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続:体操なぞすなるものを

運動会と聞いて、思い出すのが、「仮面舞踏会」と「のりピー音頭」である・・・というのもなかなか珍しいであろう。
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当方、会社員生活を始めたころの話。
辞令を受けた。「・・・・・部勤務、但し、㈱・・・・・○○研究所在勤を命ず。」あれ、国内でも有名な工学系のシンクタンクである。というわけで、自分の会社より、在勤地の会社のほうが永くいたということになっていたことがあった。そこで、色々啓発されたところは今の私にかなり役立っている。さて、在勤地の机に行って見ると・・・「あれ・・・・・・」という話になってしまった。なんと大学の直上の先輩が目の前にいるのである。しかも鉄道趣味界でも有名な人であって、お互いに「・・・・・・」状態であった。(この人とは、別事業所に行ってもお世話になることがある。)

その意味疎外感は感じなかったのだが、驚いたのは「運動会」である。定時退社後社員はみんな研究業務もそこそこに1ヶ月後の運動会の練習・・出し物のトレーニング・・をするのである。これは、帰属性を大事にしている一面、創造性を各人に求める(たとえば振り付けなど)という積極的な意味合いがあったそうで、古きよき時代の会社員生活といえるかもしれない。石を投げたら「博士号取得者」ないしは「技術士資格取得者」がいるというわけで、ある意味とんでもなく高いスキルがある人ばっかりであった。(但し、人格的に高潔とは限らない・・・)
余談になるが、こういうスキルの高い人は、なんか別の趣味で、ストレス発散できるタイプの人が多いようで、なぜか旋盤加工で鉄道模型の挽物(例:ベンチレータ、車軸+車輪)を作るとか、テニスでは国体級だとか、囲碁将棋が相当の腕前であるとか、果ては家具を作ると職人を舌を巻くとか、寄木細工を趣味にしてるとか・・・・・、その点、インドア派の私は「廃線跡が専門で・・・」とかいえる時代でもなく、「歌が・・・」というとどうなるやらわからないので(苦笑)おとなしくしていた。
問題は、運動会に近くなると、昼休みに会社のスピーカーが一斉に、、「仮面舞踏会」と「のりピー音頭」を繰り返し大音響で鳴らすことである。前者はともかく、酒井法子の歌はあまりにも のーてんきに過ぎる.
さすがに毎日になると「つらい・・」といって逃げ出す・・・・けにも行かずである。
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運動会では、、「仮面舞踏会」と「のりピー音頭」を用いたダンスと盆踊りが披露された。確かに、このようなイベントを行うと、その後、研究員達は「遊びは終わった。さー働こう。」となって、気分がリフレッシュされるの間違いないと思う。ただ今になると、それらは企業に対する帰属性があることを前提としていることだし、他の事業体の人から見ると「無駄」と見える行事と思われかねない。それもあってか、かなり長い間行われた「運動会」もどうも、バブル崩壊を契機として中止になったということらしい。それが良かったか、悪かったかは、後の社会に対する業績が語るであろう。
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だけど、その後も、「仮面舞踏会」と「のりピー音頭」を聞くたびに、自分はその時代のことを思い出すのである。なんだかなあ

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(PS)のりピー音頭 (1988年7月6日発売)
作詞:森浩美 作曲:馬飼野康二 編曲:竹村次郎
カセットテープでのみ発売。有線・ラジオのプロモーション用のものを除きEPレコードでは存在していない。

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コメント

今は昔、学生時代に某大手塾でアルバイトをしていたときにグループ全体の運動会というのが豊島園でありまして、走る種目をほとんど制覇して商品をたくさんもらいました。今の職場に入ってから最初のうちは運動会のリレーなどに助っ人で登場して、大人げないと言われていました。(当時は日本ランキングなどにも入っていましたもので。。親善、親睦にはなっていなかったと思いますが。。。)

実業団のスポーツなども会社の団結力を高める意味があるように思いますが、最近はこのような部署がどんどん減ってきていて残念です。

投稿: KADOTA | 2007年1月13日 (土曜日) 20時57分

>実業団のスポーツなども会社の団結力を高める意味があるように思いますが、最近はこのような部署がどんどん減ってきていて残念です。

その余裕がなくなっている会社が現状多くなってます。またスポーツの選択肢も多くなったため、昔ほどCM効果を求めることも出来ないし、する意欲もないのでしょう。色々内実を聞いたこともあり、複雑です。
また、一般の社員が「会社のカンバンを背負ってスポーツに没頭する」スタイルをほとんど否定している現実。ある意味ではまあ当然ともいえますが、そこまでドライでいいの?という人物もおり、コンセンサス統一が難しいというのもあるんじゃないかなあ、と思います。

投稿: デハボ1000 | 2007年1月13日 (土曜日) 23時10分

> こういうスキルの高い人は、なんか別の趣味で、ストレス発散できるタイプの人が多いようで、
それも「余暇」「レクリエーション」とかいう水準ではなくって本格的というかプロ級というか、そういう人が多いような気がしませんか?
研究に徹底して打ち込んで一流になれる人たちだから、趣味も徹底して一流に、ということかもしれません。むしろ趣味のストレスを仕事で発散してたりして(笑)。
ある友人の座右の銘を紹介しておきます。「ホビーとレジャーは別のものだ。」いいでしょ?

投稿: TX650 | 2007年1月14日 (日曜日) 13時08分

>それも「余暇」「レクリエーション」とかいう水準ではなくって本格的というかプロ級というか、そういう人が多いような気がしませんか

いや、そうですよね。
ただ、技術部門の人間ですと現場との調和を最優先させることが業務の一部にあります。そういう人の中には一所懸命的な蓄積を持って技術的スキルとする場合が多く、着地点を見ているからどうしてもそのような多面的な視点を持つ人間を受け入れできえない素地がある。
一方長年研究に関わる人によっては理論があってこそ現実がある。従ってその間をつなぐのには意図しなかった自分の仕事外のスキルが役に立つと認識している人もいます。このタイプの人のなかには工場の設計部署とか生産管理部署のように「製品と寝る」「設備と寝る」「作業者と寝る」という見方を受け付けたくても出来ないひとも多いことは確かです。
変節できない研究員はかなりの割合でつぶれていきます。

どっちのタイプも、私が過去経験した人の中にはいます。そういう職場もあります。そうやって優秀だった専門職がつぶれていく現実もあることは情けないことです。

投稿: デハボ1000 | 2007年1月14日 (日曜日) 14時45分

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