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類型化してわかったのか

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■起業アイデア発想法!小資本で起業する方法は7種類22分類しかなかった
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 これまで6年以上の期間をかけ、新規事業を起こすからには【固定費不要】、【借金不要】、【在庫なし】、【撤退障壁小】、【高利益率】、【赤字も倒産もあり得ない】というビジネスモデルであるべきだと考えて、小資本で成功している事業にはどんなものがあるかを、地道に調査してきました。
 合計1,061個の小資本型モデルを調べた結果分かったのは、一発屋で終わらず5年,10年と安定して成長し続けていけた方法は、たった7種類-22分類しかないということ!例えば、●●整理型、引用型、●ッ●●●ング型等。(後略)
---------終了
良くこういう広告が来ますよね。素人分かりをするためには、このような類型化というのは、必要かなと考えるんです。たとえば著作権の問題はあるんですが、ついついコンピュータソフトなんかも先に普及したものを雛形に入力方法をまねるものであるようです。それはある意味学習という見地では否定できないものとは思います。この事例の場合、ついぞ起業ということで反応してしまう人が(自分も含め)おおいのは事実ですが、初心者のとっつき方法としてこのようなものが現れるのは必然でありましょう。
さて、中国に知的財産権の概念がないという雑言はよく聞きます。これは国民性とか共産党支配の影響とか色々断面を見出すことが出来るのですが、元々の中国の学問の感覚を考えると一つの解釈が出来るのではないかと思うのです。
らくよう  【洛陽】 大辞林 第二版より
(1)中国、河南省北部の都市。(中略)
(2)平安京の左京の称。
――の紙価(しか)を高める
著書が好評でよく売れることのたとえにいう。〔晋の左思が「三都の賦」を作ったとき、これを写す人がたくさんいて洛陽の紙の値段が上がったという「晋書(文苑伝)」の故事から〕
まあ時代が時代ですから、これは当時の中国の文化的なスキルの高さを考えるものとして分かります。ただしその後朱子学・陽明学・・・・と言うように中国の学問は原典を損なわず考証・解釈ということに重きが置かれ、独自の学問と言う形での進化をしなかった。いわゆる中医学についても、古典からの考証と実践というところに重みが置かれていたからこそ、西医との方向性が変わってしまった。ただ中医学はヌーベルバーグ的に変革し、いまはそちらが主流のようですが。そこがベースになった考え方があると、突き潰すのは難しいというのも分からなくもないです。
ただし、工学やその周辺分野に関して言いますが、実験や事例の根源を常に探す活動は必要だと思うのです。マニアル化を一元的に進めることがいいのかというと、そこは否定するしかありません。以前に一寸書きましたがそれによって知った気になって、そのものの根源を遡及する努力をしないとか、またマニアル化が間違っていると、それが一人歩きする可能性が大きいと言う場面をよく見てるからです。
一人歩きするという事象はその発案者にとってしばしば懸念の対象になるようです。一例ですが、デミングサイクルという行動を評価する活動は日本にて実務に展開され有名になったのですが、デミング博士は晩年なぜか「PDCAサイクル」ということを口にしなくなったらしいのです念仏のように「PDCAサイクル」ということによって救われる・・そういう経営者の思想や場面を博士が見ていたのかもしれません。決してそれは、恥ずべきことではないですが、言行不一致の場合もあったのかと推察します。
常に遡れるような下地を持って行動する。そこが工学でも基本となるべきではあります。勿論実態から遡って原理を解析することを否定するわけではなく、それをむしろ推奨するべきことを、工学ではついぞ怠るところがしばしば見られるからこそ、言うべきだと思っています。でないと、足元をすくわれるんではないかと憂慮するところです。
工学では「安全・安心の社会つくり」ということがこのところ言われます。他方、最近いろんな食品業者に関する報道が時々出てくる。企業責任という側面と、食の安全、監督官庁の指導という議論とが「おおむねどの報道、意見でも「ごっちゃ」になってる気がします。「安全・安心の社会つくり」は題目として間違ってるとは思いません。しかしそれを担う基本的概念を遡及して考える議論・論調は少数ですし、また全体が見える知恵のある方とて、誠意を持って発言するという態度でも、下手に表現すると「たたき」「祭り」になる現実から、自己規制や自粛をしてしまう人も多いみたいですね。
別に食品に限りません。航空機・原子力でもその論調があります。自粛ということを(倫理的規範はともかく)技術的見地でしないで闊達な活動に寄与するためには、「豆腐の如き基礎」ではいけないはず。ですが、そこに人間の知能が追いついてるかと言うと、さすがに悩みます。ええ自分も。そこで、「ゴーマン」ですが一つ提案してみましょうか。
倫理問題の解決方法の一案として、「セブン・ステップ・ガイド」というものがあるのです。(既出) 
●ステップ1:問題を述べなさい。 
●ステップ2:事実関係を調べなさい。 
●ステップ3:関連事項を確定しなさい。(誰が、どんな法律が、どんな制約が関わるか 等)
●ステップ4:思いつく限りの対策案を出してみなさい。
●ステップ5:それらの案について、以下のことを考えてみなさい。(後略)
この場合は倫理ではないですが、技術課題全体にいえる論理展開でもありますね。あくまで応用展開と言う形になりますが、こういう思考回路をどこかに思って行動する時にステップ2・3が不十分ということは私にもよく有るんです。そこを努力してみるのはいかがでしょう。

あれえ・・・これも類型化の一つだ・・・自己矛盾なのか・・・・(泣)
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