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眠れぬ夜はPDCA

参考:http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2006/10/pdcapds_a12e.html
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考え出すと眠れないのは昔からである。とくに近頃若年技術者の意識付けなどをお手伝いしてると、考えされることも多い。
そういえば、私が企業所属から独立して2年がたとうとしているが、どうも従来スキームを維持しなければならないぐらいの規模になった会社は大概、PDCAサイクルを保って業務をすること自体が厳しいということが多くなっているようだ。どういうことかというと短期的プランを立てること自体がすでに成立たないということが目立つ。ベンチャー精神がある会社は意外とモディファイされたPDCAサイクルを持ってるところもあるようだが(楽天はそうらしい)創業者が突っ張れる時期はいいが、そうなれないとどうなるか。大概のベンチャーから成長した会社でも、有る程度大きくなって社会的責任とか雇用責任とかいうことをも背負うことになっってしまうと、どうしても離脱する傾向が出てくるようだ。
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お世話している顧客のところでも話題になるのだが、まずプランを立てるところにおいて、議論のベクトルがすでに成り立たない場合が多い。
最終の成果を「利益」という形で一応の成果目論見を求めるのはあったのだが、どこでも「それいくらいくらもうかるものか」ということに反証を持ってくる。その後ろには株主還元の要求があるという姿勢と思う。
たとえば基礎研究の段階ですでに
P-こういうものが出来るから基礎研究をしますと提案書を描く
・・・この段階で基礎研究に投資する費用を出せということになる。そして出来ないことをお互いに潰しあうことになる。(ある人はこのことを「石橋を叩いて壊す」と言っていましたね)そうなると社内稟議が通り易いものしか通らなくなる。どこかでもその話を聞きました。
D-構想がまともなものか、その一番コアとなるところについて実験観察をする
・・・これが3ヶ月以内ごとに中間的評価を求める(4半期決算での報告)それは内部統制と言う形で現れる。
C-目的にあったものか否か、各種計測を行って実力確認をする
・・・計測の再現性とかいう技術を、誰も出さないし、コンセンサスを取ること自体をGr内で取ること自体を否定する。というのは失敗することが、その人材育成という視点で取ることが出来なくなってるのである。社内で人材や技術者を育成すること自体が損失行為であって、優秀なのを取り上げる他は振り払うこと自体がやむをえない事実になりうると言われる。また確認するというためにはそれのリストアップが必要ではあるのだが、それが出来ないという人財枯渇がある。そうなのだが、だーれもそれを枯渇と思っていないみたい。
A-目的にあったものならデータのばらつき理由・だめなら阻害要因を解析する
この行為自体を、すでにムダ行為と捉えるところが多い。特に開発行為自体を経営指針から見ると全てハイリスクローリターンと見なすMBA的視点から見てしまうとその判断をされることも多い。技術経営(MOT)ではさすがにこんな判断はないようだが、その分基礎研究に関するところに市場調査も含めた、極端な前置調査を行うため、ここでつぶれる事例も多いし、そのために掛かる工数を算出できない(管理職を使うから、費用反映が生じないことにしてしまう)。

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ここで求められるのは事前検討で確度90%以上の成功でなければならないということ。事実そこで研究投資を絞り込む結果、開発着手したものの「全て」が製品となった大手の会社のビジネスモデルが成功事例になっている。
但しその内実を聞いてみると、ちょっと違うのではないのかと思うことが多かった。製品の技術的説明を求めても具体的な販売のセールストークなどが全くされていないのですな。しかも「御社のこの製品を付加価値として加えてみたい」といっても、「セクションが違うので対応できない」というANS。それでも他に比べようが無い技術を持った会社でもあるので、本社まで行って積極的なアクションをしていたのだが。曰く、方針は天から降ってくるorz。
よくよく考えると、この会社、ある意味で先のある技術はドンドン奨めていくのだが、少しでも創業者利益が取れないとなると分かると容赦なく撤退することによって、経営的リスクを回避してるのではないかということがなんとなく見えてきたのである。これは逆に、開発着手したものを、全て製品に仕立てるしかないんですね。その開発投資が高い分、何とでも製品化しなければ投資理由も成り立たない。
一応断っておくと、この技術と言う側面は「市場開拓や新たな埋没需要の発掘」という視点まで含めて「技術」という解釈をしている。私自身は、設計工学の視点からここが従来脱落しているということを私は、最近あちこちで言って、語ってきた。(開発のコンカレント性ということを見ない設計者が多すぎるということを非常に気にしたのである)そうしたらこのところ、同意をいただくようになってきたのは非常にうれしいですね。

それ以上に、研究開発をする中堅技術者にPDCAサイクルをまわして推論を広げていく行為自体を、歓迎しない傾向が最近見えるのですよ。若い技術者に対する横断的計画(実験計画から商品化計画、販売計画全て)の習慣を持たせることが無いのです。それより実務を指示通り早くするということが追求されているらしい。管理職になった人のなかで一部の人が計画を常に引いている。それは上手く言ってるならまだ仕方がないところもありますが、トップダウンですか命令機能が発揮されないし、下から上げても「お金が出せない」ということで押し戻されることが多いからなおさらです。逆にお金がある会社は、少しぐらいのお金のロスがあってもそれを他所の部門で吸収することが出来るからいいのですが、それが吸収できる会社はごく一部しかないのが、どこも直面している現実です。その上、そこを内部統制と言う見方でムダだと解釈することで議論がつぶれていることもどうやら多いらしい。そこを説得すること適わず、はむかうと見なされ協調性がないということで、解雇同然になるという会社も多いのですから。(ただねえ、仲良きことがよきことではあるのですが、黙っていることが仲良き事と勘違いしてる人も多いですよね。本当は徹底的に語り合う。そこが味噌だということも多いのですが。)あとは、自分で自己啓発で勉強しなさいという所ですね。さもなくばデミングサイクルという題目で机上学習するだけまし。(かくいう私は、実務で問題点に突き当たり、自分で勉強はじめた口です。意外でしょ。
どの会社でも、人材育成は会社の存立起源ということをお題目でいうが、その実、投資回収が出来ないということをいう事例も多いです。そらそうだ、回収する素地がその企業にないんだもん。本当に切迫した特殊技能(たとえば指導員となるべき組立技能者)の育成をするのは、それでもましでかくて技能五輪は成功しました。組立技能者の優秀な人は、特殊な先端的技術研究の部署で、普通は出来ないような超人的作業を行ったり、また技術者に対し設計の問題点などを具体的抽出するなど、人知以上の価値を見出すところがある会社が、育成を行ってるわけですから、まだいいでしょう。(逆にそのような英才教育が出来ない程度の資力の会社では、人材育成は難しいわけです)。ところが、機械も、情報もそういう傾向があるんですが、研究者・技術者が使い捨てになる傾向がある。いや、いわゆるホワイトカラー全体が使い捨て傾向が本当に強い。PDCAを教えるまで到底たどり着かないんです。
比較的上の基礎研究がすんなり通る企業は、意外と一次外注が多いみたいです。というのは、「有力得意先○○の要求です。」で社内で通るので、相当無理しても錦の御旗で開発を実施してしまうのですね。そして出来なければ、「ここまでしました」ということで客先訴求。これは少なくともオリジナルな営業ツールになるんですよ。皮肉なことにこの事例では、(経営者にもよりますが)マーケティングの視点は薄いことが多いと思います。顧客の希望や要望は親会社が担保していることと割り切ってるのでしょう。
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PDCAサイクルの概念がわかっている、それなりに萌芽のある技術者でも、技術企画プレゼン・実験計画・開発計画・総合日程表を造ることが少なくなってるのは嘆かわしいことです。研究者・設計者が経営研究者・マーケティング技術者や技術営業さんと同じ土俵で語ることが出来る一つの拠所なのに、そこに至らないのはやりにくいですね。そこが学者さんとの差別化(≠優位性)にもなるんですがね。
そういう立ち位置の人には最近私は、PDS(PLAN・DO・SEE)という考え方でとにかく業務の中で頻繁に思考を繰り返しましょうということを呼びかけています。元々臨床医師など決定を早くしなければならない部門や、機械屋さんではメンテナンス部門がこのような判断をするんですが、実験検討や図面検討などのショートサイクルに持ち込める考え方ですし、身近で使って習慣付けてもらえれば、PDCAへの転用が楽でしょう。確かに、そうでもしていかなければ、専門職として高級な派遣業務として活動する技術者さん(じつは最近、この形態で活躍する技術士さんや博士号取得者が非常に増えてるんですね。社会人の最初からこの形態という人も多いです。)が計画という考え方を見に付けること(短期的でも、長期的でも)が多いのですが、このあたりの専門化のニーズに没頭することがしにくいようです。本当はこのような考え方が必要なんだよということは、技術者として一皮向けるのに必要ではないかと思っているんですよね。嗚呼今夜も眠れないなあ

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コメント

鋭い考察を興味深く拝読いたしました。あと3回くらい読み直しそうです。


>顧客の希望や要望は親会社が担保していることと割り切ってるのでしょう

流行はメーカーが創り出していると思っているのは僕だけでしょうか。先に商品があって、顧客の要望がそこに向くように操作しているのだと…。おっと、そこには立派なPDCAが埋め込まれていそうですね。
ということで、「顧客のリクエストに応える」という意味では元請け(一次外注)が最も企業らしいように思えるのです(決して大企業が嫌いなのではありません)。

投稿: niwatadumi | 2007年12月13日 (木曜日) 21時40分

この場合親会社≒メーカーという考え方でいいでしょうね。

勿論、
>顧客の要望がそこに向くように操作しているのだと…。
も『戦術』ですね。顧客の志向性によってはその方面もあります。毎年のファッションや流行の色はその見方でしょう。

投稿: デハボ1000 | 2007年12月13日 (木曜日) 23時19分

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