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続:BLOGを続けてきて

http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2006/10/blogwo.html   でも、一度考えてみたのだが、BLOGをやっていくと言うことにはそれなりの考えがあったのである。
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なぜ改めてこういうことを言い始めているのかと言うと、4月という時期にあたり、このBLOGの目的意識というのはなにかと言うことを明らかにしたほうが、皆さんからの管理者の目を意識しなおし、改めて私も考え直すいい機会ではないかと思ったのである。したがって、この文章は私の反省と飛躍?の一端である。

ところでこの職業の場合、HPは作られているしGrによってはGr独自でHPを作る方がいる。ところがやった成果を面に出すこと(広告宣伝の材料として使うこと)はしてはならない。・・・法規定にもよる。ところが同じ範囲に当る業務の中で見ると、個人単位での法規制が課せられる場合の「BLOGの」使い方はいろいろである。
弁護士:会社法務メインの人が多く、積極的な提案をされている方もいる。(著名BLOG)それを講演の材料としている方もいます。個人訴訟関係の方は秘匿義務があるので、最近はやめられる方がでた。(用事で出かけるということを書いただけで、問題になることもあったらしい)若手がおおい。
弁理士:いくらかはおられる。大体著名BLOG。特許情報の取得手法のトレンドなどは余り出回らないので、そういう記載は使わせていただいている。
技術士著名BLOGの場合は、いままで関係した会社(中小企業)の製品の広報支援というかたちで行われている例がある。またNPO単位ぐらいでやる場合もある。(少ない)また匿名BLOGの場合、現状の「政策の」問題点などを提案する方がおられる。企業所属の方も多い。現状の「技術課題の提案」はわずかだがおられる。
医師:積極的な方はかなり多い。全部匿名BLOGであるが、民間療法の問題点を評価したりしている方もおられる。その中に医療倫理を語る方を語る方もあって、有名な方なら100ぐらいのレスが付く。なかにはメーリングリストからうごいたという古参の方もいる。
薬剤師 MRさんで1件みただけである。

一般の研究者
じつはこれはすごーく多いんだな。宣伝としてとは限らず、教育の悩みを語ったり、技術動向を語ったり。

他の士業のかたは事業の宣伝の形が多い。
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(そもそも)
●皆さんご存知の通り、私はこのWEBLOGをはじめたのは、ある病からの自力改善を考えたからであった。そのころからWEBを通じてお世話になっており、いろんなコメントを頂き、また辛らつな意見もいただいた方もいらっしゃる。
●あのときの自分のことを考えると、いわゆる認知療法の一種としていた。「なんとかしたい」という一念で、自力を振り絞った記載を思い切って行った結果、どっか気持ちを吹っ切り、かつ明確な自己認識を取り入れたいという意識と、周囲の状況でうまくいかなかったり、また、基本概念が第三者と異なるという認識を繰り返して自己投影をしたかった。認知療法は、写真では残せない心を文にする必要があるで写真なし。
●自分が動くことに対する客観性のある視点が、単身赴任での私では確保できなかった。そのため、頭が明らかに硬直化し、主に業務(当時は会社員でした)以外のところでどういう行動をしたいのかが見えなかったことも結構あった。それを指摘し、「なんかやったらどう」と、単身赴任先(社外3人+社内2人)の複数の方にそれとなく指摘されたからである。いまでもそれらのログの大部分は意図して残しているし、またこの指摘した人とは細々ながらいまでもお付き合いさせていただいている。人生一期一会だもの。
●元々、技術系の研究論文などを書いていた私が、業務が変わってから報告を全てパワーポイントで行うことになり、「このままでは文章を書くスキルが全く落ちてしまう」という「恐怖」であった。そもそも定型的論文は場数だけは踏んでいたが非定型文章は不慣れなものも多く、このパワーポイントによる発表とか社外要人への発表の時に通用しないもの。当時の私の責務は対外折衝研究方針決定最終判断であったから、文章作成のスキルは最低限程度確保したいと考えたからである。(もちろん事項報告書・稟議書・特許査読と検索とかいう管理職特有の仕事は私が関わることになっていたから、スキル維持は必須に近い課題であった。)
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(会社からの別れ)
会社から独立し、自分で仕事を立ち上げると言うことはやはり勇気がいるもの。そこでこのノウハウを誰かインターネットで公開していないかと考えた。(これで単身赴任先に「」を入れた)あった!これは今でも読み返ししている。
●私には幸い、業務資格があり、もともとの性格から考えていずれは何とかしなければという「あせり」があった。そこで、一体技術を売りにしている研究者や教育者さんは、一体どんな視点で物事を語られているのかを考えなければならないと考え、色々HPなどを一定時間(1h)夜中か休みの日(自宅)で見ていくことにした。(これ以上は体が受け付けなかった
●幸い、ある懇意な方(複数)から、「この際独立して、やってみたらどうか」という話が丁度複数舞い込んだ。会社の仕事は出来る限り(多少病状が進んでいた)データベース化などの技術伝承に費やすことと、残務で大きな仕事を立ち上げたのち、やろうとしてついに貫徹できなかった「若手の意識改革」の指導をすこししていく。多分このころの文章はメンタル的なものが多かったはず。そして年末、お世話になった会社・お世話になった上司・同僚たちに別れを告げる。自分の不摂生・その結果の不義理に対し、かなりの理解をくれた各位になぜか涙する。
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(はじめまして)
●年始から仕事を始める。満足な仕事とはいかなかったが、任務は果たす。(事情はかなり複雑なので省略)このときお世話になった先生には、新しい環境での「仕事」に対する心構えを本当に教わる。実は病状が少し進んでしまったがなんとかこなす。研究機関内部の仕事環境と言うものを身を持って体験する。研究機関の中では実務者と管理者の間に、案外な乖離があることも、そしてそこに私の生き場所もありうるらしいことを
●もちろんこの仕事は、困ったときに助け合う関係から、時に応じて仕事を融通(出来ないことを引き受けたときは専門の方に紹介をする)のも業務である。そこでそのような人脈や、困ったときの相談先を見つけ出し始める。製造なら製造の専門家をたどって、いろんな町工場を見せていただく。BLOGからお付き合いさせていただいた方には、いきなりお伺いするなど驚かれたりした場合もあったが、そのことならそう対策できるんではとか、私なりの知見を「ぶつけて」見て違う見解をいただくなど、現場重視の姿勢に自分を見出す。
●いろいろな展示会にいってみたり、色々な人に会ってみることをはじめていく。手弁当。会う人毎に自分との相違があり、アグレッシブな時間をすごして、土台をたてようとする。
●生計の問題を含め、家族との相談をする。当方は、関東にはその関係の人脈がほとんどなかったので、一から役所などを回る。このころのBLOGは新しい知見などを考えていくことでなんとかスキル維持をすることを第一とする。したがってあえて特異な知見を出して、普通の人とはあえてずれた視点を吐露し、非難も含めた意見聴取の場にすることをする。
●実は、私が勉強しようとしてついに出来なかったもののなかで、やっぱり市場の目利きをお手伝いする技術者という市場があるということを中小企業さんを見学に行ったときに感じ、当時ときどきBLOGでのせている。それは専門でもなくてもいい。(書き込みをはじめる)
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(各種の人との出会い)
●同業者の集まりに交わり、「地域の悩み」をきくにつけ、私のような若輩でも新たな視点が獲られることに、大きなショック(いい意味でも)うける。また、異業種の集まりでもあったため、見方の違うアプローチと言うものを提案してもいいんだという感覚を受ける。分からぬことは聞きまわりという行動。会社に入ったときとまた同じ世界でもある。
●開業については、以前から関係した業界団体・技術コンサル会社とか先輩方、偶然獲た人脈とか、昔の私の仕事をなぜか影ながら見てもらった人から、複数引き合いをもらう。また、聞きつけてきてくれた昔の同僚などもいて、挨拶回りとプレゼンを行う。考えれば自分自身のプレゼンなぞお見合い以来。(苦笑)
一応神奈川を中心に、東京(多摩・太田区・品川区・隅田川より東地区)・静岡(掛川以南)を商売の範囲としHPに仕事の姿勢をまとめて載せる。このごろは病気は軽快していたが、不安が残りしばしば占い師のところに通う。そうしなければやっていけなかった。またこのころ、前の勤務会社関係の仕事(といえるのかなあ)をすこしお手伝いする。
●仕事のための書籍は自分もち。買いあさる。但し専門書と一緒に、分かりやすい初学書も買っている。(口頭で説明するときの補助資料としては、こういう本は必要)丁度この時期に私と同じ道を歩こうとする方に出会い、色々情報交換をする。(地元商工会議所などを中心に活動していた)じつは、私と同じベクトルを持っていた人で、以後懇意にさせていただく。
●このような転機をもう天命であると納得するようになった。最新技術情報の取得活動を行う。とりあえずは大手一社のコンサル活動からスタート。HP経由の単発引き合いを貰うことで、意外な得意分野が市場で求められていることを知る。(思いがけない引き合いもある。但し人脈の関係から紹介業務さえ受けられないものもあった)
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(暑い夏)
●BLOGで知り合った人から、色々な示唆も頂き、コンサル活動として仕事をこなすが、一方特許調査などを行うなど動向調査をした結果、もう一つの新しい技術の柱を自分で構築することを考える。(自発研究である)そういっても金銭は掛けられないし設備も掛けられない。そこで、ある大学の先生などの困りごとなどを聞いたり、皆さんと意見交換をするうちに、なんと私が5年ほど前にやっていた仕事に非常に近い部門が、機械部門で必要としており、また友人との会話で、意外な問題点を私達機械技術者が抱えていることに気が付く。一人であがくよりもいろんな人に意見を聞き、そこをつなぐと言うことを試みる活動も市場として将来性があることに気が付く。
●収支見積りが出そうになってきた。投資回収計画と今後の私の使命はなにかを模索し始める。10年を作っていますが、目安として。これが「設計工学の機械技術に関する指導」「技術者の倫理概念構築」が私が過去関わっていて、しかもこれから必要とされていることが大きく私を揺り動かし、技術者人生の最後の仕事として成り立つことを確認する(皆さんにまた聞いて回る)独自研究を、アドバイスを受けながら自発研究として開始。ある程度時間があったものだから、文献収集と懇意な方(幸いにもいいアドバイスを下さるかたと懇意にさせてもらったのもこのころ)にであう。
●BLOGは情報収集TOOLであるが、与えることにより得るという関係もあることに気が付く。そこで、BLOGを私の情報発信にもっと使おうとする。目指すは「人の見方とは少し意識的に変えた見方で、人の考えることの穴を補修するパテのような見解」をポスターセッションの乗りで始める。メンタルのほうはなんとかなっていたが、逆に一人で仕事をすることは非常に孤独であり、独善に陥ることも感じ始めた。そこはセミナーに参加したり、またミニ講演(といっても5分間スピーチみたいなもの)に参加したりしてみる。
●このあたりから、文献化を意識し始める。それをすることが、ある意味自分の墓石を作ることになるという意識をもつぐらいの資質をもたなければならないかなと考える。出版社と方針について語る。かなり違う出版方針となったが、一部からはむしろ論文発表をしてからなら推敲・協力するというANSを得る。
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(そしてやがて1年)
●技術調査を多数行う。これを懇意の方に相談し、執筆活動を奨められる。このあたりからなぜか変な話だが「若い力で手伝ってくれ」とか「技術検討の時の会議にオブザーバーで」とかいう話が来る。体調が少し悪かったのでセーブしていたが、単発案件をこなすことが出てきた。(設計受託・・・あまりこの業態ではしないが・・・むかしとったなんとか)けど私はどうしても安値でとってしまうことも分かってきた。(面白そうだと損得抜きで乗ってしまう・・・いわゆる技術バカなんですな
●BLOGでは自分の趣味関係も語ることもあるが、どうしても技術のおくれと齟齬が出てきたことに気が付く。そういう場合、先輩方の意見を聞いたりするが、実際は、そこは追加調査と顧客への誠意を示す倫理精神が(従来型ではあるが)、意外と使えることを知る。(私の苦手な行動でもあった・・・)そこでBLOGを匿名とすることは維持して機密保持もあるが、そのような懸念は不要な内容だけにする)メンタル、工学技術関係、時事雑感(これは一つのストレス解消も兼ねる・・いい迷惑かも)とする。だからspam以外は議論を求めてる。始めたころには、ANSをしなかったのだが、「ポスターセッション」を意識すると、各々の質問に対する答えについて、自分なりの答えを用意しなければならないという、いい意見をもらったので、以降そういうようにしている(つもり)。従って閉鎖型のMIXIタイプにはできないのである。
●案外な先生からのBLOGでの交流が始まり、狭い世界以外を知ろうとする意識を励起させる。このころかなり癖のあるBLOG記事を書いたりするが、これが意外と受けて見に来る方が増える。(慌ててアクセスカウンターを入れる)あきれるかたもある内容もあるが、質でこだわるより当面は量より「ポスターセッション」をする感覚でやっている。もちろん本業のコンサル業務とは完全に分離。
●相次いで執筆・講演依頼を受ける。これは年代的に私の年齢が穴だそうで、そこにいまだからこその売りがあることに気が付く。但し、無茶なこともしないほうがいいということもあること、そして具体的な技術のキーマンの方ともお話をさせてもらうこともあった。
●以前いた会社Grの非常勤嘱託(その以前いた会社の推薦だということがわかる)、及び地方自治体の非常勤嘱託を受託する。中長期的に有利であるのと細かい試験設備の借用による解析受託もメニューに入れられる。この間トンでもない大企業からの引き合いがあり単発相談に応じる。(長期はしなかった)
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(そして1周年を迎え)
●信頼がもらえたかどうかは別として、「一言何か語る男」ということで講演・執筆が完了。それなりに目立つ存在になろうとする。(なぜか、他所の会議でお前があいつかと言われることがあった。癖のある人物と評価されたらしい。)
●本業のコンサルは担当会社が変わる。どさっと単発業務漬けになるが、こんなときに体が最悪になってしまう。ただその対処方法も出来るようになってきた。(治癒ではない、逃れ方だけ
●事務所はインターネット経由の引き合いが増えてくる。(ただし最初は電話からはじまる)団体のオブザーバーに関し、お誘いが多くなってくる。やっと収支のバランスが均衡してくる。BLOGの付き合いなどか縁で、意外と市場調査などのアドバイスをしてくれる人の輪が出来てくる。業者間のコーディネーター業務どう・・・とか提案されることも出てきた。これは今のところ手弁当で無理がない範囲で、自己投資としてやっていきたい
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そして今後。
●同業組合の役員に参画してくれという意見が出てきた。(考え中である。)
●設計工学のテキストの引き合いが来た。(セミナー用・・・本格的書籍の前段階)
大成しなくても、技術で世間に貢献する姿勢で身近な町のエンジニアという売りをもうすこし鮮明にする。(ただ学費が・・・・)
●自分は常識人になりきるという仮定は捨てる(もとからちがうか(笑)。どこかあいつは見方が違うので、メンバーに入れるといいという形を目指す。会社の中の技術者との大きな違いを出す。)
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こうなると、正しい知識と言うより(もちろん不要というわけでなく、信頼性をもってはいる)相手が新しいプランを引き出せるように、情報を提供する。ないしは情報の出所(図書館など)を指導する。というほうがボクはいいのかも。技術者人生の後半分の使命・・・じゃなくて使命感前のは、判断を顧客に依存するという見方を抱かせてしまう)としていく。そのTOOLとして過度にならない限りインターネットと、そして顧客と仲良くして行こうと思う。
懇意の、ある専門家に言われた言葉。
「この人は癖が強い。だから嫌われることもあるだろう。しかしそのかわり思いっきり仲良くなる人も有るだろう。自営業というものは、全ての人にあまねくいい顔をすることが出来るとは限らない。だから癖があっていい。付いてくる人は一生懸命一緒にやってくれる。それでいいのです。」
もちろんそんな癖の強い私と、聊かでも袖振る縁になった方とは、その人の意見を咀嚼していきたい。WEBLOGと直接対話とのコラボ。それをしなければ私は誤解されるかもしれないことを考えて、更に学習しなければならない宿命、それも使命感とうけとろうか。私の。

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コメント

こんばんは。
いつもパワフルなブログに感心しています。
コメントもありがとうございます。

デハボさんも、いろいろなことをより越えて飛躍されているのですね。
凄いなあ。

投稿: ほしのねこ | 2007年4月 2日 (月曜日) 19時53分

ほしのねこ さま(二重にコメントが入ってましたので1つ消しました)
すごいというものではないとおもいます。自業自得というのもありますから。(爆笑)
年齢的に買ってでも苦労することができないのはつらくなりました。けど「人生塞翁が馬」かもです。「おきらくごくらく」というのもありますし。

投稿: デハボ1000 | 2007年4月 2日 (月曜日) 20時51分

こんにちは。自分のされてきたことをこれだけきちんと分析できるのは前進していくためには大切なことだと思います。教員の場合、日々こつこつとだけですと、何をやってきたのかという成果がなかなか残せないので、書き物をしていると少しは足跡を残せたかという気持ちになります。が、それ自体が目標になってしまうとまた困りものでして。まずは、苦労を楽しみながらロボット博士になって、40代ではまた新たな世界に踏み込んでみたいものです。

投稿: KADOTA | 2007年4月 2日 (月曜日) 22時10分

>こんにちは。自分のされてきたことをこれだけきちんと分析できるのは前進していくためには大切なことだと思います。
ありがたい言葉です。本当に。
総括(というと誤解されそうだが)をしなければ、やっぱりダメなんだと考えました。確かに技術論文でも総合報告書とか、いわゆる「レビュー」が必要ではないかと考えなければならない。と思った次第なのです。もちろん友人たちのアドバイスもあってこそ、レビューができたのだと感謝しております。飛躍はそこからなんでしょうね。

投稿: デハボ1000 | 2007年4月 2日 (月曜日) 23時03分

人生「飛躍」なんてことを考えたらしんどくありませんか?

投稿: TX650 | 2007年4月 3日 (火曜日) 07時07分

>人生「飛躍」なんてことを考えたらしんどくありませんか

まあ、そうですね。けど「おきらくごきらく」に仕向けるように、意図して活動する。これも飛躍でないでしょうか。少なくとも疾病を抱えている身に対して、いままでのスタイルを変えていくのも「飛躍」のはんいでないかなあと考えています。
「設計変更・改善」クラスを回避可能範囲内に押えて置き、継続を重ねれば、これも「飛躍」になるんだろとおもいます。
癖としてある、どうしても、固執しやすい特性をカイゼンするのもありですよね。だから「飛ぶ」なんてことは言えません。「躍ぶ」程度でいこうとするのが、限度なんだと考えております。

投稿: デハボ1000 | 2007年4月 3日 (火曜日) 12時20分

むしろ「思考が飛躍する」ことに注意された方がいいかもしれませんが(笑)。

投稿: TX650 | 2007年4月 5日 (木曜日) 16時45分

そりゃそうだ(笑)意識していないで起きる場合が一番怖い。

投稿: デハボ1000 | 2007年4月 6日 (金曜日) 20時31分

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