« 金は減るもの・なくなるもの | トップページ | 101回目のプロポーズ(最終話) »

メタンフェタミン(2)

(承前)

私も、この覚せい剤のことは、どういう経緯でこうなって、どういう経緯で認可されたのだろうという疑念が晴れず、(財)日本薬学会に行って、専門家の知見を伺った。ちなみに渋谷にあるこの土地は元々長井先生の居住地である。そこで私は、徳島大学副学長(元薬学部教授)渋谷 雅之氏の名前をお伺いし、この方しかいないという話を聞き、メールで質問をさせていただいた。かなり専門的な考証内容なので、これの詳細は後述する。また徳島県は長井博士の郷里でもある。

--------------------

また、日本薬学会などから受領した資料を基に調べた結果を下記する。
(参考:(1)日独いしずえの歴史--長井長義 2000年ドイツで行われた展示会の冊子・・・渋谷氏から拝受
    (2)㈱大塚製薬工場 大塚薬報 2006年10月号P4~15 特集 長井長義を知る(渋谷 雅之氏著)
(1)長井博士は明治18年から43年間(つまり昭和2年まで)エフェドリンという喘息薬を中心に抽出と精製に関する基礎研究を行った。当時として他の大学の教員を含めたグループを作って行った研究体制は画期的であった。東京大学医学部三浦教授などと共同し分担し合って、実験を行っている。
(2)1923年、エフェドリンが喘息の特効薬であることが、アメリカで証明され、全世界に広まった。
(3)これに限らず、長井氏は植物から膨大な量の、化学物質の抽出を行っている。
(4)三浦氏らとの研究の結果、著しく覚醒作用のある薬剤を見出していた。メタンフェタミンである。この結果は研究者等には知られていた。しかし、日本薬局方には1940年(長井氏没後)まで掲載されなかった。日本薬局方の編纂に長井氏が長く関わっていたことが、その理由だと思われる。ただし特許権は取得していた。
(5)長井氏が日本薬学会の会頭になったときの具体的な指針(今で言うとコンセプトみたいなものでしょう)が有る。1950年に分子生物学が台頭する事により変質するが、それ以降もこの文章は色あせてないと思う。
・薬品を出来るだけ人体に吸収されやすい形にすること。
・有効成分の不明な日本の草木を分析して、その成分を明らかにすること。
・化学合成によって従来無かった薬品を作り、未知の新薬を創生すること。

----------------------

このように、長井氏の姿勢は、薬の有効部の抽出という基礎研究をその一生に掛けたことは事実であるが、その薬理効果についても問題意識を持っていたことが分かる。しかし、その直筆の文章は残存していないようである。また、この研究は一貫して政府・及び軍主導によるものであった。それは国民に良薬を供給したいという、悲痛な願いがあったのだが、軍にとっても疫病対策などが必要であったため、その意味でも国策に合致したものであった。(征露丸→正露丸というのがいい例であろう。水が合わない等、腹下し対策の処方であった。この研究は当然メタンフェタミンの基礎試験なども含むことになる。考えるに兵隊が夜間短時間でも眠らないで立ってられる薬剤の検討などが想定できる。ただ、当時の薬品の副作用評価は今ほど厳格ではなく、薬害が起きるたびに厳格を増すというフイードバックシステムであった。ルーチンが滞ったり、障害(横槍)がはいると動かなくなる可能性は否定できない。

---------------------

ところでアメリカでは、なぜか1920年代にメタンフェタミンが認可される。この理由は分からないが、軍用に限定していたとの記載がある。
知人の60代の薬剤師は、以前ある外資系の会社に勤務していたそうで「かなり前だが、チューブに針がくっついていて軟膏状のものが充填された薬があり、米軍用に限定されて製造していた。兵隊が急な痛み・負傷から体を麻痺させ、気分を高揚させることに使うという説明があったが、厳重に管理されていた」という薬を扱った事がある由。アメリカで正式にメタンフェタミンが特別な事例以外使わなくなったのは、ベトナム戦争後であったと聞く。
メタンフェタミン正式認可の情報は当然日本でも知られていたと思われるが、副作用の想定も考えたのであろう。1940年に一般販売が始められた。市販薬として新聞広告もあった。(この広告では、栄養剤と同じような扱いで、覚醒剤とかいてある)その事例の結果は先の通りである。戦後軍用貯蔵品が放出され大量に出回ったのが、災いであったのか、その問題発生は目を覆うばかりであった。

--------------------

以下に 渋谷 雅之先生のご意見を記す。(了承済み)
(引用開始)
 私達科学者は、「将来人類の不幸にもつながるかもしれない研究はせず、それを助ける立場にも立たない」、という重大な使命を負っています。難しいのは「かもしれない」ことをどれぐらい予測できるか、ということです。「不幸につながる可能性」はどんな研究にも必ず含まれます。それを恐れては、「人類を幸福にする可能性」を追求することは不可能です。そこで科学者の資質は、人類の不幸につながる可能性をどの時点で認識できるか、という点に集約されます。そして不可抗力として「認識」を誤ることは、誰にでもあるものだと、予め自覚しておくことだと思います。その上で、不幸にも認識を誤ったと気付いたときは、その責任を、生涯、自信で負い続けることだと思います。科学者がそのような認識を誤った例は、アインシュタインの場合など、過去にたくさん有ります。アインシュタインの場合ですら、原爆が世界平和を保障する抑止力になるものだという認識をもっている国があります。「認識を誤ったことに気づく」ことそのものを、それほど簡単なことではないのです。科学者というものは、そんな大変な十字架を背負ってまで生きている存在だということは、世間の人に認知されるまで、科学者の苦難の道は続きます。多分永久に、かもしれません。
 もう一つ例を挙げてみたいと思います。「サリドマイド」という薬が承認され、使われた過程で、深刻な奇形を引き起こす作用があることが分かり、その対策の行政上の遅れが大変な薬害事件を引き起こしました。その後、この薬は使われることはありませんでしたが、学術上の研究は引き続き行われ、最近では癌の薬としての可能性が浮上し、有望視されています。「薬」と「毒」は、表裏一体のもので、使い方によって、どちらにも変身する例です。こんな難しい例を挙げなくても、アルコールを飲みすぎれば命が奪われることなどを考えれば自明のことです。
(引用終了)
当然科学者だけでない。「科学者」を「技術者」と置き換えても、その使命感は変わらないと、私は考える。

------------------------------------------

課題
(1)「薬」と「毒」は、表裏一体のもので、使い方によって、どちらにも変身する例。電子レンジも食べ物を加熱して、たとえば栄養改善に寄与する機材だが、一方これで幼児を殺した事例もある。これらを回避するために私達技術者は職分に基づいてなにをしなければならないだろうか。
「製品の設計・開発者」「工場などの環境関係管理者」「製品検査に関係し携わる技術者」などのパターンを想定し、討議の上発表すること。

(2)製造業では、時に取扱説明書で事故に対する責任回避をすることがある。これの事例をさがし、他にこれを避ける手法がないのか、検討せよ。

|

« 金は減るもの・なくなるもの | トップページ | 101回目のプロポーズ(最終話) »

コメント

「全てのものは毒であり、毒でないものはない。用量こそが毒と薬を区別するのだ」パラケルススは、こんな言葉を残しています。
メタンフェタミンは、
交感神経興奮剤(中枢神経刺激剤)。覚醒剤の成分の一つ。
分子式C10H15N、分子量149.2。第二級アミン
化学名・N-Methyl-1-phenylpropan-2-amine
これは全て、発見当初は世界を変える薬だと大騒ぎになったのんですよね。麻薬が??とお思いでしょうが、
毒殺で使われる青酸カリも、ごく少量だと精神安定の効果を得ることができますが、適量が難しく、実際に使うことは無いでしょうね。私は、めっきの関係で昔の会社で取り扱っていました。
本来、薬と毒は表裏一体であり実はどんな薬にも適量というものがあります。
適量を過ぎて、服用すると、体に害が及び、時には死に至ります。その値が低くて量の扱いが難しい薬です。
『毒薬』というのは、毒になりうる薬ということです。コントロールが難しい薬の一種です。
 乱用を防ぐために、覚せい剤取締り法等厳しく取り扱いが制限させている。面白いところで、法定の除外理由で、所持できる者は、医師はもちろん、麻薬取締官(厚生労働省・都道府県取り締まり官吏)がいますよね。
 

投稿: 職業訓練指導員 | 2006年12月 1日 (金曜日) 19時48分

「製造物」にかかわるものは、それが使われて
社会が便利になるの?
みんなが幸せになるの?
悪意に満ちた困るひと本当にいないの?
の3つの問い合わせからなると思います。私、不覚にして青酸カリにその薬効があるのを存知ませんでしたが、生成したものを他者がいかなる使い方をするかを想定して、設計・計画をすることが本当の工業技術者であるはずなのに、どうしても優先範囲が、利益・工程管理などに先を向いてしまう。ないしは「発注先が言うことだから」で考えを逃げていってしまう。
私は、組図面を書くにあたり、自分の仕事が本当にいかなるスタンスで世間に受け入れられるのかを一度、1分でもいいから考えてほしい(経営企画ならばコンセプトメーキングに組み込んでほしい)という思考訓練の一助として書きました。ご教示感謝します。

投稿: デハボ1000 | 2006年12月 1日 (金曜日) 23時51分

職業訓練指導員さま
>「全てのものは毒であり、毒でないものはない。用量こそが毒と薬を区別するのだ」パラケルススは、こんな言葉を残しています。

この文面使わせてください。非常に含蓄有る言葉ですから。(メタンフェタミン(1)に)

投稿: デハボ1000 | 2006年12月 3日 (日曜日) 02時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/12887163

この記事へのトラックバック一覧です: メタンフェタミン(2):

« 金は減るもの・なくなるもの | トップページ | 101回目のプロポーズ(最終話) »