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語彙に鈍感

選挙が終わって、街もいささか静かになりました。選挙事務所が近隣に沢山あるからですが、まあ公民権は行使したし、なるべきようになると考えるべきでしょう。私は概して鈍感なところがあるからです。

特に致命的なところは、語彙の選択に関する鈍感さです。「キャノン」とついつい書いてしまいますが「キヤノン」なんですよね。(結構この間違いは有るらしいですが、それを肯定するほどはずうずうしくないです。)前は「いすず」と書いたら「いすゞ」だぞとご指摘をいただきました。この語源である五十鈴川(三重県:いすずがわ)」がどうだという問題ではないんです。まあ商標や会社名に関して敏感なのが普通の感覚なのでしょうね。商標が法律で有償占有権を認められることを考えると、至極当然の話ですし、この辺に私の問題点がありそうです。
語彙と言うと、私の英語の点数は非常に思わしくないようでした。でその内容を精査した教師がいて、つまるところ「語彙の能力みたいだな。逆に言うとそれだけ。」というのです。つまり英作文を書かすと、思いっきり単語を簡略化した(簡単な単語を羅列した)物が多いようだが、それに読み替え、簡単な文章に化かしてしまうところをかなり指摘された記憶があります。じゃあ語彙を集中して学習したが、単語の暗記は全くダメでした。なぜか幾何の証明問題ならさくさく解くのに・・・・・
ところが、国語で作文をする場面では、漢文よろしく4文字熟語の羅列。これは家に漢文の本が沢山あったからだからですけど、これはたちが悪い。当時は読む人間を考えないほうであったわけで、かなりこれでも改善されたほうであるんです。(おい)

後天的な訓練で、機械関係のセンスは一応少しはましになったつもりですし、「機械技術者として、決してキミは卑下する必要はない」といってくださる方も多いのですが、やはり車の運転などは(その手の仕事をしていたにも関わらず)得意にはならないし、・・・と落ち込むことは今に始まったことではありません。自分の力量はその程度なのかなと思います。とはいえバイクの運転は自分なりに好きですが、さすがにもう保守が出来なくなったり、体も悪くしたことから、世間への迷惑も考えて、車の運転はほとんどしないことにしました。(時として運転しないといけない場合もあるので・・・免許は、身分証明代わりに持ってますが)

さてこの本は、まだ立ち読みしかしてないですが、評判になってるそうです。
----------------引用
「鈍感」とは極めて前向きな生き方である・・『鈍感力』の著者、渡辺淳一氏に聞く
2007年3月8日 (木) (日経ビジネスオンライン 鶴岡 弘之)
「あいつは鈍感だ」と言われれば、誰でも傷つき、腹が立つ。だが「鈍感」であることこそが現代を生き抜くカギであり、幸せを呼び込めると唱える人がいる。渡辺氏が、鈍感であることの素晴らしさを語る。
── そもそも鈍感力とは。鈍感だと、どんなメリットがあるのでしょうか。
渡辺 「鈍感」というと、一般的にマイナスのイメージがあるでしょう。周りの状況が読めないとか、人の言うことにすぐ対応できないとか。だから鈍感であってはいけない、敏感な方がいい、とされている。でも、鈍感なのは素晴らしいことなんですよ。傷ついてもすぐに立ち直れるし、いろいろなことを言われてもすぐに忘れられる。私が言う「鈍感力」とは、どんな時もくよくよしないで、へこたれずに、物事を前向きに捉えていく力のことです。
 皆さんは仕事をする時に、できるだけ立派にしよう、ミスなく完璧にやろうと考えますよね。でも、あえて「もっと鈍感になりなさい」と言いたいのです。どんな仕事でも完全無欠にやろうとするからストレスが増えるんです。1人で抱えてないで、分からなかったら、どんどん人に聞けばいい。鈍感力を持っていればそれができるし、叱られてもへこたれない。気分の切り替えがすぐできるんですね。
 体だってそうです。鈍感な方がいいんです。何でも食べられるし、悪いものを食べたって、簡単におなかを壊さない。体が敏感すぎると、過敏症という病的な状態になってしまいます。花粉症なぞいい例ですよ。鈍感であればアレルギー反応も起こしません。鈍感なのは、心にとっても体にとっても素晴らしいことなのです。
---------------------中断
そういえばこの方は、もともと医師(整形外科らしい)でしたね。打たれ強い人と言うのはありますが、その実内心は非常に細やかな人も多いようです。けど細やかであっても崩れない性格の方もいるようです。その理由を脳幹神経の太さを以って説明する方もあるようですが、信じていいか?。さて・・・
---------------------再開
── いつ頃から鈍感力の大切さに気づかれたのですか。
渡辺 大学病院で医師をしていた20~30代の頃ですね。(注:札幌医大らしい)当直で病院に寝泊まりするのですが、急患が担ぎこまれたら、すぐに飛び起きなければいけません。外科なので、大怪我をした人もよく担ぎ込まれてきます。夜中の2時、3時でもぱっと起きて適切な処置をしないと、患者が出血多量で死んでしまうかもしれない。 そんな時、ぐうぐう寝てる奴ほど、ぱっと起きられるんです。だから外科医は寝つきがよくて、寝起きがいいことが条件ですね。神経が細かくていつもヒリヒリしているような医師は、ぱっと起きられないし、起きてもてきぱきと処置できない。
 手術の時もそうです。新人の医師はとろくて上司や先輩に怒鳴られます。でも、その場で落ち込んでいたら手術の最中にどんどん置いていかれてしまい、それこそ致命的なミスにつながります。怒鳴られてもすぐに謝り、スタッフについていく。そして次の日にはけろりと忘れてしまうくらいの鈍感さがないとやっていけません。
 作家になってからも、鈍感力の大切さを痛感しました。この世界も、生き残りを懸けたサバイバルゲーム。だから、たくましさが必要です。もちろん才能は欠かせないけど、それを持続し、大きくしていくためにはいい意味で自己中心的な鈍感力は欠かせない。作品に個性がないと生き残っていけませんから。
---------------------中断
良い意味のずうずうしさが、必要ですよ。ということですね。サラリーマンの時はまあ、なんとか有る意味殻に閉じこもっても何とか生きていけた。40歳になったころから、会議でも「これはこうであったほうが、いいと思う」という言うようになって自己主張が強くなった。その理由は、いわれたとおりやって気がついたら「周りが都合よく立ち回り、別のこの木何の木大きな樹についていった」という経験をいくつかしたからで、そこで自分を変えようとして無意識に変わっていったつもりである。その代わり癖が強くなった可能性はある。確かに「私これやります。」といってドンドン仕事を広げていったら、強烈に私を買ってくれる人もでてきたし、色々と嫌味を言っていた人が突如変わったし、とはいえ強烈に意志があわない場合もあった。その意味では、今の仕事も生き残りを懸けたサバイバルゲームの側面が非常に強い。始めすごくきついかなあと思っていたが、逆に胸襟を開いたら、新たな世界が見えてきたというべきであろう。
----------------------再開
── 鈍感力は仕事の中でどう役立ちますか。
渡辺 まず、叱られたり、失敗してもくじけなくなることですね。さらに、嫉妬や中傷に対しても強くなります。会社の中で、他人の成功をねたんだり、足を引っ張ろうとする人はいっぱいいるでしょう。敏感な人は、他人からねたまれたり、ちょっと攻撃されたりするとすぐに落ち込んでしまう。でも鈍感力があれば、そんなの気にせず平気でいられる。そもそも嫉妬なんて、する人の方がつらいんです。「こんなに自分のことを嫉妬してかわいそうに。つらいんだろうな」と思うぐらいでないと。
---------------------終了
こんなに自分のことを嫉妬してかわいそうに。つらいんだろうな」と思う人はたしかにいた気がします。たしかにそこまで、他人に対して不親切な扱いをしたいとは思わないし、それを自分がすると崩落しそうな気がする。しかしこの考え方をするぐらいの人物には最後はなるべきでないと、ストレスでつぶれるかもしれない。
ただ、自分はどこまでその必要性があるのか、反面教師もあるかもしれぬ。要するにある所では敏感、ある所では鈍感と使い分ける感性。おや、それって最終的には敏感ってことではないのかな

『鈍感力』渡辺 淳一著、集英社、1100円(税別) ISBN978-4-08-781372-2
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コメント

こんばんは。
はやりモノを敬遠する天邪鬼な僕も,『鈍感力』を読んでいません。この記事を読む限りでは,イコール「無神経」ってこと?と思いました。と,ツッコミを入れるのは反鈍感力ですね。

投稿: niwatadumi | 2007年7月31日 (火曜日) 22時53分

>ツッコミを入れるのは反鈍感力ですね

いや、分からなくもないですよ。ある方は、「この程度の本だったらレビュー読むだけで充分」なんていってますから。けど、自分の問題点を逆説的に肯定する気もないので、あえて取り上げてみました。

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 1日 (水曜日) 02時11分

見ることは敏感に、感じることは鈍感に、ということを言いたいのかもしれませんね。逆に見ることは鈍感で感じることは敏感だと、ちょっと悲惨な人生のような気が致します。

投稿: TX650 | 2007年8月 1日 (水曜日) 11時00分

>逆に見ることは鈍感で感じることは敏感だと、ちょっと悲惨

首が寒い(泣)

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 1日 (水曜日) 11時49分

 僕は『鈍感力』を読みました。

 それまでは、なんでもすぐに落ち込んでしまい、立ち直れない自体までになってしまう事も…。しかし、『鈍感力』を読むようになってから、いい意味で、受け流す事が出来るようになったんですね。

 今、『鈍感力』がウケているのは、世の中が敏感すぎるのかなぁと思います。少しのミスも許さない…。それも悪くはないですが、あまり雁字搦(がんじがら)めになると、本質を見失ってしまうのでは?と思います。

 読んでみてはいかがでしょうか?

投稿: ゆげやかん | 2007年8月 1日 (水曜日) 18時43分

>読んでみてはいかがでしょうか

貴重な意見ですね。ありがとうございます。注文している本が書店に届くのでそのときに見てみます。
>あまり雁字搦(がんじがら)めになると、本質を見失ってしまうのでは
会社経営陣の中にはそこでつぶれる人も多いそうです。ほーと思ったのは、専門家の言だと会長、社長さんより専務・常務クラス(どまり)の人に顕著だとか。平均寿命の比較でも同じ解析が有るそうですが、その分析は荒っぽいなあと言う感じでしたけどね。

投稿: デハボ1000 | 2007年8月 1日 (水曜日) 19時46分

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