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言葉は文化です。大いに弄びましょう。(1)

いささかネガティブな話から。
先ほど、注文した「消防法規例規集2007」なる本を引き取りに本屋に行って来た。こういうものは本当に専門的な本なのでなかなか取り寄せでないと手に入らないのだが、これは資本投下・投資であるからいいのである。さて、本屋での立ち読みは、文献をまさぐる仕事をしている以上必要なもの。(この本屋さんは、立ち読みならぬ試読スペースがある)今日も立ち読みと言うわけで書棚物色をしていたら、平積みになった某N氏の著書を発見(設計工学)。なんとなく立ち読みをしていたのだが、途中でレトリックの破綻らしき文面があることに気がつき、買うのをやめた。うん、自分の考えた理論に意図しなくて縛られてしまう論理構成ってあるんですねえ・・・・一寸ショックを受けて帰ってきました。
物事には自縛(ボンデージを相方なしに一人で行う行為。ボンデージ自体がそれなりのリスクを伴う行為だが、自縛はさらに危険度が高い。自分ひとりで亀甲縛りをするなど)というのがたしかにあるんですが、これは設計工学に対する自縛でなくて自爆だなあと(以下自粛)
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いささかショックを受けて帰ってきたのですが、そんなことはこの際さっと忘れて言葉と言うものを考えます。
---引用
酔った女性転落・痴漢逃走、都内のJR5万人影響(読売新聞 2007年10月16日(火)01:13 )
15日午後9時35分ごろ、東京都台東区のJR山手線上野駅で、停車中の電車とホームのすき間(約25㎝)に女性会社員(43)が転落、電車の下から出られなくなった。JR東日本などによると、女性は酒に酔っており、救出まで約40分かかった。この影響で同線はこの間、全線で運転を見合わせ、計約3万人に影響が出た。女性は右耳に軽いけが。
一方、同10時45分には、東京都北区のJR埼京線赤羽駅のホーム上で駅員に痴漢行為で取り押さえられていた50歳代の男性が、いきなり線路上に飛び降り、池袋方面に走って逃げ出した。このため、同線や京浜東北線などで約30分間運転を見合わせ、計約21000人に影響が出た。警視庁赤羽署で逃げた男の行方を追っている。
---終了
JRもふんだり蹴ったりですな。歩けないぐらいの飲酒はやっぱりさけるべきかと(自戒を込めて)。まあ前者はまだそれでもしかたがないところはありますが、後者は「人の線路内立ち入り」となりますからその間運転が止まります。これは大迷惑(勿論痴漢行為も含めて)
さて、この記事を引用したある人のBLOGにはこんなことを書いてあった。
『都市を殺すにゃ刃物は要らぬ。(防護)無線一発あればいい。』うまい。
(勿論元はあるんだが・・・『芸人殺すにゃ刃物は要らぬ。欠伸一発あればいい。』)
先日私は横須賀線というか湘南新宿ライン(新川崎駅付近)で京浜東北線の川崎駅付近の人の立ち入りに伴う防護無線で10分ぐらい止まってしまうことを体験した。(問題はこれで大崎駅入線支障が起きてしまい更に15分閉じ込めに会う・・とほほ)まあ安全は全てに優先するということは否定する気がないのだが、この場合、全く関係ないところでの問題ですのでとんだ波及であるんです。関東の人はこのあたりはかなりなれたものですが、関西でやったら多分駅員に文句をつけられるトラブル山盛だろうし、ほかの地域だと黙ってるとしても自動車転移(一種の立ち去り形忌避)でしょうなあ。(これは程度問題で、逆に限度を超えると関東でもすごいことになる。例:上尾事件
このようにごろのいい表現と言うのはなかなか、言葉を縦横無尽に操る能力がないと出来ないものと思います。ラップのように『日本語を音楽に合わせる』というのを評価しないとは言いませんが、方向性がまた違って、なかなか粋なものです。事実このような文化は結構職人芸的地盤で熟成されたものらしいです。
今日は帝劇。明日は三越』という三越百貨店のキャッチコピーは有名なものですが、事実大正モダニズムの時期のキャッチコピーはデパートの広告宣伝部門がシンクタンクとなって関わっているものが多いですね。この源泉は7・5調の文面をつくるという素地が、生活の中に存在し、また民衆にもそれを凛として受け入れる素地があったということでしょうな。(当時のデパートは、モダニズムの発信源を任じていたようで、商業デザイン・工業デザインの秀逸なものにもデパートの広告宣伝部門やその出身者が活躍している時期は更に長かった。いい意味で戦後の一時期のサントリーはその継承をしてるとも言えないか。)
以前、戦前の三越だったか松坂屋だったか失念しましたが、新聞下部に広告欄に一種の詩(いまの主流である散文詩ではなくて朗々と歌う形)の広告があるのを見たことがあります。勿論縮刷版。題目は「言林」そのものずばり、言葉を並べたものを示すのです。(この言い方は現代では辞書の名前みたいですね)それは、7・7調で5行ぐらいの詩が縦に並べてありまして、最後の行は『万国の品、買うは三越』で終わってあるということで、視覚的にも荘厳でありました。
私事になりますが、なぜか私の弟が都都逸にこっていた時期がありまして、風刺漫画を描いたりしてる男がまた?御茶屋遊びもしないのに・・と思っていたのです。(後ほど、私淑していた つボイノリオの影響だということが分かる。)
さて、都都逸は7・7・7・5が基本)(破格あり)で粋な情愛を歌ったお座敷芸であるらしい。この事例はどんなのかなというと、思わずニヤリというのも含め、三味線と熱燗が合いそうなことばの数々。
●惚れて通えば 千里も一里 逢えずに帰れば また千里(作者不詳)
●この酒を 止めちゃ嫌だよ酔わせておくれ まさか素面じゃ言いにくい(作者不詳)
●浮名立ちゃ それも困るが世間の人に 知らせないのも惜しい仲(作者不詳)
●三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい(高杉晋作説、桂小五郎説、ほか)
●山のあけびは何見てひらく 下の松茸見てひらく(作者不詳)おいおい
●恋し恋しと泣く蝉よりも 泣かぬ蛍が身を焦がす(作者不詳)
●楽は苦の種 苦は楽の種 二人してする人の種(作者不詳))おいおい
●お前死んでも寺へはやらぬ 焼いて粉にして酒で飲む(作者不詳)
●春の鴬何着て寝やる 花を枕に葉をかけて(作者不詳)
●星の数ほど男はあれど 月と見るのはぬしばかり(作者不詳)
●もしもこのままこがれて死ねば こわくないよに化けて出る(作者不詳)
●わしとおまえは羽織の紐よ 固く結んで胸に置く(作者不詳)
●ちらりちらりと降る雪さえも 積もり積もりて深くなる(作者不詳)
●ぬしによう似たやや子を生んで 川という字に寝てみたい(作者不詳)
●口でけなして心で褒めて 人目しのんで見る写真(作者不詳)
●遠く離れて会いたいときは 月が鏡になればよい(作者不詳)
●お前に見しょとて結うたる髪を 夜中に乱すもまたお前(作者不詳))をを
●固く結んだ手と手の中で 今度会う日を書いている(作者不詳)
●指もささせぬ大事な人に 誰がつけたか紅のあと(作者不詳)
そしてこれは有名ですね。
お前百までわしゃ九十九まで 共に白髪の生えるまで

私は、前の三越の(だと思う)広告がそれなりに膾炙するのには、こういう言葉を翻弄するというか弄ぶ大衆の『知性』がそれを可能にしていたのかなあと思うのです。つまりこの姿勢は様式(FORMAT)としては受身ではありますが、実は内容はオリジナルなのです。これは言葉に対する創造性なのです。
言葉は文化です。大いに弄びましょう」という表現は、山城新悟氏がテレビの番組の冒頭でアイキャッチ的に使っているんですが(番組名を最近まで私、覚えてませんでした)その素質を育成する事も必要なんです。
ただ、現在は、特定の芸能人や放送作家にこれらを依存しかくて、その創造性を否定するような傾向も一方ではあるんですよね。(桑田佳祐の曲にこれを揶揄したものがありますな)。それも一つの吐露といえば言えるのですが、「お客様的傍観者」を持つような人もいるようです。
でそのような人たちに話をするという場合、どのような演説・講演・講義を行えばいいのでしょうか。私の身辺の、具体的に工業教育を行っている人たちには深刻な課題となっているようです。(注:うっかり興業教育と書きかけたのですが、ある意味その趣旨で考えてる人もいます)
(続)
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