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試し「発泡酒」(1)

落語好きには、良く演じられるのもある演題だと各々比較し面白がる人間が多い。「寝床」なんか有名ですな。ちなみに明治時代の創作らしくこの噺の中にこんなのがある。大旦那の下手な義太夫を聞かされるのを断る言い訳なのだが。
せっかくの大旦那の義太夫ではございますが、成田の講中にもめごとがございまして、明日の朝いかなければならない。汽車は5時に出るそうですから、今回はごめんなさい
この場合、鉄道史ハンドブック(和久田康夫著)によると総武鉄道が本所(錦糸町と両国の間と考えてください)から佐倉までつながるのが1894/12、成田鉄道が佐倉-成田を開通するのが1897/1であるから、時期が特定できる。(なお、我孫子経由なら1901年、京成電鉄の前身が成田付近に達するのが1920年代である。)
この他には、演者によって省略する場合もあるけれども、
最近お上のほうで、衛生に関する取締りがよく行われているのに、なぜに大旦那の義太夫が取り締まれないのか(大泣)
というのもあるが、旧日本軍は衛生に関する研究を精力的に行い、その国内普及をおこなった結果(ペストの撲滅のためにネズミを駆除したなど)と徴兵制の絡みで、衛生教育が国民に浸透したという話があるから、これも時代背景がよくわかる。(具体的な例としては、正露丸は、元来水の悪いロシアへの侵攻のため、「征露丸」として兵に配布したもの。その後市販されたが、今で言うスイッチOTC薬みたいなものではないのかな。)

反対にこれは案外なかったものである。
日本の話芸 落語「試し酒」NHK総合/デジタル総合 演者:桂文楽
放送日 :2007年 8月 5日(日)午前5:15~午前5:45
ジャンル :劇場/公演>落語・演芸 ~東京・イイノホールで録画~

を見た。当方はこれを高座で見たことがない。というのは演者の技量(特にしぐさ)が試される噺。話の本筋は非常に簡単なのだが、その中の薀蓄などを聞かせるところが、結構、落語家の資質に依存するのである。(しかも、この話は、人間国宝であった五代目柳家小さん師匠が得意な演目であったため皆さん遠慮している処があったようだ。ただ、五代目柳家小さんがお亡くなりになったあといろんな方がなさっているようだ。)
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試し酒』のストーリー
商人:近江屋の主が一辺に五升の酒を飲めると聞く、下男の久造をつれて、お得意さん回りに行く。
「どうだ、五升の酒がのめるか」
「さァあ・・・のんでみたことねえから、わかンねえな」
「ご馳走するよ、いま。もしね、うまく五升のめたら、お前さんに褒美(ほうび)としてお小遣いをあげよう。どうだい」
「あれ、酒ごっそうになって、そのあげくに褒美に小遣(こづけ)え貰えるですか・・これァ・・どうすべえ、旦那さま」
「まァいい。じゃァごっそうンなンなさい」
「ええかねェ・・・じゃァご馳走ンなるべえかなァ」
下男の久造は褒美の小遣いと引き換えに、五升の酒に挑戦する破目(はめ)になってしまう。もしも五升の酒が飲めないと旦那はこの家の主人を招待して伊豆に三日間招待する(注:料理屋でもてなすという演者もあり)ことになるというので、久造は少し心配になってきた。
「弱ったな、おらのめなきゃおめえさま散財(さんぜえ)ぶつだな・・・旦那さま、ちょっくら待ってもらいてえ。おら、少しべえ考げえるだよ」
「考える・・・いいよ。お考えよ」
「表へ出て考げえて・・・」
「あァ、どこへでも出て考えな。えェ? あァいい、待ってるから大丈夫だよ」
 主人が用意した一升入りの大杯には「武蔵野」という銘がついている。武蔵野の原は広い、野が見つくせない、「のみつくせない」という洒落である。しばらくして、久造が戻ってくる。
「おォおォ、帰ってきた・・・あァ、こっちィおはいり。どうした、考えたか」
「いやァはァ、考げえました・・・お待遠(まっとう)さまで・・」
「どうする、のむかい」
「のましてもらうべえ」
「おゥおゥ、支度(したく)がしてあるんだ。じゃァすぐやっとくれよ」
一升入りの大きな盃(さかずき)で久造が一杯また一杯と五升の酒を飲むところは落語家の芸のみせどころである。一杯ごとに酔いが増して、最後の五杯目は客席も思わず固唾(かたず)を飲む。(何人かの演者のを聞いてみたが、ここで最後必ず拍手が起きる盛り上がる場面
五升の酒をしっかり飲みつくした久造に感心した主人が、さっき「考える」といって外へ出かけたが秘法はあるのか?どこへ行っていた?と尋ねると・・
おらァ五升ときまった酒ェのんでみたことがねえだ。心配でなんねえからな、そいから表の酒屋へ行って試しに五升のんできただよ
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「現場」「現実」「現物」という実践研究・・・ではなくって、いまなら、一気飲みの「あおり行為」である。色々と酒に厳しい現代、絶対問題になるでしょうな。
さて江戸時代は、泰平な時期もあったからだろう、今でいう大食い選手権みたいなものが流行していたらしく、汁粉32杯、盛そば63枚、たくあん20本、醤油一升八合、塩3合などという記録が文献にあるらしい。それでは実際に人はどれくらいお酒を飲むことができるものか。江戸時代の文化十四年(1817年)旧暦三月に両国の万八楼で行なわれた大酒飲み大会の第一位は三升入りの盃で六杯半、二位は同じく三升入り盃で三杯、三位は五升入りの丼(どんぶり)で一つ半であったという記録が残っていると聞く。まあ私たちは大人のお酒の飲み方で「いっき」ならぬ「粋(いき)」に楽しみたいもの
かく言う当方も、学生時代1.8リットル(一升)以上のんで朝4時ごろうちに帰り、友人も我が家に泊まらせて寝たのだが、朝、心臓の状態がおかしくなり騒ぎになった事が有る。そのとき私は「もう酒は一生のまぬ」なんて騒いだらしい。ところが明けたこの日当方は別の知人の引越しの手伝いをすることになっており、むりむり応援に行ったが、その後手伝い代替りということで、又酒である。事由が事由だけに飲んで帰ってきた。後ほどこの顛末を聞いた引越しを頼んだ知人曰く「もう一生のまない?。ちがうだろう。もう『一升』はのまないの間違いだろうに!(苦笑)
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ところで、落語芸術協会のHPからたどるとこんな薀蓄が入っている。
http://www.geikyo.com/beginner/repertoire_detail_ta.html
よくお客様に「この落語は古典落語ですか、新作落語ですか」と聞かれることがあるが、古典と新作の区別ははっきりしない。というのは古典と称される落語も誕生したときは当然新作なのである。江戸の頃「今、新しい噺を書き上げた。新作が出来た!」という「新作」という言葉の使い方をしたであろう。当然「古典落語」なんて言わなかったと思われる。落語中興の祖三遊亭円朝は人情噺しから怪談噺しと数多くの落語を残しているが、円朝物を「新作」という言い方はしない。立派な「古典落語」とされる。「古典」と称されるのは、噺の展開、オチのよさ、作者本人のみならず誰が演じても面白い、完成度の高いものを言いはじめたようである。その意味でこの『試し酒』は立派な「古典落語」である。
この噺は今村信雄氏(注:明治時代の落語作家・落語評論家)によって書かれたものであるが、同種のものに、初代快楽亭ブラックが演じたものがある。そこでは飲むものは酒でなく、ビールで演じたということである。(注:演題「ビールの賭け飲み」)
逆に初代快楽亭ブラックをの生涯を研究したこの本によると、初代快楽亭ブラック(英国領オーストラリア生れ)は『英国小話』として演じ、速記本が残っている。また、中国の小話が元だという噺も有る。とにかく、50年前以上の噺。著作権に問題がないといえよう。
なお、フジテレビのサイトからダウンロードして、こういうのが聞けます。これもなかなか聞かせる。
http://fujitv.cocolog-nifty.com/yose/files/02.08tameshizake.mp3
演者:橘家圓太郎師匠(春風亭小朝師匠門下の惣領弟子) 解説:塚越孝(フジテレビアナウンサー。元ニッポン放送アナウンサー。2006/4(例の買収問題に関した)ニッポン放送再編に伴い、フジテレビ編成製作局アナウンス室移籍。落語評論の連載多数。)
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ビールは明治時代は貴重なものであり、また今に比べた場合炭酸濃度が低く、腐敗防止のためのホップが多く、大量に飲むのは胃に負担がかかりそうだが、一方、酵母の消化促進機能を期待して、薬局で処方された事例も有るらしい。参考。確かに生ビール酵母をとなると「エビオス」という薬が昔からある。なお薬局ルートは、今までの清酒の流通関係に関わる商社が、ビールの流通関与を断ったからと言う説も有る。
どちらにせよ、日本で行うのは時期が早かったと思われ、この後、「玉川上水で割って客に出す薄い酒のことを金魚酒(金魚が泳ぐほど水っぽい酒)と言う」話を枕に、(演者;初代快楽亭ブラック)単純に日本酒に変えた例も速記本として残っているという。(金魚酒の由来は諸説有る。)
けど今なら、ビールや発泡酒でこの話を作りかえるとどうなるか。倫理概念の変化を取り込むと、結構面白い話にならないだろうか。特に今のビール類の酒は炭酸が強いから別の意味で違う話になる。というわけで、酒に対する環境が、飲酒運転・アルコールハラスメントなども含めて変わってきている現在、枕も含めて改作に一寸トライしてみようか。
(続)
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