« 職務遂行者の着衣 | トップページ | 起業セミナーを聞く »

老落語家の苦悩

今、国立科学博物館で開催されているMONODZUKURI展http://sokeizai.jp/japanese/topics/img/mono_poster_s2.htmに土曜日出先から回りました。(前日宿泊)耐震補強なのか本館の2F以上が閉鎖されており、見やすい展示環境とは言えず、開催者の苦労がその面で偲ばれましたが、まあやるだけいいというか、地道にこつこつと・・・という感じです。実際、鍛造による橋梁部品の製造なぞは、その信頼性もさることながら、作り方だけでも、若年層に「そそる」物があるのですが、そこまでの訴求力がある展示だったのかというと、少し辛い点を付けざるを得ません。次回に期待ですね。
---------------------
さてですが、12時半に外に出てさて上野駅のほうに戻ろうとすると、見たことも無い形のバス停が立っている。上野から浅草方面に行くバス(日立自動車交通)である。浅草かあ・・・しばらく行ってないなあ。六区も歩いてないし(あ、場外売り場に行くわけではありません)再建された花やしきも、どうなってるか見たいし、文献・書店めぐりはそれが終わってからでも時間を作れるだろうという思いっきりあまーい時間計算を元にバスに乗り込んだ。そういえばこのところ23区内で都営バスに乗った事がないことに慄然としながらも。(注:なぜか青梅街道の都営バスは乗ってますね(苦笑))
このバス、100円だからということではないだろうが、土曜日だからか小さいバスに一杯の立ち客を乗せて裏道ながらもそれなりの人の行き来のある処を走る。でTX線浅草駅前で下車。
----------------------
で、通りに出て行くとそこは浅草六区の真ん中、花やしきをぐるっと一回り、そして浅草演芸ホールの前に出てきたら、今日の出演者の木札が並んでいた。どうやら先ほど昼の部が始まったようである。(浅草演芸ホールは入れ替えがないので、そのまま夜の部の主任まではいれる)昼の部の主任は古今亭園菊師匠である。これはいいときに来たものだ・・・と思い木戸銭をはたいて入ることにした。土曜日だから当然満席(定期観光バスの分だけは別途確保してあるみたい)である。私は桟敷席に座ることにし、のんびりと足を伸ばした。木曜日・金曜日とかなりのWORK量であったので体を伸ばしたかったこともある。

中入りの前は伯楽師匠がかなり熱気のある一席を聞かせ、中入り後は席も満杯となる賑わい。こういう陽気な世界はなかなかいいもんだ。TVで見るのとは熱気が違う。逆に言えば演者は手が抜けないものである。昔は小便くさかったこの寄席も、少し直したのかすっきり見ることが出来る。
ところが、とりに入るに従ってなんか変な風向きになってきた。まず定期観光バスの客が退席した。だいたい、とりの出演の時は、客の出入りを許さない寄席が普通であるのだが、ここはそれをしないのかもと始め思った。(入れ替え制の鈴本演芸場であるとか、昼の部のみが定席で夕刻はホール落語になる 永谷ホール系の寄席、横浜にぎわい座はそうする)
ところが、肝心の師匠の声がマイクを通してるにも関わらず、余り通らないのだ。おや?

古今亭園菊師匠は、古典を忠実に、いたずらに噺をいじることなく演じる古典的な芸風である。そういう意味では器用でないかもしれないが、長屋の女将さんとだんなさんの掛け合いなどは、この人「その気」があるのかと思われるほど独特のボディーアクションがかわいらしくて、ほれ込むとたまらないのである。事実何回も賞をもらってらっしゃる。しかもこの師匠は、余りTVに出ない。寄席がすきなのとどうも上がり性らしいのである。NHKのラジオとかTBSラジオの「爛漫ラジオ寄席」(この「爛漫」は関東以北では有名な秋田の酒です)ではしばしば出てらっしゃったのだが、落ちのところでつっかえるというミスをしたのもある。それでも弟子の面倒見がいいということは評判で、女性の落語家を育てたことも知られている。
ところが、今回2階の一番前にいるにも関わらず、しぐさが昔のあのアクションでないぞ。で肝心の高座であるが、声の張りがないので、聞こえないので幾人かが出て行ってしまった。
一席が終わった。とりであるから追い出し太鼓が鳴って、そのまま師匠が引っ込むかと思いきや、
ご多忙な中 沢山の お客さんが お集まり下さり お楽しみ頂けたことと 安堵いたしておりやしゅ。決してうまいとはいえない私の落語を聴きに来ていただけたのも皆様のおかげ。(手を合わせて)感謝感謝でありましゅ。」 そこで頭を下ろして、座ったまま緞帳が落ちる。
2月上旬は池袋演芸場で昼の部のとりを勤めるようである。ここはキャパが小さいから聞こえないとか言うことは無い小屋であるが、彼はホール落語を軸足にせず演芸場を順繰りに回って声が枯れるまで、続けるつもりなのだろう。そこに彼の「無欲の欲」を私は見た気がする。まあ、老害という人もいるかもしれない。けど推されて彼は高座に立っている、否、座っていく気がする。((社)落語協会の幹部だったということもあるのかもしれないが)私は、そこまで頑張る師匠にある意味肩を持ちたい。
------------------------
昼席が終わったので、外に出ることにしたが、寄席の従業員がいたので一寸聞いてみた。
デ「園菊師匠、今日は声の張りがなかっったねえ。好きなんだけどねえ。」
職「この一年さすがに、お疲れになってらっしゃるようです。ぼちぼち79歳だと思いますが」
デ「ああ、そうですか」
職「けど、師匠を慕う人は多いんですよ。浅草では」
------------------------
確かに昭和4年2月生まれだそうだからそうなるわけで(考えると自分の父と同じである)自分の年齢を重ね、こだわりの多いこの老落語家の、昔見た喝の有るメリハリのある声で、とりに「芝浜」を演じた姿をなぜか思い出しながらつくばエキスプレスの乗り場に足を進めるのであった。
-----------------------
ところでですが、東京には落語協会と落語芸術協会の2つの団体があり、各々に落語家と他の諸芸の芸人(漫才・手品・漫談など)が所属している。関西のように芸能プロダクションが強いわけでなくて、芸人の相対的な数がおおいため、そうなっているだけである。
昔、フランス座というストリップ+バーレスク(ストリップの合間にする喜劇・ビートたけしなどはここで腕を磨いた)の場所、浅草演芸ホールの2階が・・・いま定席になっているんですね。
------------引用開始
渥美清、ビートたけしら多くの演芸人を輩出した浅草フランス座が、装いを新たに平成12年元旦、新たな演芸場・浅草東洋館として再オープンいたしました。
以来、漫才協団、東京演芸協会、ボーイズバラエティ協会http://bo-vara.com/を中心に、都内で唯一のいろもの寄席としてご好評をいただいております。
(いろものとは、落語以外の演芸、即ち、漫才、ものまね、コント、曲芸、マジックなどを総称したものです)
------------引用終了
ボーイズがこのように独自の舞台を持っているのは私も知らなかった。

話しを戻すと、私も話をしたり指導したりする意味では咄家とあまり違わない。パワーポイントを使うという意味では違うともいえるが、それじゃ古川ロッパのような無声映画の弁士と一緒だともいえる。大体売り出し中の陣内智則のスタイルなんぞはそこに根源を見出せる。(多分彼にその認識はなかろうが。)自分もその点を今後考えなければならない問題で、根源はちかいのかもしれぬ。
ある技術経営の大家の言にこんなのがある。「研究者・技術コンサルというのは芸者さんと似ている。ある意味どんな芸も踊れるようにするという研鑽と使命感がないと指名がもらえない」・・・失礼しました。

ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 職務遂行者の着衣 | トップページ | 起業セミナーを聞く »

コメント

某大学院教授に「次のお座敷はどこですか?」と聞いて失笑されたことがありますが(笑)。
(学外の委員会やシンポジウムで大活躍で院生指導の暇もない先生なのでつい…。でもそれが院生の論文のネタにつながったりします。)

投稿: TX650 | 2007年2月 1日 (木曜日) 03時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/13738314

この記事へのトラックバック一覧です: 老落語家の苦悩:

« 職務遂行者の着衣 | トップページ | 起業セミナーを聞く »