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失敗の中に経験を拾う(2)

東京大学名誉教授である畑村洋太郎氏の著書、『失敗学のすすめ』(講談社) ISBN 978-4-06-210346-6 がある。(注:改版・改訂が結構頻繁に行われている。内容が微妙に違うことが有るのに注意)これによると、基本的には失敗学の基本は、下記であるという。
原因究明 (CA: Cause Analysis)
失敗防止 (FP: Failure Prevention)
知識配布 (KD: Knowledge Distribution)

で、彼は、この「失敗学」の提唱者である。ところで、この本を読んでみると、彼は工学部修士課程終了後某社の研究所に勤めるのだが、このときの経験が後の研究内容に役立っているということを書いている。でこの内容がなんと下記の例らしいのである。

コンセプト「失敗は教訓の素」・・(改過為福)
(1)・・・失敗を素直に認める。臭いものにフタをするな。
(2)・・・経験を生かして技術の進歩改善に役立てる。
(3)・・・他の人に同じ失敗を繰り返させないことにする。
「自分で自分の身を責め、自分自身の中に反省を見出す事」
「他人に対し空理・空論を吐いていないか。」
「臭いものに蓋をしていないか。」
「ナゼ分かろうと、ナゼ知ろうと出来なかったのか」
「失敗の中に経験を拾う」

これ考えると、前のエントリーの一番上に有る瑕疵の中身なんぞ、それそのものなんですよね。「ナゼ分かろうと、ナゼ知ろうと出来なかったのか」 「失敗の中に経験を拾う」てのは私の素質になかったのかと(以下自粛)
ちなみにこの概念は日本発で全世界にいきわたっているとはいえない。日本発の設計検討技術として諸外国に取り入れられた「タグチメソッド」(TM:品質工学という場合も有る)もあるから実績がないわけではないから、今後はどうなるか分からないが。
但しこれは、考え方ということだけで、問題探索活動は事故毎に世界の主要国では行われている。
・アメリカのタコマ橋の崩壊(つり橋の自励振動という未知の事例)
・英国製コメット機の相次ぐ墜落(応力下での疲労挙動の違いという未知事例)
・アメリカのリバティー輸送船の相次ぐ沈没(金属低温脆性メカニズムが明らかに)

というものは、問題解決を集中的に行った事例として、事故解析事例の3大事故といわれているそうな。たしかにコメット機に関しては「イングランド銀行の金庫を空にしても、原因究明せよ」という指示をした、時の首相チャーチルの言葉が残っている。その学習があって、アメリカは国家運輸安全委員会(National Transportation Safety Board、NTSB)を設立し、非常に強い調査権限を持って技術の進歩に貴重な研究を明らかにしているし、権限の違いはあるのだが、日本版としては航空・鉄道事故調査委員会(ARAIC)の意義がそこにあるというわけ。ただ、一般機械にその概念が整理されて伝わっていないところはあるね。・・・・
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ということを、仕事で関わることがあったので某所で少し話したのだが、その調査をしている段階でほーと思うことがあったのでかいてみる。
アメリカの設計工学の研究者の著書でその名も「失敗学」(原題:Success through Falture:The Paradox of Design)と言う本が今般出たので、早速買い込んで精読してみた。訳がこなれていないところもあるため、私の文章と同じく(撲)、読むのに苦労した。
さて、この本は名前こそ同じ字であるが引用文献(これはとても豊富)から見ると、日本の文献は一切載っていない。まったく別のものと考えるべきであるといえばいいようだ。ところが日本の成功例自体はかなり載っている。
彼は問題解決方法としてかなり広い事例を見ている。大学で教鞭をとり、専門は土木環境工学・建築工学史だそうであるが、技術史の知識が豊富。かれの出した事例はこの通り。
・アメリカのタコマ橋の崩壊
・パワーポイントのバグによるシステム管理の困難(過去の同様品・・スライド/OHPなど・・を意識しすぎたための設計に対する問題抽出概念の欠如)
・PC用CPUのハードバグ(事後フォローの錯誤)
・9・11事件の航空燃料漏洩によるニューヨークセンタービルの火災とそれに起因する崩落(第二次世界大戦時代の経験の伝達不足と想像力の欠如)
など多数の事例を示している。このバリエーションは確かに意味が有る。
(注:経験の伝達不足→1945年にエンパイアステートビルディングに戦闘機B-25型爆撃機が衝突したことがあるそうな。この事例を持ってくるのは背景が異なりすぎ、一寸ムリがある気もする)

ところが彼が語る技術志向は「失敗の中に経験を拾う」というところはおなじなのだが、そこから先はかなり異なる。というのは個人的資質の問題に段々帰納していくのだ。これはどちらかというと「技術者倫理的な視点」であって、これを否定することは出来ないことはいえるが、そこをシステマチックに見ずに個人の資質に依存するしかないというところで止まっている。すべからず技術史を学べということであるが、その手法では設計者による品質のばらつきがあるということを自動的に認めているわけである。単品設計が基本である橋梁をベースに考えてるからといっても、そこの考え方が余り深くない。なんだろう。
たとえば、タコマ橋の崩壊の反省として、橋梁の共振を制御する方法として同調質量緩衝装置(これ一般的な表現ではないなあ。あちこちに出てくるのでやっとわかったのは、これはいわゆる(動)吸震器とかアクティブダンパーというものだな)を使うという話(特にこの優位性については全然議論されていない。日本で多用され実績が非常に多い・・・つまりクレームがない)でもいい物を使うという議論で収斂されている。
この論旨は結果的にどのようなまとめにされているか。「成功の上に成功を」という章がありこれが全て物語ってるといえる。つまり成功例を継承し、先輩技術者が後輩技術者にこれらの知識を伝承していくという手法しか提案していない。しかもその場合にも不適合要因で事故がおきると記されている。
これはアメリカの雇用事情も関係するであろう。一般的に技術者が離職した場合、報告書などの資料をおいておくのは当然日本でも同じだし、秘匿契約が有る以上その内容を出すことは制限が有るのが当然。(離職の際、宣言書を書く義務を持つ会社も有る)。但し、判例では「頭の中に有る事実や、思考様式、書面やWEBなど、表立って入手する技術」は秘匿内容でないということになっている。そのためたとえば公的に入手した資料のほか、当該技術者が特許などを通じて、容易に類推できる内容・知識を使うのは全く問題にならない。ところがアメリカだけはこの認識が通じない。頭の中に有る、当該技術を遂行するにおいて習得した公知資料による知識やその取得方法を全て廃棄する様に求めるというのが、アメリカの判例による解釈だそうである。従ってヘッドハンティングで同業他社が技術者を引き抜いたりすると問題となるのだが、これは良く有ること。本当に問題となると思われる事例は訴訟合戦で決めるという考え方である。(EUは日本と同じ)これは移民の多いアメリカならではのことなのであるが、技術伝承や技術者同士の会話が出来ない会社も有るのは納得できる。(アメリカIT関係の技術者の場合、逆に公知例にしてしまうようなセミナーをもつことも多いらしいが。)

これで長年の疑問が一つ氷解した。ある大会社が、主要一次取引先に講師を派遣し、循環でセミナーを開くということになり、勤務先で貰ったそのセミナーのテキストを見て私は「あれ」と驚いた。(その手の技術資料に応じた研修計画を行う担当者になっていた時代。)「成功したものしか作ってはいけない。従って製品の変更はしてはいけないことが品質向上の第一歩だ」といっている。この説明会に行った上司(役員)に聞くと、世界的にも有名なサプライヤーの役員まで呼び出されたとか。そして、この会社の講師が、各会社に行くタイムテーブルまで来た。(私はその日程に合わせて社内セミナーを組まなければならないのであるから・・・)
けどですね、これを遵守するということは、新製品を作ってはいけないということで、会社によっては製品開発自体を否定してるのと同じになる。当時の勤務先の供給内容では、割り切る事もできるかもしれないが、問題はこの手の大手サプライヤーはどう考えてるのかということである。勿論新製品を提案していき、それを製造途中では不良設計でない限り、顧客に対し勝手に変更することはしないものであるが、そのような穏やかな文面ではなく、「実績の上に実績を」という文言であったから、頭の中は???であった。
ところが、この本を読んでから、気になって人に聞いてみたりすると、このとき呼ばれた会社は、全て海外に設計拠点と製造拠点双方を持っているということに気がついた。(主要サプライヤーでも日本サイドでしか設計を行っていないところは入っていない。製造だけ現地と言う場合も入っていない)はあー、なるほど、「失敗の中に経験を拾う」という、社員のノリッジベースが育たないところで、改善設計をするな!ということではないか。つまり明言こそしていないが日本的な設計手法をアメリカでとることは出来ないということを示しているみたいだ。

本の話にもどる。この本の訳はあんまりいいとは思わないが、解説文(柏木博氏:デザイン評論家。武蔵野美術大学教授(近代デザイン史)。企業デザインアドバイザー の執筆)が一番分かる。
引用:「道具や装置の革新(イノベーション)や改善(インプルーブメント)の歴史に、著者は「失敗」と言う要素を介させることで、革新・改善をより立体感のある出来事として書き出しているといってもいい。」つまり、歴史の把握行為自体を啓発しなければならないということである。
ただ、今度は技術教育ということを考えた場合、日本では必ずしもそれがまだ充実しているということではなく、単なる暗記の世界になってる可能性は高い。本書の筆者の考え方は、教育と言うところに対しての提案として考えるのが、こと日本に関しては現実的なのだと思う。

となると「失敗学」を日本人は、どう最適にハンドリングよく取り扱っていくかということを、既存の枠を外して考えたらいいかもしれない。そして実用的には「失敗回避技法」と解するべきではないかと。
これは次項で論じる。(続く)
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コメント

> 戦闘機B-25
細かいことですが、戦闘機ではなく爆撃機(BはBomberの略)です。
よく軍用機のことを全て戦闘機、軍艦のことを全て戦艦などという人がいますが(マスコミでもそういう例が多い)まったくの誤用です。

投稿: TX650 | 2007年8月 8日 (水曜日) 14時29分

>細かいことですが、戦闘機ではなく爆撃機(BはBomberの略)です。
をを、そうでしたか。B29と言うのがありましたが、爆撃機ですもんね。しかも、Bの意味がそうだと、「馬から落馬する」ような記載ものであるわけで。

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 8日 (水曜日) 19時19分

> Bの意味がそうだと、「馬から落馬する」ような記載ものであるわけで。
おっしゃっている意味がよくわかりませんが、「B」はあくまで記号ですから「B25型爆撃機」で何もおかしくありません。「E851形電気機関車」「キハ530形気動車」などというのと同じことです。

投稿: TX650 | 2007年8月 8日 (水曜日) 22時16分

>「E851形電気機関車」「キハ530形気動車」などというのと同じことです。
そうかあ、後にすれば問題ないですね。前に書くと二重の意味になると思ったのです。これは日本語のスキルの問題ですね。「デハボ1000形電車」という言い方もありますし(苦笑)
なお、原典のほうは、
「・・・にエンパイアステートビルディングにB-25が衝突・・・この戦闘機事故が・・」となっていたのをくっつけたのですが、訳者の知識の問題みたい。とはいえここに書いた以上当方の責任です。

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 9日 (木曜日) 09時02分

「爆撃機B25」でも全然おかしくないですよ。あくまで「Bomber」の頭文字を取った記号ですので。

> 訳者の知識の問題みたい。
「warbird」を誤訳したんですかねえ?
「warship」を戦艦と誤訳する例は多いんですが。(正しくは戦艦は「battleship」)

投稿: TX650 | 2007年8月 9日 (木曜日) 09時54分

>「warship」を戦艦と誤訳する例は多いんですが
そういうことがありうるわけですね。逆に私が原典を読める能力があったなら分かることでしょうな。

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 9日 (木曜日) 10時51分

原典を読めても、日本語で言う「軍用機」と「戦闘機」「爆撃機」「攻撃機」…や、「軍艦」と「戦艦」「巡洋艦」「駆逐艦」…の意味がわかってなければ分からないのではないでしょうか。

投稿: TX650 | 2007年8月 9日 (木曜日) 11時41分

>原典を読める能力
というのは、
>日本語で言う「軍用機」と「戦闘機」「爆撃機」「攻撃機」…や、「軍艦」と「戦艦」「巡洋艦」「駆逐艦」…の意味がわかってなければ
ということを含むのです。ただ英文を読んでいくと当然辞書などを見ることになるわけですよね。(私の場合)そこで、把握できるだろうという意味です。このあたりの知識はかなりの人が調べないと分からないから、誤用が結構有るともいえるからです。

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 9日 (木曜日) 15時55分

辞書でも間違っているのがあるらしいですよ。

投稿: TX650 | 2007年8月 9日 (木曜日) 16時13分

>辞書でも間違っているのがあるらしいですよ
あちゃ。
有名なエピソードなのですが、夏目漱石氏が松山で教鞭を取っていたころ、
学生「辞書にはこうなってるんです」
夏目「それは辞書が間違っている。直しなさい。」
というのがあったそうです。けどエピソードと捕らえるべきではなく、(明治時代だからとはいえ)そういうことがあると言うことはある意味当然ではありますね。

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 9日 (木曜日) 16時20分

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