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人が人を裁決する

裁判官という仕事は大変なのである。私たちに陪審員制度が導入されることが本当にいいのであろうかというのは私とて心の中では気にしている。じゃあ教育をしっかり受けた裁判官は迷いがない・・・・というわけでもあるまい。また相対する弁護士なども同じような教育を受けているわけで、同じような迷いを必ずしているはず。とおもったら、司法試験浪人を重ねた方がこんな本を書いております。決して「爆笑」という話でないのですが、書名は・・・
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裁判官の爆笑お言葉集 (新書) 長嶺 超輝 (著) 幻冬舎
まあ、私より表現力の豊かな皆さんの、この本に対するレビューをのぞいてみましょう。アマゾンからの引用(一部略)
(1)内容は面白いが、「爆笑」は余計
法廷での裁判官の言葉をまとめた語録.
ざっぱに事件の経緯や日付,裁判官の氏名が載っているので有難い(一部除く). 文章量はページ数に対して通常の半分程度(本の構成上)と少なく一気に読める.内容は面白いと思うが,爆笑するような面白さではない.
したがって,「爆笑」という本のタイトルが適切なのかどうか疑問.
(2) よかった。裁判官も人間味があって!,
裁判官も人間である事は当たりまえだが、なんとなく無機質なイメージがあるのは気のせいだろうか。
裁判官も苦慮し、悩んで判決をだすことがあり、被告人に向けられたお言葉の重み?おもしろさ・・・は、正に「よくぞ おっしゃっていただきました!」とすがすがしくもあります。 人間味ある内容もそれからお言葉集を執筆しようと考えた(企画した)筆者も「すごい!」 読みやすさもさることながら、子どもにも読ませてみる価値アリです。
(3)これは企画の勝利だなぁ,
裁判官の「お言葉」を右ページに、その解説を左ページにという読みやすい構成。そして、いい意味でも悪い意味でも人情味溢れる、裁判官の言葉。 笑える言葉も多数。 本当に面白い。
当たり前だが、裁判は決して無機質なものではありえない。だが、裁判長という人は、極力客観性を持って判決に当たる必要がある。 そのギャップが、本書の面白さを一層際立たせている気がする。
そして、著者が裁判ウォッチャーとして、一人ひとりの裁判長のパーソナリティを掴んでいるのが、本書をさらに味のあるものにしている。 読んだあと、「そうか、裁判とは、人が人を裁く場なんだ」 という当たり前のことを思わせる一冊。
(4)裁判官のもらす「人情」,
裁判官というのはとても冷徹で合理的なものという印象が強いが、それでもやはり彼ら彼女らは生身の人間で、感情をもっている。だから、どうしても法律や裁判の世界の前例に従って、感情としては納得のいかない判決を下すこともあるだろう。本書は、そんな裁判官のぽろりとこぼれた感情のこもった「お言葉」を集めた一冊である。
 何度も同じ裁判官に裁かれる被告に一言、反省の色のない被告に一言、法律の条文にはない愛情のこもった一言・・・具体的にいつどこでどんな裁判官が述べたか仔細に収められている。
 読み物のネタ本としても十分おもしろいが、法治国家の良識ある公民として考えさせられる点も多い。
(5) タイトルは「爆笑お言葉集」。当然それを期待して購入したのだが…。いい意味で期待を裏切った一冊。
著者は現在ライター業を営んでいるが、もともとは弁護士を目指していた人物。残念ながら7度の不合格を重ねた結果その道を断念、その後現在の職業に転じたようだ。だから本書もいわゆる裁判の素人が、裁判官の本音が垣間見える数々の発言をただ集めたものではない。
思わず発してしまった言葉もあるかもしれないが、ここに紹介される裁判官の発言は多くは考え抜かれたものである(当たり前だが)。著者は、自身に経験を生かし、それらの発言の背景に見えるもの、裁判官の真意、その他諸々を簡潔に解説あるいは推測するのだが、ここが単なる素人が書いた作品と異なる部分だ。
タイトルにふさわしい「爆笑お言葉」も確かにある。しかし、そのほとんどは裁判官の人間性が現れた「真面目なお言葉」だ。厳粛な雰囲気の裁判で発するから違和感があるのかもしれないが、人間味溢れる言葉も多い。
幻冬舎からの出版。しかもこのタイトルだ。本当にお笑いだけの作品かと思って、またそれを期待して(真面目な人や事件の当事者には怒られそうだが、裁判所の当事者になったことのない人で、そういった興味が全くないというのは逆におかしいと思う)購入した。著者もそれに応えるようなツッコミを入れて、おもしろく読ませようという意識はあるのだが、真面目に読むこともできる、いい意味で期待を裏切る一冊だった。
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今までの裁判の判決の中で、被告に対し判決とは別に、付言・所感・傍論・説諭・閉廷後言動という形で裁判官自身の所感を示すことがある。(逆に裁判官自身の意見は最高裁判所以外は判決文には入れない。最高裁の場合は国民審判制度のために独自意見を開示することがある。)またそこに至るまでにも、審理中補充質問という形で意志がでることがあるし、時に判決理由のなかにも垣間見られていることを私はこの本で知った。
この中には、技術者倫理問題に関連する事例もあるが、ここでは、いま別の民事裁判で時の人となっている方を挙げてみよう。
-----------以下引用(P66~67)-----------
覚醒剤取締法違反(所持)に問われたシンガーソングライター 槇原敬之(本名:槇原範之)への執行猶予付き有罪判決言い渡し後の説諭:1999/12/8 東京地裁 久保豊裁判官
家族らの信頼を裏切ったが、多くの人たちが更正を期待していることは、充分分かっていると思う
筆者はこのあとこのような文章を載せる。
(前略)事件は彼にとって、人間の優しさや誰かと協力するすることの大切さを知る貴重な経験になったのでしょうか。活動再開後も数々の名曲を発表。彼が作詞・作曲しSMAPが至った「世界に一つだけの花」は国民的な歌となりました。「僕が歌っていたらこんなに売れなかった」と今は言える槇原敬之がいます。
-----------------引用終了----------
「世界に一つだけの花」は槇原敬之が覚せい剤事件での謹慎中に、住職との対話から歌詞を着想したといわれている。内容には、あらゆる存在に価値を認める「草木国土悉皆成仏」の如来蔵思想(参考事例:こちら)が投影されているという記述があった。
それはそうと、なんでこの人は女の人の心がこんなにわかるんだろと思う歌詞を書いていた彼、内部通は「それは彼がお○○だからだ」という声が多いですが、それをしてその心情を詞に吐露するのも才能です。だからこそ彼は好き嫌いが分かれる人のようでもありますし、また当人もあくも強い人のようですが、ある種の芸術家肌を私は感じます。
本題からはそれました。人の存在を人が左右するという、神様でなければしてはならない仕事を「月に代わってお仕置き」するという重さが言葉に慣性力を添えます。丁度今、技術者倫理の中に「法工学」という分野が萌芽を出しております。(注:方向幕ではないぞ)お医者さんで言う「法医学」のよこ展開という側面も一部に限ってはあります。一例として示すなら、私たちの設計製造した品物が事故を最小限少なくして、製品としての一生を全うするという視点で考えると、その万が一の時の責任を法的視点でも考えなければならないということです。いずれにしても外せない問題として議論をしなければなりません。人が人を裁決するとき、技術の介在する事例は極めて多いのですから。
ともかく管理者は、各位にこの本の一読を請うものです。
最後にこの言葉を書いて終わります。「」としての苦悩を示して余りあります。
女子高校生を拉致殺傷し、死刑求刑のあった被告に対して無期懲役の判決を言い渡したあと、遺族のいる傍聴席に向かっての裁判官の言及。(同書P24:前橋地裁 のち2審の東京高裁で死刑判決
犯人が人を殺すのは簡単だが、国家が死刑という判決を出すのは大変だということです。皆さん納得いかないと思いますが、そういうことです。

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(PS)著者の氏名にリンクを張りましたが、基本的なところは文献によってるこの本、実は筆者のコンセプトメーキング・原案はBLOG本なのである

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