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天然と養殖

近所の、回るお寿司屋さんではいろんなネタを出してくれる、で天然モノの○○、とかかいてあったりするのがこの店のうりの一つ。養殖モノと明確に書くのはふぐ牡蠣ぐらいである。かいてないのは養殖なんだろうかとおもったりする。
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芸人を「天然ボケ」とかいう表現をしたのはいつからであろうか。いろんな文献によるとこの言葉の由来は萩本欽一氏なのだそうだが、それは元来非常に彼の愛情がこもった表現だったのである。この理由は、おおむねどこの文献でも同じことを書いている。
明石屋さんま氏が売れ出してきたころ、かれの自動車の運転手をしていたのがジミー大西氏。かれは社有車を車庫入れで後方からぶつけたりということがしょっちゅうだったそうだが、それでもさんま氏はいろんなところに彼をつれて回って、新喜劇で使ったり、自分のプロデユースする舞台などにつかって、持ちネタを披露させていた。その話を聞きつけた御大萩本欽一氏が、「あのボケはそんじょそこらの人間では出来ない。このボケが意図的であればチャップリン以来の天才喜劇役者だ。(戦後日本人でチャップリンに直々演芸技術を習いに日参したことがあるのが、唯一萩本欽一氏である)ぜひとも会わせて欲しい」と師匠明石屋さんま氏に頼み込んだ。そこで、当然そういう場を設定し面談を行った。そのなかみは詳らかでない。
しかし面談後かれが、、芸能会社(この場合吉本興業の人)の人に一言だけ言った言葉は「天然だったね」。萩本氏なりの優しさが見える。これが広がり「天然ボケ」そしてそのしぐさを学習して芸に生かす方を「養殖ボケ」というようになったようである。
ところがこのジミー大西氏、その後画家岡本太郎氏(故人)などの薫陶を得て、画家への道を志すことになり、ついぞその成果はTVのみならず、展示会などまで全国を巡回するようになる。吉本興業はかれを社費でアメリカで修行させた。これは「天然の才能が開花してしまう」ことで、今でも活躍している。
代表作:旧第一勧業銀行のキャッシュカードと通帳、ボジョレー・ヌーボーのラベル、川崎造船坂出工場で建造された天然ガスタンカーの「さかな」「カニ」「エビ」「かめ」の4種類の絵の原画。但しかれの版権管理とマネージメントはその後、吉本興業が「文化人枠」で直接行っているのが大阪商人というべきか。
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山下清氏(故人)は貼り絵で一世を風靡した人である。世間的には彼は知的しょうがい者といわれ、授産施設で49歳の生涯を終えた。けどその貼り絵はかれのまれなる集中力・記憶力と忍耐力がなければ作れない代物といわれ、いまでも賞賛されている。(このタイプの時代の先駆者方を、このような分類で呼ぶ方もいるようだ)作品として有名なのは「長岡の花火」であろう。なんと、『死後、その作風はジミー大西らに多大な影響を与えた。』とまで言われているらしい。
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芸人さんもそれを自覚している人はある。今の話題で旬なのを取り上げてみよう。
初代林家木久蔵師匠は、TVではボケそのものであるが、彼は席亭がちゃんとしている鈴本演芸場の高座で2つ目のままトリをとった人物として世の中に2人しかない人である。(もう一人は3代目林家三平)45分しっかり噺が出来る実力がないと普通はトリを取らせない。古典もしっかりやるし、絵をかくなり(事実清水昆氏にも弟子入りし、そこで落語の世界を清水氏から紹介される。いまでも個展を行う。)新作で文化庁(当時)の賞を得るなど・多能かつ有能なのである。従って当代が「(養殖)ボケを演じられるのは才能のある証拠」というのは、存命中の長老落語家のおおむね一致した意見だそうな。
ところが息子、初代林家きくお(2代目林家木久蔵を襲名予定)は古典もしっかりするのだが、それ以前にそのへらへらした「天然の」行動の面白さで有名で、いかにも今にも「うっかり長屋にいそうな落語家」らしい行動が一杯。彼の行動を落語の「枕」に使う落語家もいるが、そこのほうが大爆笑をとるという現実があるんだとか。(落語会で使う枕らしく、かなり長いまくらのようである)高田文夫(立川藤志楼)も落語会の枕として使ったと聞く。
有名なのはこういうのがある。玉川大学(文学部芸術学科)に合格した彼は早速自宅に電報を打った。普通はこういう場合だと「サクラサク」とかいうのが普通。ところが彼は合格のバックグラウンドを知っていた上でこんな電報を打ったとか。曰く「ニュウキンカクニンシマシタ」。(爆笑)これが「生きる芸人」、それが「化ける」という場合も多い。
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天然ボケ事例は坂田利夫氏なぞも有名。けどだから、かつ腰の低さから先輩からも後輩からも慕われるし、いまだに「アホ」といえば「坂田」という言葉はツーカーで話される。(余談であるが、キダ・タロー氏が「アホの坂田」という歌を作ってヒットを飛ばしたことがあるが、このため全国の小学校で坂田姓の児童がいじめにあう事例が多発し、一時放送禁止されていた。いまは使うどころか、TV寄席での出囃子にも使うらしい。舞台ではお決まりになっている。)
私は実は、会社の昇進論文試験に「アホの坂田」の歌詞を引用して、技術の目利きの必要性を論じ、なぜか合格したという、とんでもない過去をここで白状します。(苦笑)
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これを考えると、今まで天然・養殖という言葉を使ってきたが、それはその人の個性を生かせるところに合致していないからそうなるわけ。だからそこを見出し合致させるとものすごい人材になる。一般の技術コンサルもそう。技術のお見合いをすることが出来る技術とデータベースを、お見合いとしてあわせるのは大きな責務である。会社の管理職もそうなのだが、技術と人材のお見合いが部下に対する仕事の一部であるとの自覚のない方が管理職になるケースも多い(含む、過去の自分)ことか。むしろ技術と人材のお見合いを重視する管理職候補の人材が「仕事を外に投げる人間」として排除される場合さえある。そこが会社の人材選択の難しいとこ。管理職経験者は身にしみてお分かりになるのでは。
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人材育成論は設計工学・技術経営分野でもまだ発展途上である。そのためこの話は語るととんでもなくなるのでこのあたりで収める。けどこの行動はある専門職の仕事と非常に似ている。

ソムリエ・利き酒師というのがそれでしょう。食事とのお見合いにあう酒をあわせなければならない仕事。コンサルの一つの形である。コンセルジェという言葉(参考:こちら)があるが、これは、端的に言えば技術コンサルの一つの究極の熟練技能でもあると考えるこのごろ。

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コメント

 いやぁ、天然ボケ1つとってもこれだけの逸話があるとは…。御見それ致しました!!

 養殖ボケという言葉も初めて知りました。

 これらの話を聞くと、笑いって只者じゃないなぁと思います。

投稿: ゆげやかん | 2007年5月 3日 (木曜日) 19時50分

改めて訃報についてはかきたいと思いますが、ときあたかもその「天然ボケ」の元祖で、政治漫談家・参議院議員・大阪府知事を勤めた、横山ノック氏(75)(本名:山田 勇)が本日逝去されました。
この人の話も多いのですが、ここではあげず、ただ逝去をお悔やみ申し上げます。

投稿: デハボ1000 | 2007年5月 3日 (木曜日) 21時01分

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