今は780時間に減り、教師の理科の素養が不十分だ」と指摘する。千葉市内の40代の中学教諭は「ゆとり教育で理科の授業が減った中、限られた時間で知識をつけなくてはならない。自然のすごさを伝える実験をするのが理想だが、今の中学ではそれが難しい」と話した。【加藤隆寛、山本紀子】
------------終了
理科離れと言う話が、私たちの業界でもあちこちで語られるようになりました。とにかく、後継者育成と言う議論になると「学力が低下している」という議論はどこでもいわれる話です。で、学校に「科学ってこんなことをするんだよ」という普及を図る活動を行う活動は千葉県などを始めとして、積極的活動が行われています。この活動は現下の費用の問題もあって、人財はほとんどボランティアで行われているようです。行為自体は高く評価はできるのですが、いつまでもタダで出来るものかなあというのは少し疑問に思うところです
とはいえ一方の文系のレベルはどうかといわれると、・・・・・・・
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教授している人は生徒に対し「訴求をする能力が足りない」「データを集める技術は旨いが、その中を吟味する能力が足りない」とか一杯物言いをする項目が有るみたいです。要するにみんなが大学入学時の学力に対し、一言物言いをしたいという状況に駆られてるということですな。要するに全体の知識レベルが落ち込んでるという認識のほうが当たってるような気もします。

記事の中を表層的に見ると『科学の不思議さを体験できる実験教室は人気を呼んでおり』ということは事実のようです。但しこの場所にたどり着く子供達って、日本の中のごく一部なんですよね。勿論これをすることによって裾野が広がることは紛れもない事実で、トリガーとなって科学の道に進むという人が出てることは間違いないでしょう。
但し、上の記事で切片的な見方に偏ってるのは、
『しかし科学の不思議さを体験できる実験教室は人気を呼んでおり、子どもの好奇心や意欲をはぐくむ様子は苦悩する教育現場とは対照的だ。』
というところです。実験教室は強制的でなく、すくなくとも好奇心がある親子がやってきて、思いっきり励起して帰ってくるほうが多いわけですから、そもそも下地処理(?)は出来た上ですから、その上に動機付けというものが上に積みあがるのはまだやりようがあるかもしれないです。(簡単だとは言いませんが)一般の学校ではその基盤的素地がまだない子供達をターゲットにするわけですから、そこが根本的に違うのですね。その意味ではこのような分析は「木をみて森を見ず」という世界のような気がします。
勿論本質はこの新聞では後のほうに示されている気がします。『学校では子どもが自分で成長を実感し、次の学びへの意欲をかきたてられるような授業が行われていない。』というのはなんとなく分からなくもないです。ただし教授時間が減少したというところだけに帰納してるのはいい結論といえないと思うのです。「見て触って驚く実験こそが子どもの興味を育てる」・・この時間が少なくなってる。こちらのほうが本質をついてるとは思うのですが、以前ならこのような場面は社会全体に結構ごろごろしてるのですね。
水道の漏水で、道路に水漏れが出来ると、道路上にたまった砂に水門・・・じゃなくて水紋が出来る。これだけで不思議だなあというところから、なんか理由があるに違いないと考え、小学校の図鑑で調べたり、先生に聞いたりする。これとて充分な科学の知識ですね。

もう一つあるかあと思ってるのは、幾何の授業って少なくなってるんですね。勿論図形的感覚を養うというのも必要なのですが、証明問題というところに私は注目しました。このように論理の積み重ねで推論をするという議論、意外と少なくなってませんか。子供の教科書を見てると図形的感覚については穴埋め問題的な見方で出題されている事例が多く、この「論理的構成の力を体得する」という意味が意外と薄いような気がします。
今になって、改めてユーグリッド幾何学(埼玉大学の先生がこんなのをかかれてますね。これなんか分かり良いのでは)をかなり系統だって勉強させてもらったことが、こんな「くどい」性格になったのかなとおもっています。(あとで聞いたら、妻も幾何の成績は良かったらしい。てことは理詰めでやりこめら(以下自粛)
昔はユーグリッド幾何学の翻訳本がない国は真の科学国家にあらずということも言われたそうですが、今はこのような本(原典の翻訳)があります。
さて、ユーグリッド幾何学を勉強していたら、最後に必ずこの課題にぶち当たります。これ「落ち」としても面白いですが、異次元に引き込まれる感覚にさせられます。
『ユークリッド幾何学は永くにわたって「唯一の幾何学」であったが、『原論』の 第五公準 (平行線公準)に対する疑問から始まった研究の流れはついに19世紀に非ユークリッド幾何学を生んだ。』ここですべての志向が一旦キャンセルされるんですよね。そこで新たな興味が生れる。曰く球面上の平面幾何学解法はどうか・・・なんて。
私、代数学は大学にいってから見事「玉砕/殲滅解体一掃」してしまいましたが。意外と幾何学はいろいろ今でも私の人生に関わってる気がします。も一度ビールを飲みながらでも読むのもいいかもしれません。そしてその愉しみを子供達に語るというのはいかがでしょうか。そこから、科学に引き込めるというのも、ないしは引き込めなくても「そんな深遠な世界があるんだな」という科学のファンを造る。それだけでも社会的価値があると思っています。

科学を語る。これが工学技術者・教育者・研究者の務めの一つ。もちろんそれと人文系社会とのかかわりまで語れればすごくいいんですが、こんどは非常に難しい技量を必要とします。まずできることからこつこつと。

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コメント

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 http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/
 いわゆる神の存在証明がもたらす意味について
 創造主である神の存在証明をして、神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みについて説明し、人類史のリセットと再構築を試みる。
   一般法則論者 

投稿: 一般法則論者 | 2007年12月 8日 (土曜日) 02時57分

>http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/
うーん、一寸ベクトルが異なるようですね。

投稿: デハボ1000 | 2007年12月10日 (月曜日) 16時43分

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