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区別と差別は違う

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「O型は交通事故率が高い」 免許試験場の講師に厳重注意[J-CASTニュース:2007年08月07日 19時16分]
福岡自動車運転免許試験場の講師が講習の中で、「最も事故率が高い血液型はO型」などと発言し、問題になっている。O型の受講生がハラを立て、新聞社に通報、記事になった。これを重く見た同県交通安全協会は、「科学的根拠の無いことを教えた」として講師の2人に厳重注意をした。「血液型占い」などがネットや雑誌などに「氾濫」しているが、最近は血液型による性格判断に反発し、「ブラハラ」(ブラッドタイプハラスメント)と感じる人が増えている。
2007年7月24日付の朝日新聞によると、2人の講師は県警を定年退職した60代の男性。07年2月頃から講義の最初に、「車の事故を起こす確率は血液型ごとに違う」という内容の話をしていた。「O型は最も事故率が高い」「A型は安全運転」「B型はメカ(機械)に強くて自信過剰で、不注意事故が目立つ」「AB型は神経質で疲れやすく、睡魔に襲われての追突事故が多い」などというものだった。
この講習を受けたO型の1人の男性が、「根拠のない不適切な発言だ」として、朝日新聞に通報、掲載されて騒ぎとなった。福岡県交通安全協会によると、この2人の講師が血液型の話をしたのは冒頭の3~4分間。受講生の肩の力を抜かせ、講義に集中させるためにこうした話題を出したのだという。こういう「話のつかみ」はどこでも普通に行われているが、「血液型の性格判断は科学的な根拠がない」と判断した。「講師も、ネットや新聞に出ていたものを集めて話していたに過ぎなかった。これを機会に、全講師に今後はそういうもの(客観的裏づけがないもの)は使わないように厳重に指導しました」と話している。
--------------(以下省略)
血液型による性格判断を信じるかどうかは別として、これまでは「冗談」「ネタ」の感覚で楽しんでいる人がほとんどだった。」
根拠に分析が出来るものでなし、(統計的に取ること自体でも困難であろうし)それでいいのですが、困ったことに、「血液型占い」という「遊び」が、「遊び」と感じられなくなったのではない上に、差をつけなければならない環境が世の中に蔓延している裏返しかと思う。この免許試験場の場合は、「噺の枕」なのであろうが、話すほうもそこまで重く取っていなかったのに、そこに根拠を感じる人がいたのであろう。というのは、どこでも、差別・・ではなくて区別しなければならなくなった世界が有るのではないかな。価値基準の多様化はかなり進んでいるのであろうが、そこを迂闊にいえなくなっているのではないか。なにを言っても通じない相手が有るのだろうと思う。かくて発言・意見に自粛が生れる。これいいことなのかな。

「会社で人事や採用の場、果ては保育園の園児の組み分けでも血液型によって人格や能力を決め付けられ、診断されている場合があるようです。実際に、血液型診断で嫌な思いをしている方も多いようです」
「血液型判断特集の放送後に、血液型のせいで、いじめられた子供や、学校や会社で差別を受けた人が多いっていうから、かなり深刻なんだね~」
と言う声も有るそうだ。確かに中小企業の採用に血液型を基準にする会社があったということも聞く。まあそれは稀有事例なのだろうが、なんらかの「差別」をしなければならない現実はいいことなのでしょうかね。そこを受け流す理性も重要だが、これが生活全般に関わっているようだとすると、競争力というより差別になりうる。
人事考査をするとその目標値を設定するとともに「メリハリのついた考査」を求められることが多い。人事系の経営コンサルはほとんど同じ事をいい、それを指導している。ところが実務者は、100点±30点の間で正規分布するように考査成績をつけるとなると、ふと困る。もしその値が97・98・99・100・101・102・103と言うように差がつきにくい部署の場合でも80~120の間に振り分けなければならないのはつらいよねと言う話らしい。しかもこれは給与連動の上に、2年前までの履歴を最終的に遡及させるシステムだったとすると、本当に胃が痛い。
区別をしなければならない場合もあるのは否定しないが、差別と連動している場合もあるのですよね。
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コメント

いくつか転職をしましたが、ある会社で「社長と血液型が同じ」という理由で採用されたことがありますよ。そこで現在専門としている技術に出会うことになるのです。四半世紀も前の話ですが、お宝物の稀有事例ですかね(苦笑)。

投稿: SUBAL | 2007年9月12日 (水曜日) 19時43分

>ある会社で「社長と血液型が同じ」という理由で採用されたことがありますよ。そこで現在専門としている技術に出会うことになるのです。四半世紀も前の話ですが、お宝物の稀有事例ですかね

ほー、こういう事例も有るんですかあ。それは「運命」だったのかもしれませんね。

投稿: デハボ1000 | 2007年9月13日 (木曜日) 11時37分

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