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祖父の足跡(2)

(承前)
私は、映画館でパンフレット(600円)を買った。このパンフレット自体は、ネタばれになるためある意味細かいところを示していなかったのであるが、この中に面白い記載があったので、一体この映画を馬場康夫氏はどういう考え方で描こうとしたのかが、垣間見ることが出来る。
-------------------------引用(概略)
一木 広治インタビュー(元SPROPS初代代表・・・企業から協賛金を貰い学生パーティーを主催したインターカレッジリーグ)。この映画では学生パーティー企画の監修担当。
成り立ちは、ミズノ(株)が学生文化を根付かせようと副社長の米国留学の経験から始めたもので、始めからミズノがスポンサーについていた。学内サークルに飽き足らない人たちのインターカレッジリーグ方式。最盛期は約1300人のメンバー。よく来る人とか、広告代理店お墨付きの美女は、優待券を貰っていた。社会人も来るようになってきた。
しかし、従来型のバブリーなDISCOの普及の反面、クラブみたいな落ち着いたDISCOも出来た上に、学生パーティー企画の団体の乱立もあったとんがった(管理者注:一種のプロ化といいたいのではないのかな)人が集まるようになってくる。このように食い合いが始まり過剰供給で設計に問題のあるものもあった。(照明の落ちたトウーリアも行った)88年に事故がおき、89年に芝浦に「ゴールド」というマルチなDISCOが出来、客層が流れた。
そのうちバブル崩壊、既成概念が崩壊しスポンサーが総撤退。一気に熱が下がる。
要するに、学生達を支えていたのはスポンサーだったのである。投資した「資生堂」「ミズノ」「マガジンハウススポンサーには感謝するべきだ。

こぼれ話・・マハラジャのVIPルームには社会人、特に芸能人が多かった。フジのオールナイターズは来ていたがフジの女子アナウンサーは見かけ無かった。しかしミス成城時代の永井美奈子さんはいた。(笑)
---------------------終了
うーん、田舎の学生だった私には、隔離された世界であってよくわからない。しかし、この方式がアメリカの学生活動からきているということ、しかもそれが「商業主義」を「学生の自主活動」でくるむというそれなりに面白い企画であったことには、一寸理解できなかったなあ。
ここまでは、現象面での認識であり、それがこの映画に出てくる画像を説明したものにすぎない。しかし、そのバブルという経済概念の認識変化に関しては、この対談が役に立つ。
-------------------------引用(概略)
対談:上條典夫((株)電通・消費者研究センター局長)*馬場康夫
(管理者注:ここでは誰が言ったということはかかないでおこう。構成責任は管理者としてください)

バブル崩壊を止めるには1990年3月に大蔵省が発表した不動産総合規制通達。この映画はそこ1点に(絞って)作った。
映画的には、それぐらい単純なものがいいが、正確なところはバブル崩壊は複層的なものだ。公定歩合の暫時的な引き上げ・地価税の導入・湾岸危機のすべてが絡まって崩壊した。当時の経済概況では楽観的な見通しが強まったという文面がある。しかも地価高騰自体も報道関係がかなり叩いた経緯もあり国民の総意でもありうる。
この映画の冒頭に出てくる「バブルは崩壊してはじめてバブルとわかる。(米:アラン・グリンスパン氏)」の文は、当時の日銀 三重野総裁のやり方を「あれはやってはいけない」といったことからきている。
バブルの発端は1985年のプラザ合意であるのが定説。アメリカの保身が目的であるが、そうでなければ、製造業の弱くなりすぎたアメリカは倒産寸前で、だれしもこれを飲まざるを得なかった。ために1ドル=240円→120円に換わった。これでは不況になると考えた日本政府は、公定歩合を下げる。企業は率先して合理化に走る。
その結果、金余りが始まり土地・株・美術品・社会還元という名の投資に無尽蔵に突っ込まれていき、問題意識がその対策だけになってしまう。
ところが、米にしてみれば自分達の専売特許と思っていたエンターテイメントの1つ(コロンビアピクチャーズをソニーが買収)とか、あげくロックフェラーセンターを三菱地所が買うに及んで、気分を害した挙句、ソロモンブラザーズが日本に乗り込んだとかいう話もある。
この考え方には、当時米東海岸で起こった金融工学が台頭することで決定的になる。日本には当然その考え方はまだ無い。(欧州にも無い)

話を変える。精神面から見てみると、この当時、ライフスタイルの変化が顕著になってきている。若いものがドンドン バイトして、その稼いだ金をどんどん使い、元気になって、街の主役に学生がなる
このように、バブルというものは経済的な面ばかりでなく、もっと俯瞰して眺めなければならないと考える。毎日の生活を充実させて楽しむ人と、貯蓄・投資を充実する人が、バブルを境に人員が逆転している。要するに生活は全般的に「刹那的」になっている。ただ、バブル期にあった「悩み・不安を感じていない」という人が、バブル崩壊後減少していく。たとえばバブル時代が自殺者が非常に少くなった。
どうやら、人間の生き方という意味で見るとなかなかどうしてバブルも悪くない。この観点で見る人がいままで居なかったことが案外重要である。
---------------------------引用終了

おや、確かに、歴史を俯瞰的に見るのはある程度バードビューで高くなければならない。つまり時間距離を稼がなければ、吉田初三郎のように(おい!)とおくまで全体を見渡せないのであるわけ。学校でも近代史の練りこみが不十分なのは、時間軸がたらないのだと考えるわけである。17~27年がそれを可能にしたということか。

さて、歴史学的にはこれでいいのだが、工学的見地ではいかがなものか
設計工学の考え方では、旧来からの事故を解析して、それを後々の設計の視点欠落を補完する行動につなげていく考え方がある。
一つは安全工学の見方。これは本邦でも航空・鉄道事故特別調査委員会というところの報告書が、重大な資料となる。(もちろんこれに対する反証も学習材料になる)これはこれでいいとしよう。
もう一つは、失敗学畑村洋二郎 工学院大学教授(東京大学工学部名誉教授)とその薫陶を受けた中尾政之 東京大学工学研究科教授が「失敗学会」を主宰し、活動されている件である。設計というところではこれを見るバックボーンがこの2人にあるのである。ところが、この2人とも日立製作所Grでの研究員生活から学校に戻っているというところを考えると、これなんかあるんではないかと思ってしまいがちである。私もこれに気がついたのに愕然とした。

そこで、馬場康夫氏の祖父の考え方、いわゆる「落穂ひろい」という品質向上運動の考え方がからんでおり、かれもどこかでこれを文系的に踏襲しているのではないかと考えるのである。たまたま昨夜、自宅で夜、棚を整理していたら、彼の祖父、即ち馬場粂夫博士が、公職追放ののち嘱託で日立製作所に復帰したとき、当時としては革新的な品質管理概念を書いたものをまとめたファイルが私の頭上に落ちてきた。(爆笑)これも使命かもしれないと私は思った。技術者倫理的な考え方を持った材料としても、振り返り活動という意味で一見の価値がある
そこで日立社史の記載に基づいてこのあたりの私見を述べ、「バブルでGO」の作成思想とつなげていくこととする。

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(未了)

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コメント

> 生活は全般的に刹那的になっている
と書くとそれは倹約・貯蓄を是とした旧来の考え方から見たネガティブなニュアンスが強いですが、ストック志向からフロー志向へ、モノ重視からコト重視へシフトしたと見れば、決して悪いことではない(ある意味歴史の必然か?)ということもできますね。
その延長線上で日本人の意識が、常日頃は「まじめに」仕事に専念してごく稀に格別の「レジャー」で息抜きをするという感覚から、日常生活の中に悦楽(趣味やグルメや…)を求める感覚になってきたのも、バブルがもたらした変化のひとつだと思います。

投稿: TX650 | 2007年2月23日 (金曜日) 01時33分

貴殿のような解釈をしない、歴史認識に対する一つの提言。ではないかと思います。光ある所に影もある。逆も又然りということで。
積極的に「落穂ひろい」をすると、消費生活動向がみえてくるといういみで趣旨は展開していきます。(ネタばれか?)

投稿: デハボ1000 | 2007年2月23日 (金曜日) 10時39分

畑村洋二郎氏と中尾政之氏がともに日立製作所出身だとはじめて知りました。畑村氏の始めた失敗学は、注目をしています。しかし、中尾政之氏はどうもいけません。以前からこの方の書いていることには引っかかりを感じていましたが、この件で思考法の浅さがわかってしまった感じです。

http://subal.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/1_844c.html
http://subal.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/2_c907.html

失敗学の失敗事例だと思います。

投稿: SUBAL | 2007年2月25日 (日曜日) 14時02分

過日、東大大学院の教授(高校の同窓:航空宇宙)が私の事務所に遊びに来て、技術者倫理の本、設計工学の本、失敗百選をじっくり読んで帰って行きました。で「へー、中尾先生のしごとってこんなのか・・・まじめな人なんですけど、紹介しようにもアレだけ忙しくては」
たしかに分野違いなのですが、大きな大学になるほど横の分野もわからんようですね。

さて畑村先生のお書きになった書も読ませてもらっていますが、畑村氏の問題点の突き詰め方はなぜ・・なぜ・・なぜ・・なぜ・・を突き詰めてすごく深いところまで再現実験をしている。かつ彼が独立してからのほうが底が深いのです。(例:回転ドアプロジェクトに関わる一連の著作)
中尾氏は、先ほどの先生の話も有りますが、現職の教授ということもあり設計工学全般のまとめの仕事や教科書の執筆に振り回されていることもあり、さっきの教授のような見方が浅いというところに止まっていまして、事例研究の抽出で止まっているという感じが否めません。「失敗百選」のなかにも表層的な解釈にとどまっているものも他にあります。
一ついえることは、中尾氏が畑村氏と異なり「徒党を組んで仕事をするタイプ」でないことが大きいのでしょうか。
たとえば、ご提案の架線のテンションの張り方は錘でするこのような方法とダンパーをかませて予張力をつけておき温度差を吸収するという方法(及び併用)が多いです。(すみません、当方いささか鉄道マニアの系統があります)このようなことは、土木の専門家一人を捕まえて聞けばいいことなのです。
畑村さんは弟子のネットワークに助けられ、それを尊重するというPL的な仕事をしてきた人みたいですが、中尾氏はオタクでシャイなところがあるみたいで割り切ることがまだ出来ないのかもしれません。
いまの失敗学会の運営をみるとそのようなブレーンストームの場所が確保されていない、又は確保されていても「先生」と祭り上げられてるのかもしれない。PLの素質の差がでてるのではないかと思います。
そういっても、この検討をしている工学者は少数、中尾ゼミにいたIBM勤務の人(社会人時代、私はこの人を弊社に出向させて部下にしていた)に聞くと、補助金申請などで46時中走りまわっているそうで、これで「沈思黙考を」というのは無理があります。
私見ですが、中尾氏をダメと決め付ける前に、質問を送る。正邪をはっきりしてもらうように仕向ける。それがどうも必要ではないかと、色々な知人の印象からそう思うのです。(私見です。失礼があったらお許しください)

投稿: デハボ1000 | 2007年2月25日 (日曜日) 15時53分

畑村氏や中尾氏と近いところにいらっしゃるのですね。確かに書いたものだけではなく筆者の人となりを知っていると、印象の違ってきますね。私の書き方も不十分なところがありますが、中尾氏がだめということではなく、中尾氏の事故に対するアプローチがおかしいといいたいのです。
東大教授というと、私からすると雲上人の印象です。それでも、私から直接ではありませんが、こんな見解を持っているやつがいる、というのは複数のルートから伝わっているはずです。それを欲してもいませんが、もちろん返事はありません。
中尾氏の書いたもので、事実誤認(たとえば疲労割れのサイズを1桁も違っているとか)の箇所を見つけたときは、忙しければありうることだろう、という認識でした。
でも、「失敗百選」に貫かれているのは、現場のトリビアルな事象にかかわると(本質を見失うではなく)「教訓化できない」という問題意識であると読みました。「なぜ・・なぜ・・なぜ・・を突き詰め」ることからも離れています。「まとめる」ことに意識がいきすぎです。
山の手線の事故に関する見解は、他の人に確かめなくてもこのようにいえるのだ、と思ったところに中尾氏の失敗事例への迫り方があると判断しています。
架線のテンションは、パンタグラフが架線にぶつかって生じる波の伝播速度と電車のスピードの関係で決められるものですよね。ぴんと張った架線のほうが波の進行速度が速い。電車のスピードアップに伴ってテンションを大きくする必要があったのです。「引っ張っているからだめ」というのは、あらゆる意味で寝ぼけています。
事実誤認というより、事故現場への迫り方という点で、間違いだと思っています。

デハボ1000 さんの解説で、この映画は見なければならないひとつになりました。

投稿: SUBAL | 2007年2月25日 (日曜日) 17時27分

>「まとめる」ことに意識がいきすぎです。

そこは、あまりにも慌てすぎの感じを私も持っています。

>。「引っ張っているからだめ」というのは、あらゆる意味で寝ぼけています。
これは、カンジニアリングというやつ。一寸ひどいな。(笑)畑村氏のトライ方法と外れています。ダメというからにはいままでやってきたことがどういう理論なのかを追体験しなけりゃならないはずです。(畑村氏のドアプロジェクトはそこをしっかり遂検討してます。しかも無償で計測器メーカーを抱きこんで(爆笑))
事例収集を慌てたことに関しては、政府(JSTかも)予算獲得の理由が有ったという話も聞きまして事情を察しますが、バランスがよくないですね。頭の中の研究資源の分配の。
尤も東大の教授とて独法化の結果、研究者という姿勢維持ではひどい状態みたいですが・・・

投稿: デハボ1000 | 2007年2月25日 (日曜日) 18時07分

「失敗百選」に同じような感想を持っている方がいることを知り、ちょっとほっとしています。

現場で同じような事故が起きるのなぜか、と「失敗百選」では問題を立てています。その答えが「42の失敗事例を暗記することだ」と・・・「赤尾の豆単」(ちょっとばかし古い)ですか?といいたい。
わたしの経験からすれば、わかっているはずの事故が何度も起きるのは、えてして納期や工期に追われ、コストダウンのプレッシャーを受け、目の前の事象に面と向かうことがおろそかになる、ということがあります。デハボ1000 さんのいわれる事情が本当ならば、「失敗百選」は「失敗百一選」ということになります。
失敗学に期待するだけに、ちょっと勘弁してほしいです。

ところで、超音波洗濯機というのは日立ではなかったでしたか。サンヨーかシャープかな?アレどうなったのでしょうね。最近見ませんね。今勉強していることに関連して、この顛末は気になっています。

投稿: SUBAL | 2007年2月27日 (火曜日) 18時54分

サンヨーです。我が家の今ある洗濯機がそうです(爆笑)

投稿: デハボ1000 | 2007年2月27日 (火曜日) 23時53分

オー!お宝発見。
で、超音波の洗浄効果はいかがですか?どの程度の振動子をつけているのですかね。400×300×6の鋼板を10枚程度洗浄する超音波洗浄機で10万円をはるかに超えるのに、洗濯機に何をつけているのだろういつか調べてやろうと思っているうちに、店頭から消えていました。

投稿: SUBAL | 2007年2月28日 (水曜日) 00時20分

あのー、正直言って企画倒れです。とにかく安いものでごまかしたみたいです。いまは電解水式に切り替わったのもそこかなとにらんでいます。(洗濯物のばらつき検証が不十分だったのでしょう)
1回使ったきりです。ごめんなさい。

投稿: デハボ1000 | 2007年2月28日 (水曜日) 01時34分

超音波洗浄は、キャビテーションによって生じたバブルがはじけることで生じる衝撃波で汚れを落とすものですが、そのためには高いエネルギーの超音波を発する必要があります。しかし、布には本来多くの空気を含んでおり、キャビテーションによる衝撃波は期待できません。
サンヨーのは、そこではなくて超音波で泡と洗剤との親和性を良くすることを狙ったものだそうです。
オー!どこまでバブリーなのでしょう。
超音波の語感に飛びついただけではないのかなぁ。

国民生活センターの実験で、アウトとですね。
http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20020116.html

投稿: SUBAL | 2007年3月 1日 (木曜日) 00時02分

首記HP紹介、感謝いたします。
それででしょう、サンヨーさんはこの後に塩を入れて無膜電解水分解によるClガス生成・・・次亜塩素酸投入と同じ結果(この解釈は国民生活センターの過去のクレームによる。昔のこのBLOGの「水商売」のなかの【事例2】【事例4】というコラムに書いてあるのでご参考ください。他にもふれているのもあります。
http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2006/12/post_8ce7.html)を得たものと組み合わせております。我が家に有るのは、このモードを各々独自に駆動できるタイプです。(しかも売れ残りを妻が買い叩いた・・・妻には「分解したいならどーぞ」と言われてます)
次亜塩素酸作用を加味した方法は、鳥取三洋電機が持っていた技術をコラボしたもので、工場が琵琶湖のある滋賀県という事情を考えると全体的な商品企画の着眼点には一つの「思想」を感じます。ただし、洗剤を使わないモードはいずれの場合も洗濯容量を定格の半分以下にしているのは、多分実効を検討したのでしょう。(じつは私もこの次亜塩素酸式の技術を用いた医療用マシンを作りました。特許権は結構出願したものだけに、思いいれ「だけは」あります。尤もその表も裏も知ってるのが、私の遺恨でもあります(苦笑))ここまででご堪忍を。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月 1日 (木曜日) 00時31分

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