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自動車のブランド名

明日まで東京モーターショーが行われている。ことしは知人が商用車を中心に仕事の関係で見学していきました。じつは私も切符がもらえたのだが、いま一寸雑用が多く、一寸他にもいくところがあったのと、どちらかといえば、こっちには必ずいくこともあって、遠慮することにした。残念だがしかたがない
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さて先月のことカラオケに行ったら、小林旭の歌でおなじみの「自動車ショー歌」(星野哲郎作詞)を歌うはめになった。で、この歌詞に載っているブランドを考えるとこうなるんですね。

1番:トヨペット-ニッサン-パッカード-シボレー-クラウン-ジャガー-フォード-コロナ
2番:ビュイック-タウナス-デボネア-マーキュリー-ルノー-オペル-コルト
3番:ブルーバード-ミンクス-キャロル-ダットサン-コンテッサ-マツダ-オースチン
4番:ベンツ-グロリア-ベレット-ヒルマン-クライスラー-リンカーン-ワーゲン-セドリック

今年ブランドが消えるといわれているヒルマン(プジョーがブランド名を持つ)とか、自動車としては大型自動車に特化していった、いすゞ自動車のベレット・ミンクス、懐かしい高級車ブランドのデボネアというのもある。憧れの世界であった自動車はいまや大衆に膾炙するものになり、フレンドリーなものとなる一方で、ブランドの名前がステータスとなることには「必ずしも」ならない時代になったようだ。
で、良く見ると軽自動車のメーカーは入っていない。またそうなるとオート三輪の車も無いようだ。ホンダがないのは、19601964年の歌だから乗用車参入前ということでまあ当然なのだろうが、スバル(1958年)とかもないんですね。これは軽自動車というジャンルは、自動車と認識されていない時代なのだろうと一瞬かんがえてしまう。今なら評価されるべきものですが、当時は(実際はそうでなくても)バイクの延長線上にあるものと考える時代。まあしかたがないでしょうな。
小さいときに我が家は自動車がなかった。(鉄道があったのでそれが困るというわけでなかったのだが)その分、自動車を出してくださいと近所の人にお願いするとか言うことが多いのだった。近所の歯医者さんは日野コンテッサを持っており(といっても兄弟3人で1台)あのリアエンジンの乗り心地は、前に載ってる限りは非常に良かった気がする。あと近所の内科医が、往診用にとトヨタの車を持っていて、緊急時に町の外科まで載せてもらった事がある。
でも、これらの都合が付かないことがあり、あるとき隣町(といっても1キロの距離)のタクシーをたのんだことがあったのだが、こっちはこっちで我が家に来る前に途中の道でパンクしたとかいうのもあった。(ここのタクシーで後年、大阪空港までいくことがあったのだが、高速道路でファンベルトが切れオーバーヒートということになったことがあり・・・今ならありえない世界である。今はこのタクシー会社は廃業している)
もう一つ意外と持っていたのが学校の先生である。これは、「通勤に使わなければならない」人が多かったからのようである。家が農家で兼業であるとか、遠隔地からの転勤(家に近い学校から転勤)に由来する人で物理的に通えないという人も多かった。ある先生(女性)は、実家から通っていたのだがバス便もよくなかったので、自動車が高価な時代、実家の車で通ってくる。ところが家の車もいろいろ使うため日によって乗ってくる車が違う。普通はライトバンだが、3日に1回は「○○製茶工場」と書いたダットサントラック。そして農閑期は上の自動車は営業に使うからか、マツダのオート三輪(マツダ T2000だったような)であった。こちらも大きく工場の名前が入っていた。どうも、茶畑から摘んだ葉を収穫するのには、オート三輪が適したようで林業用途にはかなり最後までよくつかわれたかららしい。逆に農閑期には使われなかったようである。さすがにあそこまででかでかと会社名を書いてあると「学校にお茶を納品しにくる業者」と間違える人も多かったらしい。(ちなみに、小学校はお茶は常時ボイラーで沸かして供給していた関係上、安いほうじ茶や番茶(これらは、煮出すことになるから大量に使う場合は都合がいい)を大量消費していた。宇治市ではいまでも水と お茶の配管が小学校に造られているそうだが(うがいに使うことを推奨)、そこまでいかなくても近郷の町はボイラー焚きで大量にお茶を消費していたし、お茶のみ場とアルマイトのコップが常に用意されていた。)あと、風呂屋さんの自家用車にのせてもらうことになったら来たのは、ドアの無いミゼットだったとかその手の経験ばかりである。(これは風呂屋の燃料である木くずを、木工工場や間伐する山までいって貰うかららしい。)魚屋の乗ってるミゼットはバイクみたいなTバーハンドルだったり。
どうも、私は商用車のほうがどうしても思い入れがあるみたいだ。誤解しないで欲しいのは、広い意味での「技術」と言う見地では乗用車のほうがかなり切磋琢磨されている現状があり、それはそれで興味深いし、その設計技術手法は今の工業界における量産開発技術の牽引をしているのは、自動車部品業界にいた人間としては良く分かるだけに、それを軽んずることは無い。但し、ついつい乗用車のみが自動車技術を支配してるんではないぞと言う、技術の成り立ちに目をそむけた誤解は払拭しておきたい。

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コメント

ミンクスはヒルマンブランドが擁した車名のひとつであり、日本ではいすゞヒルマンミンクスとしてライセンス生産されました。ちなみにこのいすゞヒルマンミンクスの後継車がベレットです。

> 日野コンテッサー
日野コンテッサが正です。

投稿: TX650 | 2007年11月10日 (土曜日) 22時11分

>日本ではいすゞヒルマンミンクスとしてライセンス生産されました。ちなみにこのいすゞヒルマンミンクスの後継車がベレット
そうなるとこの歌で言っているミンクスはヒルマンそのものの輸入車と言うことですか。ありがとうございます。

コンテッサですよね。書き間違いみたいですね。なおします。

投稿: デハボ1000 | 2007年11月10日 (土曜日) 22時32分

ベレットは63年6月発売、ヒルマンミンクスはいすゞでは64年6月販売終了で、一方「自動車ショー歌」は64年発売ですから、歌われた「ヒルマン」「ミンクス」はいすゞ車を指すと考えていいと思います。
> 1960年の歌だから
従ってこれは間違いみたいです。

> 軽自動車のメーカーは入っていない。
「キャロル」は軽です。「バイクの延長線上」の認識(←オート三輪やバブルカー的イメージ)は既にスバル360の成功で払拭された時期だと思います。
スバルやフロンテやミニカなどが出てこないのは単なる語呂の問題かもしれませんね。そういえば小型車のメジャーどころではパブリカ、ファミリア、スカイラインなども出てきません。(サニー、カローラが登場して熾烈な販売競争となるのはもう少し後の話です)

投稿: TX650 | 2007年11月11日 (日曜日) 09時57分

>歌われた「ヒルマン」「ミンクス」はいすゞ車を指すと考えていいと思います。
おおそうかあ。
>スバルやフロンテやミニカなどが出てこないのは単なる語呂の問題かもしれませんね。
確かにキャロルは軽ですな。(うちの近所にレストアしてる形がいるのに気がつきました)

このあたりはもう一寸勉強しないといけませんな。次に歌うときは貴をつけないと。

投稿: デハボ1000 | 2007年11月13日 (火曜日) 08時19分

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