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自分探しの旅ではなくて

今日は、軽い話題を。
リクルート社は首都圏において、フリーペーパーとしてR25という雑誌を出している。男性若年層をターゲットとして出してる雑誌。これ人気があって、私の町で手に入れるのが難しい(すぐなくなるのだ)。木曜日、電車に乗って横浜駅まで行くと相鉄線1F改札の近くにこれでもか!と積み上げてる処があるが、翌日はない。(地下鉄改札などほかのところはあっという間になくなってしまう)後は懇意にしている近所の不動産屋さんに行くとき、頼んで貰ってくる。(首都圏以外では通信販売で370円/冊)
ところでこの姉妹誌にL25ていうフリーペーパーが有るのだが、こちらは女性を有る程度ターゲットにしていることも有る(首都圏以外では通信販売で370円/冊)からか、以前はそこまで早くなくなるわけでもなかったし、置いてある場所がいかんせん少なかったので存在は知っているのだが・・・このまえの木曜日夕方、相鉄横浜駅のところを通るとOLさんが多数R25を棚から出してもらっており、その足でL25を貰っているのを見た。どうも双方の記事を読み比べているらしい。私も早速持って帰りました。
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フリーペーパーというのは、その収入源を広告で得ているため記事には「資本の論理」が混ざっていることも有ることは注意しなければならない。けどこの雑誌が支持を集めているのは、やはりリクルートのノウハウなのか、明らかな「提灯記事」がないこと。広告なら広告という明確な意識付けがなされているところである。じつは上述の不動産屋さんはR25の取次ぎをやっていると共に、自分のところの不動産物件(基本的に大学生のアパート・店舗・工場)の広告をメインにし、近所の観光地や役所の情報・町の飲食店・医者・弁護士さんの広告などをまとめた「白黒印刷」のタウン誌を狭い区域で編集・発行しており、地下鉄駅の構内にR25と並んで置いているのだが、不動産会社の担当者の話では、「リクルートさんの編集のやり方はとても参考になっている」とか。
さっき、比較しながら読んでみたが、女性ターゲットと男性ターゲットの記事・広告の差(まあ女の人向けの有名人インタビューと男性向けが違うのは当然ですね)ぐらいはあるが、面白いのはテレビ欄の差である。
1週間のTV欄が各々有るのだがよく見るとR25は22:00から28:00(翌日4:00)のテレビのプログラム。L25は19:00から28:00(翌日4:00)のテレビのプログラム。芸が細かいのか、勤労体系を意識しているのか一寸分かりかねる。
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まあ、こういう些細な話はともかくとして、今回R25は山田五郎氏 L25は竹内結子氏のインタビューであったが、この山田五郎氏の話が一寸私の琴線に触れるところがあった。じつはHPにこの内容はそのまま載っている。要約して引用してみる。(原文はHPを参照されたい)
-----------------以下引用(概略)
自分は探すんじゃなくて作るもの/山田五郎 (やまだ・ごろう)
緒言:1958年、東京都生まれ。小学校5年から高校まで大阪で過ごす。上智大学在学中に、オーストリア・ザルツブルク大学に留学。(西洋美術史を学ぶ。)卒業後、講談社に入社し『Hot-Dog PRESS』に配属。勤務のかたわら、91年に『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)でお尻学者としてデビュー。ファッションから西洋美術、時計にドクロ、化石鉱物など幅広い分野に精通し、評論・執筆活動を続ける。04年に講談社を退社し、現在フリー。著書に『20世紀少年白書』(世界文化社)などがあり、「出没! アド街ック天国」(テレビ東京系)などに出演中。一般人には理解できないディープなマニア道を独自の視線で解き明かした「マニア解体新書」が、ジェネオン エンタテインメントより発売中。
www.geneon-ent.co.jp/top_fl.html
いつも思う。山田五郎はなにを語っても、出演者のなかでいちばん嬉しそうだと。当たり前だった…。好きなことしかやってきていないのだ。映画、西洋美術、ファッション、お尻、時計、ドクロ―。かといって、“好きなもの”が明確に見えていたわけではない。なんでも好きになってやる、そう決めたら本当に好きなものが見えてきた
(中略)インタビュー開始から3分。いきなりトップギアである。
山田五郎はいつだって軽快だ。何を語っても本人がいちばん楽しそう。言葉に重みがないんじゃない。苦労を感じさせないというか、仕事の話をしても趣味っぽいというか…。今やタレントとしてお馴染みだが、元は雑誌『ホットドッグ・プレス』の編集長。時計や古書、ドクロの収集が趣味で、気がつけば趣味も仕事になっていた。
“貧乏=ダサい”時代の到来。でも案外乗れた80年代
「俺はホントにダメ人間で、大学時代は決まったバイトができなかったの。(中略)ほとんど奨学金だけで食ってて、一時は奨学金成金とさえ呼ばれてました」大学時代は「フラフラ」していた。オーストリアに留学するのだが、それもある種「フラフラしてただけ」。
帰国してみると、浦島太郎状態だった。「80年にパラダイム変換があったんだよ。70年代はフォークが主流で、貧乏がカッコいいと思ってた。でも、留学から帰ってきたら、みんな“テクノ”だよ! それまでは貧乏エライだったのに、いきなり貧乏ダサいに変わってて」
プログレシッブ・ロック好きの文系男子としては、当然ジレンマも…。
「それがシャクなことに意外と乗れちゃったんだよ。80年代はサブカルにも大資本のお金と景気が流れ込み、それはそれで面白い時代でした」
----------------中断
以前このBLOGで述べた映画「バブルへGo」の(1)/(2)/(3)/(4)話を考えると、よく分かるのです。
---------------------再開
たとえ興味がなくてもどんなものでも好きになる
帰国後、美術の学芸員・映画にも興味があったが、就職先が見つからずに断念。文章にすると挫折のニオイがプンプンするが、本人が語ると明るい。
「同級生が会社訪問をはじめたから、とりあえずついていったら、交通費くれたんだよ。喜んで、交通費目当てに何社か受けたら、どれも結構うまくいって。ところがテレビ局で内定もらってたのに、ちょっとしくじって取り消され、気がついたら講談社しか残ってなかった」
配属は男性情報誌『ホットドッグ・プレス』である。
「もともと美術がやりたくて会社に入ったのに、担当はファッション。しかも当時のホットドッグってまだ全然売れてなくて、編集部もプレハブの中。“2、3年で戻してやるから”って、もうはじめから左遷状態ですよ」「当時、俺のオヤジが旭化成に勤めてて、編集長が“よし旭化成か、じゃあファッションがいいな”って。全然、関係ないじゃん、それ(笑)。単にファッション班が人員不足だっただけ」
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ここまでの話は自虐的に語ってるが、じつは、なるようになるままにという、柳の如きしなやかさを私は感じる。それをちゃんと分析しながら話しているんだから自分を見つめる視点を、当時から持っていたのであろう。
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しかし、ホットドッグ・プレスはセックス特集を中心に人気となり、80年代を象徴する男のバイブルとなる。
「よく“仕事だから割り切ってやれ”って言うけど、雑誌の仕事はそれじゃダメ。割り切ってやってると、それなりのページしか作れない。紹介する側が本当にいいと思って、体重のせてやんないと、読者を説得できない。亡くなった淀川長治さんが『日曜洋画劇場』で解説してたのは、好きな作品ばかりじゃなかったはず。なのに、ものすごく嬉しそうに解説してたでしょ。あの人は、どんな作品でも、これはと思えるところが見つかるまで観たらしいんだ。“バスがすごい勢いで走ってましたね~”とか“あの女の子の可愛いことぉ”とか(笑)。作品の本質とは関係なくても、ホントに思ったことだけを言ってるんだよ。だから俺もファッション記事で、こりゃダメだみたいなブランドを扱うときでも、めっちゃカッコいいと思い込むところから入ろうと。そうやって興味を持って掘り下げていくと、どんなものでもそれなりに面白くなってくる。30歳を過ぎたあたりかな、もう大丈夫だ、俺はなんでも興味が持てるって思えたのは
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淀川長治氏のこの話は私も聞いたことがある。TVの映画解説という場合は、相手が選択余地のあるなか好きでTVをみているんだから、とにかく映画に対するひきつけが必要。またできるだけ良質の映画を選定しても(淀川氏は映画の選定も行っていた。経歴上まあ当然であろう)テレビ会社のほうでそういう都合がつけられない、あまり「よい」映画にならないことがある。そのような時は、とにかくいい所を徹底して見出すということであった。(ちなみに映画批評の専門誌連載は、かなり是非を明確にし、時にはセミナーでは賞賛・酷評を明確に、時には辛辣に指摘する見識があった)
また、当時のテレビ朝日は日本教育テレビ(NET)という名前であり、教育番組を中心とするという名目で郵政省(当時)から免許をもらった経緯があり(事実、学校向け教育放送を9:00~11:30にやっていた。管理者は、小学校で夏休みに見るべき放送としてNHK教育の番組表と毎日放送(大阪・・・当時NETは朝日新聞系のネットなのにも関わらず大阪広域圏は毎日放送がネット局であった。いわゆる腸捻転ネットWIKIの記事が比較的まとまっている。当該部分を参照)のが配られていた。NET側の意見として、映画に対しては硬派な視点を持つ淀川氏も、担当番組については「劇場で映画を見に行くようにさせるための手引き」という観点からこの番組を行なっていたようで、「教育的指導(苦笑)」という考え方がある。
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ファションからセックス特集、正月のしつらえまで、とにかくなんでも好きになって臨んだ。そこで吸収したものが、後に“うんちく王”と呼ばれる知識につながっていく。
今の若い人って“自分探し”が好きだよね。でも探すってのは、たとえば“タバコどこいった?”とか探す対象がわかっているから見つかるわけでしょ。何かわからない自分を探したって、見つかるわけないじゃん。自分は探すんじゃなく、作るもの。同様に、最初から理想を100%かなえてくれる仕事や異性が、どこかにいると思ったら大間違い。自分から好きになることで、相手を理想に近づけてかなきゃ
決して今の自分を目指してきたわけじゃない。ただ、どんな状況でも受け入れて、好きになったから今がある。
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ありゃー。これいってしまいましたか。私は、学校をでるとき、元々好きなことを仕事にしないことをかなり意識していた。(間接的には絡んでいていることはしかたがないが)ところが、入った会社の業務をいろいろやってるうちに、製品にほれ込まなければならないぞ・・・という意識がなければならないと思うようになってきた。これは有る意味危ない事でもあって、商品企画などをするときにこの視点で偏向的な見方をすると、会社という枠では冷静な視点が得られない人材になってしまう。従って、担当する業務(製品とは言わないで)にほれ込むことはやっぱり必要である。ただし外れたら、えいやと見切る覚悟の技術・製品も出てくるのはしかたがない
それと仕事と関係ない世界でなにか好きなものを見つけれたらそれが最期のよりどころになるだろうなあ・・・と思ってバスを乗りにいったり、電車に乗りにいったり、温泉めぐりをしたりしていたのだが・・・ところが、世の中は恐ろしいもので、天然ガス燃料の自動車に関する技術や、乗用車の製造技術に関わることになったり、なぜか鉄道用部品に関する技術指導(アドバイザー)を何種類かさせられたり(こういうことはマニアに聞かないと分からぬ・・あらあいつなら分かるなというわけで勝手にその担当が回ってきた。すでに完全にオーバーワークだったのでアドバイザーにさせてもらった。他にだれかいなかった・・・らしい(苦笑))、温泉くみ上げ装置の高機能化に関わる技術指導をしたり(防食技術が関わる)、温泉水の流量測定技術(普通の流量計では持たない)とか、仕事が自然に絡んでくるということになり、気分抜きが気分抜きにならなくなってしまうのでした・・・・ぜーんぶ仕事につながってしまった。がんじがらめである。
けど「ほれ込んだら一途」というのは、研究者向きではあるのです。(恋愛だと、愛人が出来たらすぐ走るタイプか?)反面バランス感覚というものが設計者の持ち味。一応両方の実務経験があるから、使い分けすることが出来る・・ほどではないが立場を判断して中庸を見出すことが出来るみたい。これも性格なんだろう。ただし、ほれ込んだために仕事から抜けなくなってしまい、ぎりぎりまで仕事をやった挙句、限度が見えなくて体を壊すことになったのもまた事実である。山田氏はそのあたりをどうしているのだろうか。
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「なんでも好きになる」というスタンスを開眼した30代前半、『タモリ倶楽部』で、お尻学者としてテレビデビュー。タレント山田五郎の誕生だ。「個人的には腕や脚の方が好きで、お尻は詳しくもなんともなかった。でもやるからには好きになっていこうと思って、お尻の形を西洋美術の様式で分類したりして遊んでみたんです」以後、順調にテレビの仕事が増えたが、並行して編集の仕事を本名の武田正彦の名前で続けていた。
スタート地点は100から  真のマニアは恐ろしい…
苦手も好きも、なんでも学んでミックスする。そんな山田五郎の天職といえる番組がCSモンド21の『マニア解体新書』、このたびDVDが発売された。毎回、コスプレやバス、食虫植物などディープな趣味を持つマニアが登場する。山田はマニアを特別視せず、崇めもせず、絶妙な距離感と幅広いボキャブラリーから、マニア心理をわかりやすく解説する。編集者時代に培った知識やバランス感覚がいきている
「それ、バランス感覚っていうのかなあ(笑)。あのなかでは、切手マニアの人が印象的。電気に関する切手を集めてるんだけど、よく見ると1枚1枚の状態が半端じゃなくいいの。しかも、必ず意味のある消印が、人物の目や鼻にかからないように押してある。(中略)あの1枚に辿り着くまでに、一体どれだけの切手を通過してきたのかと思うと恐くなる」。
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そうか、彼のTV出演というのは基本的に趣味なんだ。好きなことを探すのが趣味なんだ。それが出来る自信があるからストレスためないで、すんだんだ。そこで自分を壊さずに進めたのかな。横に広い業務でかつ統合技術を即座に出すことが求められる世界。これはもっとも仕事の授権をかなり持つことができるシステムだったこともあるだろう(労務管理とかいうところは、この人は不得意だろう)ある意味「モノ」つくりの一つとしてクリエーターをやってきたのが、自分探しの中間点だったんだ。多分。
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インタビュー編集後記
ホットドッグ・プレス編集者時代。「25~30歳まではもっともよく働いたし、調子こいてもいた時期。残業は月300時間ぐらい。ほとんど家に帰ってませんでした」。全国を回ってファッションスナップを紹介する連載を担当。この時、地方の質屋などで時計の収集をはじめ、徐々に収集癖が出はじめる。29歳の時にはファッション班でありながらSEX特集を担当。「“女の子はオチンチンをどう見てる? ”とか、いい大人がくだらないことを朝まで真剣に議論するのが楽しかった(笑)」
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自分探しでなくて、自分を仕事というわけではなく「やりたいこと」に仕向けて、その一部が仕事にたまたま合致する。(全部がそうなって健康を損ねた事例がここに有る・・・)それでいいのか。自分探しの旅ではなくて自分作りの旅、否自分創りの旅。そういうことなのでしょうね。

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(PS)今後、管理者お勧めの本を載せるようにしました(左下)私が読んでから、これは是非皆さんの書棚に置いたほうがいいよという本の内、一部にはなりますが、私なりに厳選して載せています。(リンクは張ってますが、本の絵がないのもあります)ぜひとも参考にしてください。

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コメント

こんにちは。ねじ本の紹介ありがとうございました。左巻さんの本や鉄道の本もおもしろそうですね。

投稿: KADOTA | 2007年6月23日 (土曜日) 08時39分

 山田五郎さんには、ちょっとした憧れを抱いていました。あれだけ物知りで、インテリチックで、頭が切れる…。自分も、ああなりたいと思っています。

 何でも好きになるとは、目から鱗(うろこ)ですね。好きなものしか好きになれない人が多い中、何にでも興味を持つ事が、山田さんの頭脳のガソリンなんでしょうね。

 並大抵の人では、山田さんのようにはなれないかも知れませんね。自分も、色んな事に興味を持たなきゃ…。

投稿: ゆげやかん | 2007年6月23日 (土曜日) 15時48分

>左巻さんの本や鉄道の本もおもしろそうですね。
読んで損はないと私が思った本を載せてみました。

>何にでも興味を持つ事が
みんながみんな、山田さんのようになれるとは考えないほうがいいかもしれませんが、好奇心を持ち続けるということが、原動力であると知ったとき、なんとなく彼の言動が分かったような気がしました。

投稿: デハボ1000 | 2007年6月23日 (土曜日) 21時08分

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