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植木等氏の父

このところ訃報がおおいですが。
-------------引用開始
まじめな私生活、軽薄サラリーマン役で一世風靡[読売新聞社:2007年03月28日 02時16分]
 「昭和の無責任男」が逝った――。27日亡くなった植木等さん(80)は、「無責任」「日本一」シリーズなどの映画で、高度経済成長を風刺する軽薄なサラリーマン役を演じ、一世を風靡(ふうび)。その後もテレビドラマで活躍し、多くの世代に愛された生涯だった。
 植木さんは1997年のNHK朝の連続テレビ小説「甘辛しゃん」に出演したころから、肺気腫(きしゅ)を患い、治療を続けながら映画やドラマの仕事を続けていた。しかし、今年1月、食欲不振を訴えて入院。その後も入退院を繰り返し、今月中旬に病状が悪化。谷啓さんや桜井センリさん、犬塚弘さんら、クレージーキャッツのメンバーが植木さんを見舞った。最後は妻の登美子さんと3人の娘に見守られ、息を引き取ったという。亡くなった直後には、付き人を務めたこともある小松政夫さんも駆けつけた。
--------------引用終了
ひととなり、そして活躍、更に数々の歌はいまさら私が説明すること自体が不遜であり、ここでは述べません。ご冥福をお祈りいたします。
さていろいろありますがWIKIからの引用をベースにして述べます。、この話はご存知でしょうか。(WIKIの内容が、日々更新されてますので詳細な表現が変わることもあります。そこは承知ください)
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植木等 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
植木 等(うえき ひとし、1926年12月25日(戸籍上は1927年2月25日) - 2007年3月27日)は、日本の俳優、コメディアン、歌手、ギタリストである。高度経済成長時代の日本を代表するコメディアンとして1960年代に一世を風靡して、数々のヒットギャグ、ヒット曲を放った。

愛知県名古屋市にて生まれる(父親が、東本願寺名古屋別院にて僧侶の修行中だった為)。西光寺(浄土真宗大谷派)が在る三重県伊勢市の近くへ父親が常念寺(浄土真宗大谷派)の住職となり移り住んだ(公式ホームページでは、出身地を三重県としている)。
1939年 僧侶の修行をするべく、東京へ行く。
1944年 東洋大学予科に入学。
1947年 東洋大学予科卒業後、東洋大学文学部入学。
1950年 東洋大学文学部国漢科卒業
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父:徹誠氏は常念寺(浄土真宗大谷派)の住職であり、進んで水平(社)運動に参加。治安維持法違反の罪にとわれて繰り返し投獄をされても積極的に反差別反戦を貫いて運動をしたことで知られる。父は社会運動家の顔も持っていた。彼の名前は父:徹誠氏が「平等」にちなんで名づけた。
「スーダラ節」の楽譜を渡された時、植木は「この曲を歌うと自分の人生が変わってしまうのでは」と悩んだ。父親に相談すると「“わかっちゃいるけどやめられない”は、親鸞聖人の生き様に通ずる」と諭され、彼は歌うことを決意した。見事な見識と管理者も考える。

宗教をベースとする信念と使命感。これは父親と故人に通じるところがある。

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コメント

謹んでご冥福をお祈りいたします。
私には、ひとつの歴史でした。青島氏も亡くなり、寂しいことになりました。

投稿: 職業訓練指導員 | 2007年3月29日 (木曜日) 01時02分

仕事の合間に(爆笑・・・今から査読前論文の仕上げ)カラオケで1式歌ってきました。芸能人にとっては最大の供養です。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月29日 (木曜日) 01時10分

植木等の歌は、プロでしたからあれだけ印象に残っているのではないでしょうか。我が家のどこかのあるクレージーキャッツのCDを探し出さねば、と思ってます。

投稿: 自由なランナー | 2007年3月29日 (木曜日) 05時54分

> 管理人様

いつも、当方にコメントを頂戴しまして、ありがとうございます。今回の訃報を当方にて採り上げたところ、浄土真宗のお坊さんから、植木等さんのお父様について、色々と教えていただきました。こちらでも、同様に学ぶことが出来、拙僧的には感謝したいところです。

本当は真面目な植木さんが、一方で無責任男だというので、そこにはご指摘のように宗教への信念、まさに大乗仏教でいうところの「方便」があると拙僧も思いました。

そういえば、いつもコメントなどを頂戴していますので、この度当方のブックマークに、貴ブログを加えることにいたしました。問題等がございましたらご一報いただければ幸いでございます。

投稿: tenjin95 | 2007年3月29日 (木曜日) 06時08分

弱さも含めて、人間を愛する。
その広さに感動します。

投稿: ほしのねこ | 2007年3月29日 (木曜日) 09時12分

tenjin95 さま

ありがとうございます。よろしくおねがいします。
但し、当方のBLOGに固定リンクが張られておりません。これは過去の事情のため、当面回避できないと考えます。逆にURLをコメントに書いていただくと問題ないと考えますので。その点よろしくご承知願います。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月29日 (木曜日) 11時57分

各位
ここまで愛される、エンターティナー。友人にも恵まれた人生。本望でしょう。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月29日 (木曜日) 12時05分

> まさに大乗仏教でいうところの「方便」
> 弱さも含めて、人間を愛する。その広さ
こういう賛辞を聞いて、なんか改めて襟を正すというか、生きていくということを考えるというか、なんとも形容のしがたい感動を覚えています。「軽薄(軽妙と言い換えられるかどうか?)かつ誠実に生きる」って、「あり」なんですよね??
晩年に属しますが、大林宣彦監督の「あした」での、愛する孫の命と自分の命を引き換える大親分役の「重み」と「軽み」が強く印象に残っています。

投稿: TX650 | 2007年3月30日 (金曜日) 00時01分

はじめまして。私は日本反省協会というものを立ち上げました。もしよかったらホームページへいらしてください。http://www.geocities.jp/jsea2007/
また、ホームページの中でよりよい反省について検討をしていきたいと思っています。具体的には「反省の原因」・「反省の方法」・「改善の方法」の3つのプロセスについて記述したいと思っています。
もし、反省のあり方について何かいい方法を今まで聞いたことがあったり、ご自身で何か体験したことがありましたら、お手数ですが、教えて頂きたいのでよろしくお願いします。
また、上記3つのプロセスの要素のうち、1つだけの場合でも教えて頂けると幸いです。こちらまでメールを頂きたいのでよろしくお願いします。jsea2007@yahoo.co.jp

投稿: 大久保 | 2007年3月30日 (金曜日) 00時34分

こんにちわ。
4月1日で、JR各社の発足から20年になります。
20年前のきょう、つまり「国鉄最後の日」でしたね。
歴史は、流れて行くんですね。

投稿: 職業訓練指導員 | 2007年4月 1日 (日曜日) 13時16分

>国鉄最後の日

そうなんですよね。20年って重いんですよね。社会の流が民間委譲に動いたトリガーですからね。あー。

投稿: デハボ1000 | 2007年4月 1日 (日曜日) 21時48分

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