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意外でした

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小朝と泰葉が電撃離婚「精一杯、尽くしました」:2007.11.13 09:56(産経新聞)
落語家の春風亭小朝さん(52)が、妻で元シンガーソングライターの泰葉(やすは)さん(46)と結婚20周年目にして離婚していたことが13日、分かった。同日午後、都内のホテルで2人そろって会見を開く。
泰葉さんはこの日朝、自身のホームページを更新。「昨日(12日)、小朝師匠と離婚しました。20年という歳月、至らない私でしたが精一杯、愛し、尽くしました。後悔はありません。これからは仕事、ばんばん頑張ります。小朝師匠には感謝の気持ちでいっぱいです」と明かした。
小朝さんと泰葉さんは昭和63年6月に電撃結婚した。当時小朝さんは、55年に落語界の記録となる36人抜きでの真打昇進を果たし、高座だけでなくテレビでも漫才番組に出演するなど落語界の寵児として脚光を浴びていた。
一方、父が初代林家三平さん(故人)、母はエッセイストの海老名香葉子さん(76)という芸能一家に生まれた泰葉さんは、都立芸術高校音楽科を卒業した後、56年に「フライデー・チャイナタウン」で歌手デビュー。ポップスシンガーとして、「ブルー・ナイト・ブルー」で第11回東京音楽祭世界大会銀賞、有線放送大賞新人賞などを受賞し、音楽の才能を期待されていた存在だった。結婚後、泰葉さんはホームページに、「夫・小朝のサポートにまわり、平成9年、落語家として史上初の武道館での高座となった独演会のプロデュースを果たした」とつづっている通り、落語界にスポットライトをあてるべく心血を注いできた。
夫婦はともに、2年前の実弟、こぶ平さんの9代目林家正蔵襲名と、再来年に予定されているいっ平の2代目三平襲名というビッグプロジェクトにも深くかかわっている。久しく裏方に徹していた泰葉さんだが、今年になって、「徹子の部屋」「たけしの誰でもピカソ」などのテレビ番組に出演。本格的に芸能活動を再開するなど、変化の兆しが見えていた。
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「落語と添い遂げればいい」小朝・泰葉会見詳報 :2007.11.13 14:44(産経新聞)
明るく振舞いながらも、あふれる涙をぬぐう泰葉 会見で泰葉は、小朝について「生活すべてが落語。落語と添い遂げれば」と語った。
泰葉「精一杯の愛と情熱で支えたつもり。悔いはまったくない。金屏風の前に堂々と座れます。こうして弟もかけつけてくれました」
結婚の発表の時に、2人の将来を誓い合っていましたね。難しかったということか
泰葉「ひとつは夫を尊敬しすぎたということです」
離婚というのは大変なこと。それで別れるんだからもっと厳しいことがあるのでは
小朝「紙ひとつで済むことを、こうして会見しています。今年に入ってからも(2人で)いろんな番組に出ている。僕はお手伝いを頼むと言ったんだけれども、無理ということなので」
泰葉「すべてが落語にいっちゃうんですよ。生活のパターンが。落語以外に興味がない。『今年サンマおいしいね』といってもダメで、『目黒のさんまは先代の(金原亭)馬生師匠のほうが面白いね』と。落語なら、5、6時間、朝まで話せる。でも『カーテンの色はどうしましょう』という話はできない。落語が好きなら(落語と)添い遂げればいい」
世間で言えば「理解離婚」ということか
小朝「仲が悪いんじゃない。いろんな番組に彼女と出てきた。仲のいい夫婦大賞も受けた。でも(彼女は)『テレビ番組は思い出を作ってきたんだ』という。今年に入ってから考えていたみたいです。僕は思い出作りとは知らなかった」
泰葉「私は思い出作りとは思っていない」
泰葉さんはいつから仕事に燃えたのか
泰葉「(平成17年3月の)正蔵の(襲名披露)パレードです。イベントのすごさということです」
小朝「君のせいか」
正蔵「違いますよ(笑)」
いつから離婚の文字が頭にあったのか
泰葉「夏ごろでしょうか」
2人の中で妻、夫としての会話がずれていたのでは
小朝「話は多いです。他の夫婦の3、4倍も」
いつもの泰葉さんと違うとは感じなかったのか
小朝「ありました。正蔵パレードのとき『正蔵と私とどっちが好き』と聞いてきたんです。『君だよ』と答えたら、『嘘、嘘、絶対に正蔵さんだ』と言われた。また『いっ平と私とどっち』と言われたこともある」
やきもちですか
小朝「みんな三平の子供と思っていたが、彼女は同列じゃ嫌だった。いま考えるとそこだったのかなと」
不満をぶつけなかったのか
泰葉「大変尊敬している。高座をずっとみていて名人だと思っていた。仕事のことを話しているのは普通のことだった。じゃあ、普通の男女、夫婦というのはこうなのって思った」
ほかの人を好きになった?
小朝「それはまったくありません」
泰葉「こういう性格なので…」
-------------終了--------
金屏風に爆笑という前代未聞の離婚発表。弟たちまで連れ出した“泰葉プロデュース”の会見は、小朝のフォローにより無事終了のはずだった。しかし、最後の最後に
泰葉「夫婦愛?それがないからこうなったんじゃないのかな」
小朝「今の何げない一言だけど…。あっそうなのって、ガッカリしちゃったなあ」とポツリ。

いやあ、金屏風の前で離婚会見というのもすごいが、
この会見とかけまして泰葉と解きます。その心は“小朝(怖さ)知らず”
と元奥さんがするかよう・・・・(苦笑) 離婚会見としては
子はかすがいの甘納豆(@明石家さんま)以来ですな。
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小朝師匠は天才肌で、当代有名な実力・人望も高い落語家である。(当代の正蔵・いっ平の預かり師匠ともいえる。現在こん平師匠が加療中ということもある)また泰葉さんも親がどうと言う以前に芸術家肌ではあった。都立芸術高校音楽科(クラッシックをやっていたらしい)を卒業した後、父親の逝去のこともあり、56年に「フライデー・チャイナタウン」で歌手デビュー。ポップスシンガーとして、「ブルー・ナイト・ブルー」で第11回東京音楽祭世界大会銀賞、有線放送大賞新人賞などを受賞し、音楽の才能を期待されていた存在だったし、楽曲提供もあり小朝師匠のマネージャー・プロデューサーという意味を含め、いろんな意味で彼女の仕事振りは落語愛好家からも良く言われていた。往年のシンガーの中で比較すると、音楽の才能はジャズなどをうたわせるとたいしたものだった記憶がある。(
そういえば、弟である当代の正蔵もジャズレコードの有名なコレクターである)それと、ある意味へんなことをするのも知られていて(私も知ってるのは「わっ不思議」・・・一見何の変哲も無い12インチシングルだが、レコードの溝が2本切ってあり、同じ曲のアレンジ違い版が入っている。レコード針の落とし方でどちらかが流れる。(2条ネジになってるんですな)しかも通常のレコード盤と違い、溝を逆方向に切って、針を内側に落として再生する。曲の進行とともに針が外側に移動する。)、私は正直言って、小朝師匠の彼女に対する思いやりかなとも思う。今後も小朝師匠の事務所の社長を継続するみたいだし。
離婚してなお実質夫婦で添い遂げた事例はじつは芸人の中では決して無いわけでなく、ミヤコ蝶々さんは相方の南都雄二と3年の結婚の後離婚し、南都雄二氏が18年後なくなるまで、なんだかんだ言っても仕事上でもパートナーでかつ、逝去したときも彼を見取ったと聞く。これも案外一つの夫婦のあり方なのかもしれない。
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