いつか日本が来る道(1)
日曜日(2007/10/28)の朝日新聞によると、最近韓国で、学歴詐称の問題がかなり問題になっているらしいです。高卒の人が大学教授になったことが問題になって以来、おおよそ学問や政治に関係ないところでも、いろいろと問題になっているとか。朝日新聞の記事では日本以上に厳しい学歴社会と大学間の階級差別による「恨み」の連鎖があるんではという話であったが、別に儒教の影響がある国では大なり小なりあることだとはいえる気もします。但しこの問題がいやらしいのは、経済危機があった1998年以降アメリカ風の雇用環境に総換えになったことが、それを促しているという側面という点。これはなんとなく分かる気がするのです。
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ニューヨークタイムズ「学歴詐称波紋に揺れる韓国」報道(2007.09.02 中央日報)
ニューヨークタイムズが1日(現地時間)A前東国(トングク)大助教授が触発した学歴詐称波紋に揺れている韓国の社会像を紹介した。
同新聞は、数年前から有名人物の学歴詐称に対する疑問が提起されていたが、7月、学歴詐称が明らかになったA前東国大助教授事件以後、学歴詐称が社会的な関心事となってますます波紋が広がっていると伝えた。
同新聞はオンライン文化が発達し、インターネット上で学歴詐称に対する疑惑提起が増えたことも学歴波紋が次々に拡散している理由の1つだとし、今回の波紋で検察や警察、教育人的資源部などが学歴詐称根絶対策を出した。また学歴検証システム導入のための法案まで提出された状態だと説明している。
新聞は熾烈な競争社会である韓国社会の特性と1990年代末の金融危機以来続く雇用の減少によって学歴を欺く人々が増えているという分析もあるとし、学歴が社会生活に大きな影響を与えているにもかかわらず、学歴に対する不十分な検証慣行も学歴詐称をけしかけた側面があると指摘した。
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学歴詐称:全国の大学が「偽博士」調査開始( 2007/08/13 朝鮮日報)
全国の大学で博士学歴を詐称して教授を務めていたケースが相次いで発覚し、各大学が一斉に調査を開始した。A前東国大助教授、B檀国大教授の学歴詐称が発覚したことを受け、各大学に緊張が走った。ソウル大、延世大、梨花女子大など多くの大学では、教授採用に際し、学位授与大学に直接学歴照会を行わなかったケースが多かったためで、もしや偽博士がいるのではと慌てて対策に乗り出した格好だ。(以下省略)
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日本でも先ごろ、ある国立大学法人で非公認のアメリカの大学博士号にて教授職を得ていた人が、解雇された事例がでました。(上記とは又事例が違う話ではあるのですが)幸いにも、日本は博士号を取れなくても、また社会での実績が著しい人には最近は特任教授という事例もあるし、文系などではシンクタンク勤務かららの転進で教職が用意される事も多く(特に私立大学では顕著)その意味では、分からなくもないでしょう。日本の国情から考えて がちがちのシステムは本当に有効なのかなと思う事もたまにあります。学位があるから研究者として一流だという言葉のアンチテーゼを田中耕一氏が示しているような気がしますな。(もっとも学位を持たないノーベル化学部門の受賞者はもう一人いらっしゃるそうです)
最近は国際上の整合の問題からすくなくなり(廃止論議もある)ましたが、「論文博士」というシステムもあります。参考:こちらの第1章第2節3 )論文博士の中には中学卒の人が鉄鋼に関する現場技術の論文を数多く残し、冶金関係の現場改善研究の論文で学位をとったという人もいます。また以前お世話になった人に、冷凍空調部門では国内有数の知己を誇る人で人物高潔にして尊敬に価する人がいらっしゃったのですが、仕事の中身からなかなか論文にすることが出来ず(先端開発だとかえって論文にできないという内部事情らしい)、結果某大学の寄付講座(従って会社在籍のまま)の教授になってから、技術士をとって最終的には博士号をとった方も居られます。(いまは主に地方にお住まいになり技術士のお仕事がメインのようです)
上述したように私の身の回りでも、「論文博士」と言う方は非常に少なくなりました。社会人でも、博士号後期課程に入学して学位取得を目指す型が一般的なようです。(課程博士には甲1234XX号のように「甲」が、論文博士には乙1357XX号のように「乙」が付けられるんだそうですね。存じませんでした。)今の学位と言うものは、古の「末は博士か大臣か」というシステムのものではなくて、研究活動に関する高いスキルの担保という意味が大きいと言う意味と思うのです(たまに能力との乖離をいう人もいますが、そこは立脚点が弱い相対的評価であり私は認めようと思いません)が、「論文博士」はこれで日本の独自のシステムとして行ってもいいのではないでしょうか。
勿論、一般的視点から見ると、学位を持つぐらいの力のある人はまず、高潔な知力・知性・洞察力をお持ちのかたがおおいとは思いますね。(と、ふと自分の手を見るorz。)
さてこの韓国の問題には、芸術とか体育とかいう余り博士号というものよりも実際の成果物にて評価すべきものなのに、博士号が無ければ教授に出来ないというある意味硬直したシステムという構造上の欠陥があるんではないかというのです。そういう弊害があるんですねえ。
ここで私がおやあと思ったのは、今韓国の18歳の80%が大学に進学するんだそうです。10年前は50%ぐらいで日本とさほど変わらなかった。今の日本は大学・短大・高専進学率が50%(但し専門学校進学が30%)ですから似ているといえば似ていますが。
専門学校の場合は職能教育という所に重きを置いているのですから、一寸大学とは違いますね(カレッジという範囲になるんでしょうが)となるとですよ、ますます直接に作業する人間が少なくなるという可能性も指摘できるのです。勿論すぐそうなるとはいいませんが、韓国は実は生産拠点としての地域特性を捨てていくのかと思えます。では知的立国をまっしぐらというかというと、実際は、1998年以降は会社だと45歳で解雇されるのが多いんですよね。(普通の定年は58歳だそうな)従って韓国の技術士(日本と非常にシステムが似ています)さんは、45歳以上になると独立して指導する事例が非常に多く、それ以上に若い人もその傾向が強いらしいですが、それまでは日本と同じく企業内で活躍する人が非常に多かったらしいです。
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