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2007年11月の記事

福井鉄道福武線

このところ「テツ」ネタを連続してますが、たまにはいいでしょう。
------------引用----------
福井市 福井鉄道福武線存廃議論が起きる   2007/10
先月、福井鉄道社長が記者会見し、「福武線の経営事情が1963年以来一度も黒字になることなく05年度決算も損失計上をしている。勿論列車のワンマン化・無人駅化等合理化にも努めてきたが限界もある。県や沿線の福井・鯖江・越前3市に対し更なる助成の拡大を得て存続を図りたい。ついては官民で協議する抜本的経営再建組織を作りたい」と要請した。
これを受け県知事を始め知事と3市による協議会発足が発表された。
別情報であるが、国土交通省中部運輸局の報告書によると、「福武線が廃止された場合と同線がLRT化された場合とを比較すると、今後30年間で230億円の社会的便益を失う」という。即ち、福武線の利用者は年間160万人あり、その機能をJR北陸線やバスでは代替できないで、国道8号線の渋滞惹起により時間損失が拡大することが大きい。
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うーん。確かに苦しいかもしれないですな。(福井鉄道に関係した技術者がいま相当忙しいという事を聞いています。)但し、廃止先にありきという活動をする気はないらしくて、事実、福鉄福武線存続についての協議会が11月2日に行われ、福鉄側から三つの経営再建案が示されたそうです。そこで示された再建案は
・新会社を設立、鉄道事業を福鉄から切り離し新会社に売却。
・名鉄が福鉄の債務を一部肩代わりし、名鉄保有の福鉄株式を第三者へ譲渡
・名鉄が増資を行い、福鉄が経営改善を実施。その後、名鉄保有の株式を第三者に譲渡

の三つが示されたとか。
いずれも名鉄は福鉄から撤退という形になります。(但し、バス部門を分離したというスキームなら、バス部門だけ子会社にする可能性はあります)というか福井地区の撤退に近いでしょう。名鉄はグループ全体での経営改善に大鉈をふるっているところで、赤字のグループ企業は大胆に切り捨てるしかとは思います。とはいえバス・鉄道部門で優等生という会社もあまりなさそうですが。(政治的経緯で子会社にした交通会社・・北陸鉄道・宮城交通がその例・・はともかく、小さなところはかなり無理してきって、地元資本に移管してる事実があります)
これは一つ考慮しておかなければならないことがあって、現在こそ京福電気鉄道は京阪電鉄筆頭株主(42.89%)です(ちなみに、株券相続に物納があったので2位株主は財務省という面白いことになってます。普通は市場に流すところですが、当時、福井撤退の時期に重なり、劣化株券になりかかってたので財務省としても売れなかったのかもしれません。)が、以前は名古屋鉄道も7%程株を持っていたのです。このため、京福電鉄の事故の当時の緊急輸送の際、名鉄からも中古バスの供給を受けたのは多分その意味で引き会いがあったのだろうと思います。この事情は戦前の電燈事業がらみの株が由来だろうと思います。
というわけで、京福電鉄福井営業部の移行に関わる経緯を名鉄は(福井鉄道経由でも)かなり細かく見ていたと思います。元々京福電鉄と福井鉄道は株主構成の問題から、バス路線などもエリアを分けるなり、それが出来ない場合も共同運行をしたりしてますし、比較的仲がいい側面もあります。そして交通事業として破綻した経理状態だからといって、手を離すことが出来ない地盤だという事も。だからといって交通関係の収支均衡も難しいということはあるのだろうと思います。上記のように再建案も「撤収」という方向性でないのは、とにかく経営責任は果して鉄道部門のみはサイナラという意味かなあと思います。
但し、名鉄さんとしては「そもそも関連会社というだけで、なぜ名鉄の名が挙がるのか疑問」という声も出ているそうですが、それは一寸免許事業という意味からは言い訳にならないでしょうね。今まで経営的支配をしてるところが有った訳ですから、応分の負担だけはしようとしてほしいと思います。・・・ということは、当社も鉄道部門はえちぜん鉄道と同じ扱い(事実上公営)にして欲しいというのが正直な意見ではないでしょうか。
これは米国のパシフイック電鉄の話で議論するつもりですが、鉄道が廃止された時に代行バスを運行したとしてそのバスに顧客がスムーズに移行するのは、条件がいい場合で70% 普通は50%以下だそうです。(50%の事例は 上述の京福電鉄・日立電鉄。70%は野上電鉄ですがこの場合はもうすでに極限まで乗客が減少しており残存者利益の有無という状態だと考えられます。しかもそのバスとて、地域経済の地盤沈下もあって乗客減少は引き続き生じているため、決していい状態ではありません。)のこりは、自動車・原付に移行するということにもなるようですが、詳細を調べると、他の代行経路に移行した事例(日立電鉄は常陸太田付近では、東京へ行く経路がJRや高速バスに置き換わった事例がある)がいくらか有る場合もありますが、交通量自体が純粋に20%以上減少してしまってるという話です。つまり、これが需要全体の縮小を促してることもあるようです。これは、アメリカでは具体的に低所得者の増大という問題まであったそうで、インターアーバンの廃止で鉄道をなくして、バスとて通勤が時間的に出来なくなった地域住民が低所得化し、かくて都市のスラム化を促すという事も最近事例研究するにつれ大きく言われだしました。アメリカの独自事例でないことがわかったというわけ。その意味で残存している米国のインターアーバンは公社の経営になってることが多いのと似ているのかも。(例:インディアナ州北部通勤輸送公団(NICTD)サウスショアー線(South Shore Line (Northern Indiana Commuter Transportation District ))
ところで、経営という意味だと、負担をいかに社会的にお金のあるほうに出してもらうようにするというのは、有る意味当然。どのような手法でも、それが質が悪いという内容を内包していても、一種の差別化が出来ない死に筋の「サービス」というビジネスモデルではそこに走るしか・・と見なされているかもしれません。けど死に筋だからといって全部市場がなくなることはない。これが難しいところです。コモディティ化という家電などの成熟製品の考え方とおなじでしょうね。だからいくら中部運輸局が「福武線が廃止された場合と同線がLRT化された場合とを比較すると、今後30年間で230億円の社会的便益を失う」ということを言っても、ゼニを中部運輸局が出すわけで無し、それを分かっていても社会的便宜が会社経営にそのまま回ってくるわけで無し、ゼニなくてなんぼという、開き直った見方はあると思います。こうなると社会的企業の責任なんてのは、歌う金沢明子の前のろうそくの灯火(わかるかな?)の如く、気を抜けばはかなく消えるものではないですかねえ。
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心の中にある池上線

---------引用---------WIKIより
池上線(いけがみせん)は、東京都品川区の五反田駅と大田区の蒲田駅とを結ぶ東京急行電鉄が運営する鉄道路線。都市内の中量輸送を担う形態から、日本国外ではLRTとして紹介されることもある。
(中略)
1976年(昭和51年)に池上線を舞台にした歌『池上線』(作曲・唄:西島三重子 作詞:佐藤順英)が大ヒットし、その名が日本全国に広がった。しかし、この歌詞に池上線の車両の古さや状態の悪さを思わせる箇所があり、東急がそれらを否定するコメントを出す事態となった。ただ、当時の池上線を走っていた車両はほとんどが戦前製のデハ3450形(目黒蒲田電鉄・東横電鉄モハ510形。1931年~1936年、川崎車輛(44両)・日本車輌製造(6両)製造)を始めとした旧型車の初代3000系で、車体の更新工事は始まっていたものの、製造から40年以上が経過したものがあったことは確かである。その初代3000系も1989年(平成元年)3月11日をもって撤退し、3月19日より新性能ステンレス車(当時は7200系)のみの運行となった。
-----------終了
デハ3450形・3500形・3650形の3形式計78両は、1930~40年代の製造後50年以上に渡り他社譲渡を生じることなく、ほぼ全車が1980年代まで運用された希有な存在でした。とはいえ初代3000系に含まれる後継車には青森県や愛知県の会社に積極的に動いたものもあります。手入れは良い電車であった(しかも更新工事が行われていたものの)ですが、最終期は更新車はともかく、おおむね古色蒼然としていたことは否定できないかもしれないですね。(ただこれは当時の目蒲線(現在の目黒線+東急多摩川線)もあまり変わらなかったと思う。)加えて、池上線は本流の目蒲線(≒目黒蒲田電鉄)の競合線として作られたのを吸収合併した経緯もありますから、地元密着型という使い方をされる反面、余り恵まれない時期があったのは致し方ないかもしれません。

さて、池上線・大井町線の開通80年記念イベントが地元と鉄道会社とのコラボで進められているそうです。参考:http://www.tokyuensen.com/80/経緯からして、関東大震災からの復興に伴った都市化に伴った良い事例でしょう。さてこのイベントの中で西島三重子さんが池上線の貸切車両で『池上線』を歌うライブイベントが行われるということです。
--------一部記載(参考:こちらこちら
古い電車のドアのそば  二人は黙って立っていた
話す言葉をさがしながら すきま風に震えて
いくつ駅を過ぎたのか  忘れてあなたに 聞いたのに
じっと私を見つめながら  ごめんねなんて言ったわ
-----------------------
確かにカラオケでも良く歌われる歌でもありますし、今はかくのごとく近代的鉄道となってる路線ですが、上記の事件を知っている人間としては、思わず突っ込むのはともかくいまや思い出となったんだなと思います。
私にとって見れば、仕事の関係でよく出向いた大崎広小路・旗の台ということになるんでしょうが、なぜか新名古屋・上飯田もイメージするのは明らかに邪道です。(だいたい3700→3880は池上線に入線実績がないぞ!)
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自動改札とIEEE

----------引用---------
オムロン、近鉄などにマイルストーン賞 自動改札開発で 2007.11.27 12:11(産経新聞)
 オムロンと近畿日本鉄道、阪急電鉄、大阪大学は27日、大阪市内のホテルで米国電気電子学会(IEEE)から「マイルストーン賞」を授与された。同賞は電気・電子技術における歴史的業績をたたえる賞で、昭和58年の制定以来、日本ではJR東海の東海道新幹線、セイコーのクオーツ腕時計、シャープの電卓、日本ビクターのVHS方式ビデオデッキなどに続き7件目。
 授賞式では、IEEEヒストリー・コミッティ議長のリチャード・ゴーウエン氏から、小林哲也・近畿日本鉄道社長、作田久男・オムロン社長、角和夫・阪急電鉄社長に加えて、西尾章治郎・大阪大学副学長に同賞が贈られた。 
 対象となったのは「昭和40年から46年の鉄道自動改札システム開発」。混雑を極めた通勤ラッシュ時の改札口の状況改善を目指して、40年8月、当時、大阪大学の大学院生だった白川功氏(現名誉教授)ら大阪大学と近鉄が定期券の通用期間判定のための計算方法を開発。それをもとに同年9月に改札機の扉を開けた状態で定期券を高速判定する世界で初めての試作機を近鉄とオムロンが開発した。その後、42年に阪急がパンチ式自動改札、46年に近鉄が磁気式自動改札をそれぞれ実用化した。
50年までには関西のほとんどの私鉄や地下鉄に導入。平成以降は、JR東日本など首都圏でも普及が進み、現在では非接触ICカードによる多機能化が加速。異なる鉄道会社で利用できるなど、相互利用の範囲は全国レベルで拡大の一途をたどっている。全国で約2万台が稼働、現代生活になくてはならないものとなっている。
-------------------
参考・オムロン㈱サイト
均一区間ですと無人化された事例は海外にも、東京地下鉄道でもあったようです。しかしこの事例はそのようなものではないのです。混雑を極めた通勤ラッシュ時の改札口の状況改善が元です。具体的には近鉄鶴橋駅の国鉄・近鉄間の連絡改札が混雑時処理困難な状態に陥っていたことから、S40年8月、当時、大阪大学の大学院生だった白川功氏(現大阪大学名誉教授)ら大阪大学と近鉄が定期券の通用期間判定のための計算方法を開発。それをもとに同年9月に改札機の扉を開けた状態で定期券を高速判定する世界で初めての試作機を近鉄とオムロン(当時は立石電機)が開発した(初期は近畿車輛も関わっていたが、立石電機に事業を売却)。
ただこの原理・論理自体はパンチカード仕様だったということもあり、連絡改札の相手の国鉄には受け入れられるどころか・・になってしまったようである。近鉄は全線の中では国鉄に改札委託をしていたりしていたところも多かったので、そのあたりまで言いくるめられてしまたようです(当時だと、京都・吉野口・柏原・伊賀上野・桜井・松坂・伊勢市がそうですね。)。その後阪急電鉄北千里駅で実用化された。これも1967年(この駅が開業したとき)ではパンチカード仕様だったようである。その後、磁気式に1971年に切り替わった言うことらしい(切符兼用)。考えれば阪急は国鉄と連絡改札とかで絡むところが全く無かったのが幸いしたともいえます。(同じ駅でも改札は別個で、連絡改札もない)近鉄南大阪線の大阪阿部野橋駅や東京急行電鉄東横線の元住吉駅で試験が行われたという記載も見えます。
1972年ごろには近鉄の主要駅には定期券のみの磁気自動改札機がありました。定期券をかって、主要駅窓口に持っていくと磁気シートに定期券をパウチ処理してくれるんです。ここに磁気記録が入ってるんですよね。但し、他社連絡定期券は対象外でした。
さて、学園前という駅が奈良市内にありましてここには1975年ごろまで、切符専用の自動改札機がありました。これは自販機の切符に磁気の入ったストライプ状態のものでありまして(ここの駅のみでした)改札を通過するときにマシンが確認し、かつパンチをいれていたのですが、そのうちなくなってしまいました。
また、一度ははねのけた国鉄は1970年代に国立駅、柏駅、武蔵野線や片町線の一部の駅でパンチカード仕様を試験的に導入したのですが、本格的な自動改札機の導入に踏み切れなかったようです。これは全国の駅の情報を入れることになるのでシステム破綻が当時の技術では明確だったということのようですね。また東京地域では、相互乗り入れなどのシステムもあり、単独に私鉄1社が導入するという体制になりにくい事情があったらしく、1971年に東京急行電鉄東横線では使用拡大したものの、普通の軟券・硬券をいれてのきなみ故障するため、やめざるをえなかったいうことです。この意味では近鉄で行われた定期券専用という使い方は、当時としては具体性があったのかもしれません。
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まあ、時代の流れといえばそれまでですが、この普及により、厚紙で作られた「硬券」というものが見られなくなって、みーんな裏の黒い切符になってしまいました。それでも事故時の振り替え乗車票などには硬券が残ってましたが、最近は硬券を自動改札機に突っ込んで自動改札機を壊す事例が結構あるそうで(やっぱりなあ)・・・・それでも先日岳南鉄道に乗ったときは硬券を売っていましたね。都内まで常備券がかえたようですが、吉原駅で「JR各駅では自動改札に入れないでください」とかでかでか書いてました。
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あるいちゃだめ

-----------引用
 <エスカレーター>横浜地下鉄「歩かないで」構造上想定外 
2007年11月26日10時44分 毎日新聞  【池田知広、渡辺暖、高橋昌紀】
エスカレーターでは歩かないでください」。横浜市営地下鉄は今秋から、全32駅構内に設置されたエスカレーターの乗り口にこんなポスターを掲示した。昇降客のために関東は右空け、関西は左空けがルールと思い込んでいる人も多いが、国土交通省によると、エスカレーターの構造はもともと、利用者が歩くことを想定していないという。
 きっかけは横浜市交通局に寄せられた苦情だった。「エスカレーターに孫と手をつないで並んで立っていたら、後ろから来た男性に『どけ、どけ』と言われ、孫が押された」「右側に乗ってしまった高齢者が左によけることもできず、後ろから来た人にせかされ、歩かされていた」
 交通局は5月から「エスカレーターでは歩かないで」と呼び掛け始めた。車内電光掲示板でも「エスカレーターは歩いたり走ったりすると大変危険です。手すりにつかまってご利用ください」と表示。9月からは乗り口にポスターも掲示した。それでも効果はあまり上がっていない。交通局担当者は「ラッシュ時などに右側を歩く人がまだ多い。継続することが大事なので、今後も続けていく」と定着を目指す。
 名古屋市営地下鉄は04年7月からエスカレーターでの歩行を禁止した。ポスターや車内放送、ホームの掲示板などで立ち止まるよう呼び掛けているが、歩く人はなくならない。地下鉄を利用する会社員(40)は「右側を歩いてはいけないの? 歩いている人をよく見るし……」。04年11月の市議会では、市議が「右側一列を空けるのが慣例なのに、なぜ突然歩行禁止なのか」と疑問を投げ掛けたほどだ。
 東京消防庁の調査では、都内で05年度にエスカレーター事故に遭った人は1199人。発生場所は駅が702人で最も多く6割近くを占める。うち333人が65歳以上の高齢者だ。消防庁は「エスカレーターは歩くとバランスを崩しやすく、他の利用者と接触する恐れがある。歩くことは避けるべきだ」と指摘する。
 エスカレーターは、建築基準法施行令で「幅は1.1メートル以下」と規定している。国交省建築指導課は「最大でも2人分の横幅しかない。右か左の手すりを必ず使えるように考えられている」と説明する。ただ「有効な取り締まり方法がない以上、法律などで禁止することは難しい。何よりも国民の合意が得られるかどうかが分からない」という。
 このほか、JR東日本はアナウンスで「ご注意ください」と注意喚起している。東京メトロはステッカーで「歩行は思わぬ事故のもとになりますのでご注意ください」と呼び掛ける。東京都営地下鉄も「駆け上がるのは危険です」と掲示しているが、歩行禁止を強制できないのが現状だ。
 川崎市のJR川崎駅自由通路で8月、破損部分にサンダルが挟まり、女性が指の一部を切断されたほか、10月には神奈川県平塚市のスーパーで、手すりと保護板の間に首を挟まれた男児が大けがをするなど、最近、エスカレーターでの事故が相次いでいる。しかし、歩行禁止に踏み切ることについて日本民営鉄道協会は「車内での携帯電話同様、歩行禁止についても利用者の機運が高まる必要がある」と語る。
--------------終了
できるとは思えないことを「車内での携帯電話同様、歩行禁止についても利用者の機運が高まる必要がある」といってしまうのは簡単です。(そもそも、携帯電話を車内で話さないということ自体世界でもコンセンサスが取れていません。中国は全くそのような制御がないどころか、「日本での制限は日本での中国人の商慣習を抑えてる。そんなことでは日本の商業が衰退する。」という一言余計な意見を出してるそうです。欧州は、鉄道では「携帯が使える車両とつかえない車両を同数連結」するようです。)そういう状況になった世界。どれが正しいなんてないんです。時計を巻き戻すようにすることは、出来ると思って述べてるのではなく、単に「責任回避」だけを考えてるような気がしますね
いやいや。「エスカレーターに孫と手をつないで並んで立っていたら、後ろから来た男性に『どけ、どけ』と言われ、孫が押された」「右側に乗ってしまった高齢者が左によけることもできず、後ろから来た人にせかされ、歩かされていた」確かにこのような事実はあるんでしょうね。これは一寸TPOを免れないというかなんというか。
私も、これに戸惑うことはあります。勿論、狭いエスカレータで一人しか幅がないところでエスカレータを歩いてくださいというのは問題ですよ。その場合はさすがにその人の考え方を疑います。選択肢が無いところで促す行為は、場所をわきまえてないといえるでしょう。けど、そもそもエレベータは歩く前提に出来ていないとはいまさらながら周知すること自体が困難なような気がします。
川崎市のJR川崎駅自由通路のも事故。確かに出来た17年前から「あるかないでください」という掲示はされてましたが、幅が1.1m幅で2人が並べる構造であったから、人が片方によってましたからし、どなたも「出来ないことを書いてある」という認識でまずこのようなことはムリでした。ここは結構メンテナンスをよくしていたことは事実です。但し、そのとき4台あるエレベータを3台・2台にして処理していたのですが、日中でもこれをされるとエレベーターの前は人がオーバーフローしていました。そもそもこのエスカレータ1Fから3Fまで一発で上がる構造なので、階段で降りる人は多いのですが上がる人はほとんどいないのですよね。これもメンテナンスはほんとに地場の会社の意地をかけて維持作業をしていたようですが、それでも、アルミ鋳物の経年劣化と思われる破損で事故を誘発してしまったというわけです。
------------------引用
一寸古い資料です。
まち・みせ観察記15【エスカレーター社会】(03/02/10)
東京では、急ぐ人はエスカレーターの右側を歩く。すなわち留まっている人は、左側。所用で大阪へ出かけると、新大阪で地下鉄御堂筋線のホームに上るエスカレーター、大阪空港の到着ロビーへ降りるエスカレーター。無意識に左側に寄ってエスカレーターで立ち止まった次の瞬間、自分が他の人々の邪魔になっていることに気が付く。左右が、東京と大阪で逆なのだ。 その後、観察してみて分ったことは、パリもロンドンも大阪と同じだった。因みに、ニューヨークも大阪。どうやら世界標準は大阪らしい。
動いているエスカレーターを歩いて上り下りする人が出てくるのは、「長いエスカレーターが登場したこと」に最大の原因がある。そして、「エスカレーターを歩いて登れば(降りれば)、もっと早く目的地に着ける」ことに意味を見出す人が十分に居ること。
 エスカレーターの発明は、既にその時代に世界最大のエレベーターメーカーであった米国Otis社のチャールズ・シーバーガーによるもので、1900年のパリ万博で発表された。日本で最初に、エスカレーターが導入されたのは、1914年東京の三越百貨店なので、発表からわずか10数年で、かなりの普及を見たのであろう。 (中略)
 1970年以前に、エスカレーターが導入されていた場所は、主として「顧客(=ユーザー)が付加価値への対価を支払うことを期待できる場所」であった。そこでのユーザーのビヘービアは、極限すれば「動いているエスカレーターに、だまって乗れば移動してくれるのが、サービスである。しかるに、なぜ、さらにその上を自力で歩いて加速しなければならないのか」ということであろう。一般的にエスカレーターでは、「歩くこと危険なのでやめろ」が基調。第一「お急ぎの方はエレベーター」で、エスカレーターでは歩く必要がなかったのだ。
 事情を変えたのが地下鉄。大阪の御堂筋線、東京では銀座線、丸ノ内線、あたりまでは、いいのだが、地下交差が始まったとたんに、地下3階、4階にまで駅を作る必要が生じ、ひどいところでは、地下50mというところも出現するようになった。これを、「全部階段を歩いて登れ」というのは、サービスに欠けること甚だしく、地下鉄運営者達は、ようやくエスカレーターを設置することとなった。 もうひとつは、バリアフリー。健常者でも一苦労の階段には、エレベーターエスカレーターが次々と設置されていく。
------------------------中断
これもそうですが、すでにかなり前から東京駅総武快速・横須賀線乗り場のように始めから階段が常用されない構造ってところはありますよね。(非常階段のみ)
------------------------引用
今は、東京の人がせっかちで、大阪はそうでもないと私達は感じるが、ちょっと前まで、大阪の人はせっかちで、無駄がないと思われていた。そのひとつが、阪急梅田駅のエスカレーターと、動く歩道。阪急梅田駅は、東西に走るJR線の北側にあり、そこから阪急百貨店あたりを経て、キタのビジネス街の中に入っていくには、ちょっと距離がある。 阪急電鉄は、終着駅形式の梅田駅で、改札を出てすぐにエスカレーターを、さらに、その先のJRの高架下には動く歩道を設置した。通勤客は、これを加速の道具として利用する。つまり、移動時間節約のためにエスカレーターとか、動く歩道の上を、さらに歩くのだ。 通勤の中に持ち込まれたエスカレーターは、電車の延長であり、高速移動の手段となったのだ。
-------------------------中断
阪急梅田駅は、駅の位置の変更(元は阪急百貨店の脇にターミナルがあった)があって、改築で駅が引っ込み、一部路線で他社との旅客逸走ふが考えられたため、その代替としての意味の設営だと聞いています。そしてこの歩道はできたころから「歩いてください」という掲示があったのです。(当然歩けない人は左右によるのですが)そこは自己責任という考え方を設置者が持っていたのです。概して関東に依存する感覚を嫌う関西は、公的な所より自己責任という認識が強く、良かれ悪しかれ同じイメージで取ると理解不能に陥ります。
-------------------------再開
 話を地下鉄に戻す。東京では、営団地下鉄半蔵門線と同じく有楽町線の乗換え駅である、永田町のエスカレーターだったのではないか?エスカレーター脇の階段が96段だから、一段が17cmとして、高低差16m強。通常のオフィスビルの5階分に相当する。
そこで問題になってきたのが、日本のエスカレーター速度の「トロさ」。 階段は上り下り兼用で、しかも狭いので、走り降りる、或いは駆け上るには適さないし、だいいち危険だ。かといって、そのままエスカレーターに黙って乗っていては、電車1台乗り遅れてしまう。そこで、エスカレーターのルールが変わる。 「前に歩ける(走れる)余地があるときは、歩く(走る)ことができる
しかし、人々はさらに早く移動することを願い、その結果、片側を歩行者のために開けるルールができあがった。
これは東京の話だが、もとから地下鉄が深く、或いは、早くから、駅構内へのエスカレーター導入が進んでいた、ロンドン、パリ、モスクワ、ニューヨーク、或いは、せっかちと云われた大阪では、それより早い時期にルールが確立していた。
要するに、エスカレーターの右開け、左開けがルール化(不文律を含め)されるためには、
・エスカレーターが相当数普及し(普段エスカレーターに乗らない人が多いと、ルールとして機能しない)
・長いエスカレーターが、あちこちにあって、歩かないと時間が無駄になる
・歩かない人と歩く人が存在する
といった条件が必要。
--------------------------- 終了(以降は原典を参照ください)
日本のエスカレーター速度の「トロさ」という記載ですが、乗り降りの速度の時、足を拠られて将棋倒しにならないようにという配慮があるため規制が加えられているんですよね。ただし日本では安全性優先。ところが世界では「安全は全てに優先する」という言葉は、(工業経営では1901年にアメリカで提唱されているが)余り言われないのです。危なければ使わなければいいという自由(≒放任・責任放棄)があるんです。
ところでこの要望がさらに大きくなるなら、次の世代は高速エスカレーターとなるでしょう。一定傾斜でなく、途中に平面走行部分があるエスカレーターも横浜駅ビルとか秋葉原駅に登場しています(いずれも日立製:長いエレベーターを使ってもらおうとしても不安感が大きいためでおっくうがる人が老齢の方を中心におおいという現実があるのを払拭したいということも開発の理由と聞きます。)。 さらに三菱電気では、乗降時の危険防止のため、傾斜部高速エスカレーターを開発していると聞きます。とはいえ、特に下りエスカレーターでの緊急停止は、高齢者、妊産婦等に限らず、健常者であっても危険が伴います。この危険は、高速化するほど減速度が増えますから力が掛かり、危険が増加するという側面があります。
モスクワの地下鉄のエスカレーターは地下鉄自体が防空壕化の考慮もありひどく深いところにありますが、これは思い切り早いそうです。時に将棋倒しになったりなったりする事例があり、すでに何回か駆動用チェーンが切れて崩落事故をおこしたりしてるんですが、ここももうエスカレータを歩くのが常態化してるとはいわれていますね。
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だから、 「国土交通省によると、エスカレーターの構造はもともと、利用者が歩くことを想定していないという。」のは認証上の問題であって、基本設計上とか安全率についてはすでに考慮されないといけないものが多いはずです。となると認可の基準自体がそもそも形骸化しているということではないだろうか
設計基準というのが、変化しないで済むことはないわけです。但し今までのエスカレータの中の実績(メンテナンス記録)を集めてみれば、磨耗サイクルなどを見なおしたら、規則あるシステムを許容した歩けるエレベータは設計拘束がそこまで厳しくない設計は出来るはずだと思います。
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設計者は、近頃のようになにかと問題が広くなり、風評被害が会社存立に関わる世界になると、製品保証のために、なんでもかんでも安全サイドにすることで責任を回避する傾向にあります。そうしないと経費削減にならないし、すでに今の製品も赤字・黒字のバランスシートぎりぎりで製品化している事かえら、市場退場という場面が目の前につらさがってるからです。そしてもし事故があってもそのリスクを誰も負えない/負わない状況(要するにそれは自分達の雇用も、会社も・・・そして生計・命が維持できないということ)ですから。みんなが目をふたしているとしかいえないことだろうと思います。以前なら辛うじてそのあたり、新規機構を取り込んだ事例で投資する事例は官公庁などであったのですが、いまや官公庁は価格優先になり、そのことが誰しも飛躍をすることのリスクを取れなくなりました。
よく考えたらわかるのでしょうが、「横浜市営地下鉄」「名古屋市営地下鉄」「東京都営地下鉄」「JR東日本」「東京メトロ」というところが並んでいますが、いわゆる私鉄は少ないですよね。とはいえ、中には東横線(みなとみらい線)横浜駅のエスカレーターなど、相当深いところに駅がありますが、エスカレータも高速・低速などを選べるようになっていたりします(自動運転機構など複雑な機構が施されています)からそれなりの投資をすることが出来るところはすることになっているんでしょう。けどそれがメジャーになっていないし、マーケティングによる先駆者事例という認識とならず、「金余りの特殊事例だから」という形で需要喚起にならないこともまた事実のようです。
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魅せる化

-----------引用(ママ)
●アメリカの有名なビジネススクールでは、「自分を魅せる術」についてトレーニングを受ける、という話、面白かったです。 そういうのが、エリートのひとつの到達形になっていますね。
20年前に、アメリカに1年だけ住んでいたことがあります。最後の方は、けっこう辛かったです。自分を魅せる術に長けていないと、この国では成功しない、ということを感じていたような気がします。
日本に帰ってきて、ほっとして、ラクになったわけですが、 それはただ「自分らしくいられる」というからだけではないということも、じょじょに感じ始めました。
-----------以下省略
プレゼンテーションということでは日本のようにシャイな・・というか沈黙が金という世界は異端なんだそうです。(けど語源は欧州だろうに・・・)具体的に自分を魅せる術というと、就職活動がありますが、このような考え方があります。
--
アメリカは大学(4年)を出て、プレゼンテーションテクニックに長けたほんの少しの人財(それは中身を伴ってるとは限らない)が複数社の内定を得て、多数の学生は潜在的に優秀であっても埋もれてしまうそうです。そのようなスキルが不幸にして伴っていないだけの大学卒はすぐ起業するしかないので、ベンチャーが多くなるという逆説的見方が最近見えはじめてきてます。産業活性化の結果、独立心旺盛なベンチャーが多くなると、アメリカや日本のアナリストは言い含めてましたが、それは欺瞞であって、あわよくば一発逆転を狙うしかない社会情勢ではないかというわけです。
そういっても、アメリカの場合雇用流動性が高いから、中途の入場があるんではないか」とい得ると思うでしょうね。事実私もそう思ってましたが、話を聞いてみると、そういう話ではないようです。
まず複数の会社に内定してる人材がある以上、辞退する志願者の穴を埋める必要があるんだから、いくらかの人材は就職できるんでは・・と思ってましたが、どうも人材がキャンセルされた結果確保できないような部門は、そもそも「魅力がないんだから」ということで、速やかに部門ごと市場から退場する・・つまりリストラクチャー・・ということになるようです。(勿論、追加募集する場合もいくらかあるそうですが、たとえば経理部門だけ人が足りないとかいう場合は、それ専業の会社に一部管理職を除いて業務委託するという一種の市場退場もあるんですな。)これが事実だとすると、アメリカにて工業の中でも泥くさい生産技術に人材の枯渇が見えるというのは分からなくもない。(日系の企業でも、アメリカ法人の生産部門の専門技術者は、やっぱり日本から人を出すことになってしまうとは聞きます。カイゼンという言葉は彼らの中に無く、革新のみになりがちなのはある意味分からなくもない)また、3Kに近い職場に関わるなら、輸入業務に関わった方がいいわいという潜在動向があるのは、理解できますね。
また中途採用としても、一度会社に入っている実績がないと、元々人財募集の枠に引っかからないという事実は厳然としてあるというのです。一方プレゼンだけがうまい人財は淘汰されるのはあるそうで、(いくらかは再就職するにせよ)この人たちも仕事を造るという起業を行う。しかし概して起業はかなりハイリスクを伴うから、確かにビル・ゲイツのような「おたくでシャイ。けどじつは技術能力はすごーく高い」という人が芽を出すかもしれないが、その成功事例の底辺は、破綻して葬り去られる屍が累々と横たわるというのです
あくまで市場評価が前提と言うことになると、壊れかかった企業建て直しを3年掛かってやって、それを他社にうるという、再生業というのは確かに考え方としてでてくるのもむべなることです。逆にこのようなベンチャーキャピタルのビジネスモデルは、帰属性を重視する日本の多数の国民には違和感を感じるだろうし、ハゲタカという感じは、短期回収という考え方を「勝ち逃げ」という見方で解釈されるというのと同意かな思います。(勝ち逃げは許しませんぜ・・というのは麻雀の世界だけでないんですな
勿論この理論は金融工学という部門で研究されてます。アメリカでは金融工学というのはもっと学問に特化してるところがあるそうですが、日本で言う金融工学の概念は実務適用に近いものだそうです。その意味ではMBAで広く教えられているものが日本での概念に近いでしょう。但し、そこの投資回収というところが先の目標であるから、MBA出身者によって業績回復されても、短期の収益回収という意味で特化した考え方依存をしている以上、外見は綺麗なバランスシートだけど内実や職員のスキルが(日本的見方では)ぼろぼろだったということもあるそうです。(アメリカでもその反省が出てます。しかもMBAはManagement by Analysis:経験が伴わず分析だけをしている人といういいかたも有るんですって)事実、金融工学という学問は国際整合上、経営工学とか経済学・経営学として日本では研究されてますが、非常に日本人には使いがたいみたいで、その実務専門家も育たないしニーズを喚起しようとしてもなじまないみたいです(日本ではMBAの出身者は金融機関へ採用されていき、会社での融資案件の査定に進むともいいます。)
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ところで全世界で一番MBAコースの卒業生の多い国は中華人民共和国なんですって。ついぞ最近まで共産主義を金看板として掲げていた国が、看板はそのままなのにその実10年前とは大違いらしいです。日本の某経済雑誌には「中国に三つの経済機構あり。曰く共産主義政治、資本主義経済、奴隷制度」(おい)とか。(漢文ですか。)これはある意味では、ああそうかと思うこともあります。
中国にある日系企業は、じつは人材確保に苦労してるそうです。その理由は人が居ないのではなくて(むしろ求職は多い)定着率がすざましく悪いということですが、会社の従業員の3倍の人員を毎年毎年雇用している(・・・これは標準勤続年数が1/3年ということ)だそうです。職員教育をしたら、それを学んだが最後、他社にその技術を持って就職してしまうから教育できないというわけ。管理職から、高級管理職、技術職、技能職、いずれもこの傾向は変わらない。
従来の中国の(国営)企業はこの動向を抑えるために、保育園から学校から家やらを丸抱えして、あるいみ「人質」にしていたという解釈も出来るそうです。(勿論、これが認められているから共産主義だったともいえます。日本で言う「親方日の丸」を中国語では「親方五星(紅)旗」「大鍋飯」なんていうんだとか)
この理由を、中国史に見る人もいます。曰く国が変わっていく(宋→明→清→中華民国→中華人民共和国)という度に粛清やら難民化やらで変節をするしか生きていけなかったわけで、そのように変わり身が早いか、さもなくば対外貿易などの職能を生かして海外に道を求めるかという形になるのを是とする素地があったというわけです。(但し中国の広大な地域によってこのトレンドは異なるということで、一律な判断は危険です。)
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となると、ベンチャーキャピタルのビジネスモデルは中国の人には割と理解しやすい概念でしょうね。香港にそのような企業再生事業形態が割りとあるのは、その故かもしれません。反対に台湾は、一時期日本的インフラの影響があった関係から、割と企業の成り立ちは日本に近いものがあるようです。(それが日本が正しいという理論にはならないですよ)。
韓国ですが、中国の影響もあるし国内に今でも地域派閥があるのも知られてますし、これも日本のインフラ投資の影響でベンチャー的要素が薄いのは事実でした(財閥形態で産業が発達していました)。しかしいまは国際的な工業国家ということにシフトすることと同時に、日本の影響下という過去の遺産を払拭する側面もあるのか、これも大陸流な考え方にシフトされています。その具現+中国の科挙の考え方が複合して出てきたのが強烈な学歴社会でもありますね。(ちなみに国民の年収に対する教育費用の割合は日本は7%だそうです。これ自体も世界ではかなり多いそうですが、韓国は15%に達しさらに増加する傾向にあります。といいながら、国民所得は一人頭にならすと減少気味なのですよ。その反面、国民の研究開発能力がとても高いということにもなったのですが)
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一寸ここからは、私の見かたを語ってみたいと思います。
さて、こうなった限りは日本がモンロー主義に走ればいいとか言えそうですね。ところが、今の国内企業は多かれ少なかれ外国の投資に依存しないと成り立たないそうで、株の所有高は45%が海外資本なんですってね。このため、物言う株主が多くなるし、もし儲かっても今までのように社員に賃金上昇として配分することでは、「短期利得」を求める株主には納得いかないので、近年、配当を高くしなければならない企業が多くなってます。
これは、当分の間、日本人が持っていた給料や報酬の形態は維持すること自体が世界の迷惑・・という認識になることです。「常識」たるものは国力のあると自認する国が作り、国力(≠軍備力)が全ての社会を制するということになりますね。それがイヤなら鎖国でもしなければならんでしょうね。どっちにせよ、このような価値観を画一化する時代が来ると、そのうちどこかの地域で歪がくるという気もしますけど。
企業のIRとか言うところで、情報開示を求められている一因は、間接的な形にせよ「物言う株主」からのリスク回避だとおもいます。したがってその心は、その社会に対する貢献の比重は多くなく、投資回収という説があります。但し、その考え方自体が経営者にわかっていたとしても、社員に利得をまわすこと自体を否定する段階で、日本社会からそっぽを向かれるという前門の狼・後門の虎状態が出てくる。そこで短絡的に走るのは、どこを犠牲にするかということしかなくなる。選択肢がない場合、意味が複雑でその特性上分かりにくい性能認証の偽装だったりすることはありうることではないでしょうか。(そこを考えると規制緩和というのは、遠まわしには競争力の付与でもあったのですが・・・投資回収圧力で守るべきモラルのほうが瓦解してしまった。)技術に資本投下したくても出来なくなる・・というのは今度は投資回収能力を疑われて、資金引き上げをされたらどうなるか・・・。となると、企業は情報開示で「見える化」をしてるようにして、その実「魅せる化」にしなければならなくなるのと思うのです。
このスパイラルでは工業という業種でさえも、ハイリスク・ローリターンの塊になって行くのは、嘆かわしいが誘導されてるかもと思ってしまいます。どこかでこのスパイラルを断ち切れないものでしょうか。そうなる時に本当の「魅せる化≒見える化」が成り立つとも思います。
いま、企業の中で「見える化」という経営経営トップからの指示をダイレクトに反映する改革が謳われています。そこは(本当は経営陣の自己満足という見方もあるのですが、)いろいろ企業を見ていくと、社員ではなく経営でもなく株主への評価資料としなければ、経営陣は追い詰められる事象もあるようです。さらにこの中には、この欺瞞を内包し、経営上のダンパー/緩衝器がなくなってしまうという、硬直化経営になることを容認したまま、市場に棹挿す事もあたわず動いてる事例が多いみたいです。これは日本だけではないです。かくいうエンロン事件もそのひとつだといえるかも。
本当に向上したプレゼンテーション技能の前に、私たちは深読み能力を封じ込まれていませんか。さもなくは深読みできないほど事象が地中深くさん孔されてるんでしょうか?「魅せる化」と粉飾はちゃんと考えれば違うことですが、もしかすると紙一枚の差かもしれません
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いたあーい&見たーい

(1)昨日専門医のところに行ってきました。

2ヶ月前から、空腹時の胃痛があって、医者に行って食事の指導を受けてきたのです、指導に従い、胃痛はかなり収まったものの、体重が1月で12キロも増加してしまうことになってしまい、今度はヘルニアの再発など別の問題が出来て来ました。そこで紹介状ををもって専門医のところに行ってきたのです。結果的には、極端な胃酸過多だったようで、目先の問題では解決できないようです。勿論手術ということも余り意味がなさそうなので、当面投薬でカバーすることになります。
なお、飲酒はこの事例なら抑止の必要がないようです。(日ごろから飲んでるわけでもないし)

いずれにせよ、注意するに限ったことは無いです。みなさんもお気をつけください

(2)我が家/事務所は衛星放送はみることが出来ないんですが。
-------------引用
『サラリーマンNEO』ファンの皆さんに嬉しいお知らせ
11/23(金)、「season 2」を一挙に再放送します。BSハイビジョンで午前8:20から。(8:20~19:29)長い一日が始まりますよ。詳しい放送スケジュールはこちら
見逃した回がある方、これは要チェックですぞ。しかも、今回だけの特別映像やお蔵入りになったコントも出るらしいです。今まで隈なくチェックしていた皆さんも楽しめるようになっているんです。
-------------終了
ところで、
ある日の西山家(11/23 12:20~49)
①西山家のパパがマンションの部屋の外で、娘の相手をして遊んでいるのだが、、リストラされた(と思われる)自分の身の上を(干からびた虫に託して)嘆く。一瞬だけママが「子供に変なこと教えないでよ!」など叱るが、その後はパパは泣きくずれてしまう。
②無心に積み木で遊ぶ女の子。そこに風呂上がりとおぼしきパパ、登場。娘の積み木を最初は懐かしいね~、などと眺めていたが、おもむろに説明し始める。「これ全体が会社で社長(天辺の三角積み木)-専務-いろいろあって-パパ達平社員(と、一番下の円柱積み木を示す)。パパ達が会社を支えているけど、パパ達が抜けても会社は崩れないんだよ」さあ、やってみよう、と、一番下の円柱積み木を一つ外す。泣き始めるパパ。「もう~、止めてよ」とママ。しかしパパは更に泣く。

この話題は、ある意味私にとっては身につまされるところがある。そういう意味で秀逸なコントではある・・・のは、まあいいとしてですよ。まさか、このパパ(の役者)が私の良く知ってる人物の25年後の「彼」だとは・・・最近知って、いたく動揺してます。

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環境にどうやって「優しく」接するか

以前は話題にもならなかったことが、話題となるんです。げに環境問題は恐るべし。
(1)カイロ
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三洋電機株式会社は、ビジョン「Think GAIA」のもと、使い捨てない電池「eneloop(エネループ)」のコンセプトが広がる商品群「eneloop universe(エネループ ユニバース)」の展開をスタートします。その第一弾商品として、太陽光で発電しeneloop充電池に充電ができるソーラー充電器「eneloop solar charger (ソーラーチャージャー)」を11月から、繰り返し使える充電式カイロ「eneloop kairo(カイロ)」を12月より順次発売していきます(後略)
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懐炉はご存知ですか。
昔はJIS工業ガソリン1号(ベンジン)を使った白金触媒式カイロが有名でした。登山でお世話になったりしたものです。この手には、ハクキンカイロ社(ハクキンカイロ)、ジッポーブランド(マルカイ社の供給)の「ハンディウォーマー」です。かつては松下電器産業製もありまして、これは電池で着火するのが特徴でした(「ナショナル黄金カイロ」・「ナショナルカイロ」)。松下電器はLPGを使ったものも発売したことがあるそうです。
白金触媒式のカイロは、燃料補給の手間と未反応の燃料の臭気、そしてなにぶんにもベンジンは自動車用ガソリンよりも揮発性が高く、人体にもあまりよくないこともありますから、使い捨てカイロにシェアを奪われてしまったとおもっていました。ところが、近年ではごみ減量などの観点で・・ということは環境問題の面で見直されてるようです。レンズ結露防止という理由で、カメラの保管用に使うという話も聞いたことがあります。
但し、危険物という意味で、一度でも使ったカイロは飛行機には持ち込めません。その上に、テロ対策でベンジンのボトルもにもつも含め持ち込めませんのでそこはご注意を。

も一つ有名なのが、使い捨てカイロですな。
鉄粉の酸化作用を利用したカイロで、中には、鉄粉(発熱体)、反応触媒作用のある水・食塩とそれを保持する高分子吸水剤、活性炭、バーミキュライトが混ぜられているそうです。構造が簡単でしかも各種原料が安価であること、火を用いず通常環境での最高温度が約80℃以下であるなど安全性が高いこと、及び使用上の簡易さなどあります。JIS規格(JIS S 4100)に項目や測定方法などについての定めがあるんです。
ところで、この製品ですが、これとて環境に配慮したものとして開発されたという話があります。基本特許は明治時代にあったそうですが、1978年にロッテの子会社菓子用の乾燥剤を研究する過程で発熱効果を発見したことから実用化したそうです。しかもパテントでの抑止が出来なかったことからいろんな会社が参入していきました。(この経緯からJIS設定も早かったです)ところでこの鉄粉、工場で切削加工時に出る切子(いわゆるダライ粉:ダライ盤(ドイツ語で旋盤)のキリ粉)を回収して使うんです。品質のよくないダライ粉でも大丈夫。当時からリサイクルということで環境に優しいというのが売り物だったのです。

ここで注意しなければならないのは充電式カイロ・白金触媒式カイロ・使い捨てカイロ、全部環境にやさしいというところを売り物にしていたということです。時代にあった環境認識があるんで時代の変化で基準が変わることになります。逆な話をすると、環境対策というものは国民性やその定義でまったく技術が変わってしまうのです。

も一つ、白金も、鉄も資源の問題で価格が暴騰しています。白金は燃料電池には無くてはならない素材となってしまいましたし、鉄は再生技術が進んだ事もあって需要が急上昇してるのはご存知の通りです。あっちが立てばこちらが立たず・・・という場面がある事実は無視できません。
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ドイツは環境立国という形で浮揚を図っています。たとえば太陽光発電装置は日本の会社(シャープ・京セラ・三洋電機・三菱重工業など)+ロイヤル・ダッチ・シェル+無錫尚徳太陽能電力が大手として有力ですが、この2年ほど、ドイツの国策で導入実績はドイツが日本を追い越してすごく延びてるそうです。(日本国内では、導入補助をしたくても予算の上から配分が出来ないそうです。)電灯線との連携システム(系統連携)に関してはかなり練られているようですね。しかしその考え方としては日本と考え方が異なる側面もあるようです。他方、ムダ扱いしてるように見える日本の環境問題ですが、新聞紙の再生回収・ビールビンを回収するシステム構築のように、意外と日本が世界に対して模範となる項目もあるんですね。
となると環境という意味ではなにをやっても一長一短があるんです。そこがコンセンサスが取りにくい根拠にもなっています。
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(2)蚊帳
蚊帳(かや)は、蚊などの害虫から人などを守るための箱状の網。中国から伝来。生活環境の変化により昭和の後期には、ほとんど使われなくなりました。引いて言えば網戸がその後継でしょうか。蚊帳自体は電気も薬品も使わない防蚊手段であるため、エコロジーの観点や薬品アレルギー対策として見直されてます。最近、マラリアの被害に悩まされるアフリカ諸国や東南アジアなどで、低コストな蚊対策として注目を浴び始め、日本では、2003年よりODAやUNICEFを通じた支援を実施、3年間で200万個以上の蚊帳を世界各国に配布しているというのがあるんですって。
じつは奈良は全国の8割のシェアを占める蚊帳の産地でしたが、昭和の末期には蚊帳の製造業者は極限まで減っていました。知人に実家が蚊帳の工場(染色)というのがいましたが、遊びに行くと結構建物はがらーんとしていました。ところがその後同業者が廃業したことから、受注が増えてとりあえずニッチ市場で食えるようになったとか言う話をしてました。当人は家業を継がなかった記憶がありますが、家業は主にふきんの商社として(弟さんが)やってるようです。(蚊帳の生地は麻を使っているから、最近はふきんとして好んで使われてるようです)。ところがニッチな市場としてこのところ蚊帳のニーズが出てきてるそうです。なんという皮肉。
中には、この蚊帳の材料(合成繊維の場合)に殺虫剤を練りこんだとかいろんな工夫がされているようです(これはアレルギーでこまってる人にはつらかろう)が、殺虫剤が使えないとか供給しにくい地域には一つの手法だと思います。
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環境問題は着眼点を替えるとこのような見方が出来るんです。それだけ、コンセンサスを取りにくい世界とはいえるんですが、今後の技術開発・環境経営という側面からは、余地はある世界とはいえます。
それは別としても、世界の工業は環境という言葉に敏感です。環境・安全。これが今後の工業の牽引をするのは事実ですが、概念自体が非常に感性依存のため、切り株のきり方で切片形状がいかにでもなるが如き曖昧な世界になりがちであることは、非常に難しい問題をはらんでいる気もします。但しこれ無視での工業の進展は世界から最後通牒を突きつけられる可能性があるんですな。曰く「蚊帳の外」になるわけです。
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轍(テツ)を踏まないように

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消えゆく東京駅発ブルトレ 「銀河」来春に引退(朝日新聞) - goo ニュース2007年11月18日(日)11:02
「ブルトレ(ブルートレイン)」の愛称で親しまれてきたJRの寝台列車が、09年春にも、東京から西へ向かう路線から姿を消す可能性が高まっている。利用客の減少が主な原因で、ほかの路線も同様の事情を抱えている。一部の豪華列車を除き、将来的には廃止の方向にあるという。
JR各社の複数の関係者によると、2008年3月中旬のダイヤ改定で消えるブルトレは、京都―熊本間を走る「なは」と京都―長崎を結ぶ「あかつき」、東京―大阪の「銀河」。また、大阪―青森の「日本海」と上野―札幌の「北斗星」は、現行の1日2往復から、1往復に減る。このダイヤ改定は今年11月中旬に正式決定し、12月中旬に発表される予定だ。
さらに、09年春のダイヤ改定では、東京―大分の「富士」と東京―熊本の「はやぶさ」の廃止が、JR各社の担当課長レベルで合意済み。これが正式に決まれば、大阪以西を走るブルトレは皆無になり、東京駅でブルトレは見られなくなる。ブルトレ発祥の地である九州などでは、地元の反発も予想されるという。(後略)
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「北斗星」はあまり考えてなかったのでちょっと驚いてます。ただ、私は、線路維持費などのこともあるのかなあと思っています。北海道に関しては競争相手となるのが飛行機だけですが、飛行機のほうも価格低下傾向がでてますから、そこを見てのかんがえとはいえると思いますね。また「地元の反発」があることは織り込みすみだろうと思います。ビジネスモデルとして成り立たない地域が多くなったということですか。
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放出車両、引く手あまた 来春廃止の兵庫・三木鉄道(朝日新聞)2007年11月20日(火)17:22
 来年3月末で廃線となる兵庫県三木市の第三セクター「三木鉄道」に、全国の三セク鉄道会社から「車両を譲って」という要請が相次いでいる。85年の国鉄分割・民営化によって三セクに移行した地方鉄道の多くは、気動車が約20年の耐用年数にさしかかり、更新時期を迎えているからだ。三木鉄道が所有する3両の気動車は比較的新しく、経営難で新車に手が出ない各三セク鉄道にとって、またとない好機という。
 三木鉄道は1998~2002年、富士重工業製のディーゼル気動車3両の新車を、それぞれ約1億円で購入した。隣接する同県加古川市とを結ぶ約6.6キロの単線を、1両編成(定員116人)で運行している。車幅などの規格について、全国の三セクはほぼ共通しており、中古車だと数千万円程度での購入が見込めるため、現在7社から問い合わせが寄せられている。
樽見鉄道(岐阜県)は、三木鉄道廃止の報に接し、すぐに社員を現地に派遣して車両を確認した。所有する6両のうち3両は昭和期の製造。経営難で沿線5市町から徹底した経営努力を求められており、「三木鉄道の車両はのどから手が出るほどほしい」という。
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こちらはあるかもとおもってました。モニュメントに残すだけが結果で無いですし、標準的仕様ですからもし国内で需要がなくても輸出になるとおもってましたから、正しい経営的判断かと。個人的意見ですが、欲しがってる会社7社というのもだいたいどこかなあと類推がつきますね。
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さて、今日静岡にて会議がありまして、10時に客先について15時に終わりということでもあり、「では帰りに駿豆本線でも 行って運転台の後ろにかぶりつくというマニア特有の行動をしようかなどと魂胆を持っていたのです。
ところが静岡駅に付いたとたん、携帯にTEL「13時からに時間変更」・・・orz。でこれはということで、早速「大井川鐵道金谷駅」へ(おい)。丁度蒸気機関車+客車+電気機関車が出て行くところでした。しばらくして新金谷行き電車に乗ってみました。(今は金谷駅から新金谷駅近く経由島田駅方面のしずてつジャストラインバスもあるんですが、どっちも時間1本ですからね)421系がきました。いまや珍しい吊りかけ車です。
●16000系 - 元近鉄南大阪線・吉野線特急車。2連3編成在籍。
●3000系 - 元京阪京阪本線特急車。台車は元営団地下鉄5000系のもの。2連1編成
●421系 - 元近鉄名古屋線特急車由来。一般車改造後養老線に移籍。非冷房で予備車。2連1編成
●21001系 - 元南海高野線の通称「ズームカー」。2連2編成
季節としては丁度暑くも寒くも無くですから、非冷房車でもいいのですが、どうも421系電車はドア配置がワンマン運転に使いいいし、混雑時に使いいいのか、予備車という形ではなくて比較的使われているようですね。(運転性能はこの路線に関してはそこまで議論しないでいいようです)9月に別件で金谷駅を通ったときにもこの編成がホームに止まっていました。一方新金谷の車庫には検査中らしき3000系(片割れは車庫の中。残りは外に留置)と側線の奥に押し込められている16000系1編成がありました。運用上4本は最低必要なダイヤですからこのほかの電車もちゃんと動いてるのでしょう。(事実16000系1本は見送りました)
この時期だからでしょうか、新金谷駅はSLに乗るための団体観光客が山ほどいました。(ここは観光バスで来る人がメイン)この営業方針は徹底してますな。また最近廃車になったC11形C11 312 はブルーシートをずっぽり被って高架下においてあるみたい。保存を考慮してるのでしょう。これで車体の洗浄が綺麗ならばいいんですが。
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というわけで鉄分を補給してきました。で会議はって?ええちゃんとやってきましたよ。駿豆鉄道は次回に持ち越しです。
もちろん、JRも含め全部の会社が大井川鐵道になるということはまず出来ないこと。その意味で大井川鐵道の活動は亜流かもしれないけれども、ニッチな市場でちゃんと商売を成り立たせているし、蒸気機関車の保守技術は国内でも継承者が減っている(しかもボイラーを扱う意味でも一般の鉄道とノウハウが異なる)現下の状況を考えると、それはそれで稀有な存在なんでしょう。いずれは、「ブルトレ(ブルートレイン)」もかくのごとく保存や回顧の対象になる存在になるんですかねえ。
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意匠登録だぞ

事務所の椅子が1年立って壊れたので、壊れた背すりを外して別の用途に使うこととし、近所のアウトレットオフイス家具やから新品を買うことにしました。
で店舗に言って見るとなかなか都合のいい事務用そで無し椅子があるのです。で、まあ価格を含めてよさげな椅子があったので買う事にし、店員を呼んでもらったのですが、脇に大々的にこんなことが書いてあるのに気がつきました。
特許取得!当社独自開発の座りごこちに工夫した椅子。疲れにくい
良く見るとこのポスターの脇にご丁寧に特許庁の書面のコピーがつら下げてある。で確かに特許庁の書面であるが、「意匠登録証」なんですね。確かに書面記載の住所などを見るとこの店のオーナーが権利者であることは間違えないようです。
店員に製品のいろんな条件を聞いて椅子を購入したのだが、店員に「これでは嘘を言ってることになりかねませんよ。この業界も競争が激しいから、いちゃもんつける人が居かねない。一寸「特許取得済み」というところ「意匠登録済み」と書き換えるだけで、誇大広告などの指摘はなくなりますよ。」といっておきました。

逆にその証書のコピーを付けてるだけ良心的なんですが。間違いは間違いですからそこは、リスク回避という意味でもちゃんとしておかないといけませんね。特許庁が出してるからかもしれませんが、そのあたりの認識がいまひとつ場合が市場にあるようです。(なおこの椅子は、自社設計で造ってもらってるそうです。)また、このあたり熾烈な状態の業界があるのを私は経験し、いろいろな経験をしてるから思うのですな。

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大学生向け絵本型教科書

-------引用
川島なお美 結婚へ[日刊ゲンダイ:2007年11月16日10時20分]
元祖女子大生タレントも50歳に手が届きそうになったが、女優の川島なお美(47)が結婚の準備を進めていると、サンスポ(13日)が報じた。(中略)10月にはフランスに婚前旅行し、年内にも婚約発表予定。
-------終了
なんて一言多い話題がでているが、同年代の私としてはそっと手を見る・・・orz。
ということで別の調べ物をしていたのですが、そこでJOQR「文化放送」つながりでこんなものを見つけてしまいました。
-------引用
『ドクター・オガワに会いにいこう。 ―はじめてのマーケティング』
著者:小川進 参考:こちら  イラスト:上田バロン 価格:1,050円(税込)
発行:千倉書房 ISBN:4805108452
【Amazon.co.jp】はこちら
理解しやすいこの『絵本』を書いたのは、神戸大学(経営学部)教授、経営学博士の小川進先生。
●「『顧客の期待に応える』だけではダメなのです。 『期待に応える』だけでは、『普通』という評価しか  顧客から得ることができません。 『期待を超えて』初めて顧客は満足するのです。お客の期待を上回ることが マーケティングのカギになります。」
●「ブランドというテーマを考えるとき、 いつも私の頭に浮かぶ言葉があります。それは、宗教について研究されている方の言葉なのですが、ブランドに通じるものが非常にあると私は考えています。その言葉は、『神が本当に存在するかどうかは問題ではない。大切なのは、どうして神が存在するとこれほど多くの人びとが信じているかだ』というものです。」
-----------
でここまでは、成程とおもっていたのですが、あれえ???ということに。
担当編集者/千倉書房 千倉真理
そうなんです。「やるっきゃない」と言う言葉が有名なこの人、日本に戻って父親が亡くなったことから実家の出版社で役員をしてるんですね。「やるっきゃない」というのは土井たか子さんの発言が有名で、1984年に流行語大賞にも選ばれましたが、もともとは1982~3年ごろ千倉真理さんがDJ番組放送中ミスをしたときに思わず言った言葉が先と聞きます。
でこの出版社、商学関係の出版社としては非常に堅いところで、大学の教科書が多いそうです。
----------引用(しかしこの文章、女性の文章らしく、また手馴れてますね)
<担当編集者/千倉書房 千倉真理>
えっ!こんな教科書見たことない‥‥!って思っていただけたら、まずは、それだけでうれしいです。会社としても初めて、もちろん私の人生でも初めての絵本作りでした。
神戸大学(経営学部)の小川進先生が、「マーケティングの教科書を絵本という形式で作れないか‥‥」という話があったときに、「そういうのって見たことないから、やってみたい!」と飛びついたことが始まりでした。
私自身は、約20年前にラジオのDJをやっていた時期があって、フリーで記事を書く仕事もやっていました。(そういえばそうだあ)当時、サンリオから絵本の月刊誌「いちご絵本」で、著名人に「思い出の絵本」の話を聞くコーナーでインタビュー役をしていて、その時の担当編集者だった山根さんに相談すればなんとかなるだろう、と思ったわけです。(中略)
「で、そもそもどんな形式の絵本がいいですか?」「大きさは?」「予算は?」みたいな話になっていくのですが、なにせ初めてのことなので、私は皆目わかりません。普通は、出版社の会議室で、最初にどんな本を作るか、部数、定価、販売日、制作費などを全部決めてから作業に入っていくのが王道らしいのですが、今回は、どんなものが出来るのだろう‥‥とドキドキしながら進めていく感じでした。
ただ、オールカラー32ページで、大きさも完璧に絵本の大きさにしたいとなると、「教科書」だけではとてもとても
採算が合わないわけです。千倉書房にとっても、びっくりするほどの革新なのだから、ちゃんと書店売りもしなくては。
昔から会社にいる営業の人に
「ね、うちって 普通の本屋さんに 置いてもらえるのですよねー」
「大丈夫ですよ、返品条件付きです、っていえば、置いてくれるはずです」
「わーい!」
みたいな話でした(ここ数十年、書店営業をしたことがない会社なのです)。
-----------中断
たしかに、学校の教科書が中心の会社で『絵本』を出すとなると、一寸軋轢があるかもしれません。ここ数十年、書店営業をしたことがない会社というのはたぶんそういうところなんでしょうな。機械工学という部門だったら私たちにしてみたら掌華房さんとか養賢堂さんこっちではないぞっ)みたいなイメージでしょうか。
-----------再開
実はこの10年以上、外国のあちこちに住んでいたのです(注:夫が外務省勤務とか)が、去年(2004年)、社長であった父が突然のガンになり67歳で急逝しました。私も帰国し、病院での2ヶ月を一緒に過ごし、その最期の日々を書いた小冊子を社葬に向けて作りました。そこに何枚かのイラストを使ったのですが、それを見た小川先生が「え? 千倉書房でもイラストが使えるのですか?」って聞いたことも、この絵本