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自動改札とIEEE

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オムロン、近鉄などにマイルストーン賞 自動改札開発で 2007.11.27 12:11(産経新聞)
 オムロンと近畿日本鉄道、阪急電鉄、大阪大学は27日、大阪市内のホテルで米国電気電子学会(IEEE)から「マイルストーン賞」を授与された。同賞は電気・電子技術における歴史的業績をたたえる賞で、昭和58年の制定以来、日本ではJR東海の東海道新幹線、セイコーのクオーツ腕時計、シャープの電卓、日本ビクターのVHS方式ビデオデッキなどに続き7件目。
 授賞式では、IEEEヒストリー・コミッティ議長のリチャード・ゴーウエン氏から、小林哲也・近畿日本鉄道社長、作田久男・オムロン社長、角和夫・阪急電鉄社長に加えて、西尾章治郎・大阪大学副学長に同賞が贈られた。 
 対象となったのは「昭和40年から46年の鉄道自動改札システム開発」。混雑を極めた通勤ラッシュ時の改札口の状況改善を目指して、40年8月、当時、大阪大学の大学院生だった白川功氏(現名誉教授)ら大阪大学と近鉄が定期券の通用期間判定のための計算方法を開発。それをもとに同年9月に改札機の扉を開けた状態で定期券を高速判定する世界で初めての試作機を近鉄とオムロンが開発した。その後、42年に阪急がパンチ式自動改札、46年に近鉄が磁気式自動改札をそれぞれ実用化した。
50年までには関西のほとんどの私鉄や地下鉄に導入。平成以降は、JR東日本など首都圏でも普及が進み、現在では非接触ICカードによる多機能化が加速。異なる鉄道会社で利用できるなど、相互利用の範囲は全国レベルで拡大の一途をたどっている。全国で約2万台が稼働、現代生活になくてはならないものとなっている。
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参考・オムロン㈱サイト
均一区間ですと無人化された事例は海外にも、東京地下鉄道でもあったようです。しかしこの事例はそのようなものではないのです。混雑を極めた通勤ラッシュ時の改札口の状況改善が元です。具体的には近鉄鶴橋駅の国鉄・近鉄間の連絡改札が混雑時処理困難な状態に陥っていたことから、S40年8月、当時、大阪大学の大学院生だった白川功氏(現大阪大学名誉教授)ら大阪大学と近鉄が定期券の通用期間判定のための計算方法を開発。それをもとに同年9月に改札機の扉を開けた状態で定期券を高速判定する世界で初めての試作機を近鉄とオムロン(当時は立石電機)が開発した(初期は近畿車輛も関わっていたが、立石電機に事業を売却)。
ただこの原理・論理自体はパンチカード仕様だったということもあり、連絡改札の相手の国鉄には受け入れられるどころか・・になってしまったようである。近鉄は全線の中では国鉄に改札委託をしていたりしていたところも多かったので、そのあたりまで言いくるめられてしまたようです(当時だと、京都・吉野口・柏原・伊賀上野・桜井・松坂・伊勢市がそうですね。)。その後阪急電鉄北千里駅で実用化された。これも1967年(この駅が開業したとき)ではパンチカード仕様だったようである。その後、磁気式に1971年に切り替わった言うことらしい(切符兼用)。考えれば阪急は国鉄と連絡改札とかで絡むところが全く無かったのが幸いしたともいえます。(同じ駅でも改札は別個で、連絡改札もない)近鉄南大阪線の大阪阿部野橋駅や東京急行電鉄東横線の元住吉駅で試験が行われたという記載も見えます。
1972年ごろには近鉄の主要駅には定期券のみの磁気自動改札機がありました。定期券をかって、主要駅窓口に持っていくと磁気シートに定期券をパウチ処理してくれるんです。ここに磁気記録が入ってるんですよね。但し、他社連絡定期券は対象外でした。
さて、学園前という駅が奈良市内にありましてここには1975年ごろまで、切符専用の自動改札機がありました。これは自販機の切符に磁気の入ったストライプ状態のものでありまして(ここの駅のみでした)改札を通過するときにマシンが確認し、かつパンチをいれていたのですが、そのうちなくなってしまいました。
また、一度ははねのけた国鉄は1970年代に国立駅、柏駅、武蔵野線や片町線の一部の駅でパンチカード仕様を試験的に導入したのですが、本格的な自動改札機の導入に踏み切れなかったようです。これは全国の駅の情報を入れることになるのでシステム破綻が当時の技術では明確だったということのようですね。また東京地域では、相互乗り入れなどのシステムもあり、単独に私鉄1社が導入するという体制になりにくい事情があったらしく、1971年に東京急行電鉄東横線では使用拡大したものの、普通の軟券・硬券をいれてのきなみ故障するため、やめざるをえなかったいうことです。この意味では近鉄で行われた定期券専用という使い方は、当時としては具体性があったのかもしれません。
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まあ、時代の流れといえばそれまでですが、この普及により、厚紙で作られた「硬券」というものが見られなくなって、みーんな裏の黒い切符になってしまいました。それでも事故時の振り替え乗車票などには硬券が残ってましたが、最近は硬券を自動改札機に突っ込んで自動改札機を壊す事例が結構あるそうで(やっぱりなあ)・・・・それでも先日岳南鉄道に乗ったときは硬券を売っていましたね。都内まで常備券がかえたようですが、吉原駅で「JR各駅では自動改札に入れないでください」とかでかでか書いてました。
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コメント

自動改札機の開発物語は「プロジェクトⅩ」でも紹介されていましたね。ニッポンの真面目で地道なものづくりの成果の、ひとつの典型のように思います。

投稿: TX650 | 2007年11月28日 (水曜日) 10時56分

この件は「プロジェクトⅩ」の件(書籍版)が参考文献になってることが多いようです。私も見たような。但し白川功氏という名前は出てなかったように思います。
また、この時の活動、かつ近畿車輛からの技術移転がオムロンが今のような総合電子機器メーカーの礎になったという話も聞いています。(父親がなぜか創業者とお付き合いがあったらしいので)

投稿: デハボ1000 | 2007年11月28日 (水曜日) 12時18分

こんにちは。私もプロジェクトXで見ました。当時の大阪の駅の混雑はすさまじかった映像が記憶に残っています。

先日、横浜スタジアムのファン感謝デーでミニ京急電車に乗ったとき、久しぶりに硬券(ワープロで変換されないです)をもらいました。

そう言えば、京急百貨店(上大岡)の鉄道ショップはけっこうおもしろいですよ。

投稿: KADOTA | 2007年11月28日 (水曜日) 20時57分

>当時の大阪の駅の混雑はすさまじかった
今でも鶴橋は相当混雑する駅ですね。(一時ほどではないですが・・・)駅構内が狭いというのもあります。
>京急百貨店(上大岡)の鉄道ショップ
ええ(苦笑)

投稿: デハボ1000 | 2007年11月29日 (木曜日) 04時50分

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