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PDCAとPDSの違い

またかよーといわれそうな話であるが、少しお付き合いください。
先にPDCAという会社とPDSという「方言」を使う会社があると書いたのですが、どういうことでしょうか?
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PDCA: PLAN DO CHECK ACTION の一連のサイクルによって業務改善を推進
PDS : PLAN DO SEE(見る・・・細かく見るのではなく卓観的に見る)
 

一寸ニュアンスがちがうんです。
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PDSというのは細かくカウントして常に100%改善を目指すことせず、80%ぐらいまでのところで改善活動を方向付けしてまたP・・・PLAN・・・にもどす。要するに1回で完璧をめさすと、完全になるまでそれだけ手付けもおくれるわけである。それよりも改善したことはすぐ即座に早期刈り取り成果還元を目指して、実行できるものはすぐしたいのがカイゼンなのであって、概略出来たというところで改めて改善の方向を定める方法なのである。その分改善サイクルが早くなるということを、狙っている。「すぐやる。いまやる。必ずやる。お前がやらなきゃ誰がやる。」
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どっちがいいのか・・・・ということを議論する必要はない。要するにPDSは改善速度を早く、繰り返してするというわけで、完全なものを作るということが出来ず、最後は微調整にたよる非量産工程に関してむしろ使われる。それと、工業的なもの以外では、医療にもこの方法が無意識下に垣間見られる。
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思い出してみよう。
製造におけるPDCAについての話であるが「うどん」の例(承前)からもわかるように、やっぱりPDCAが基本なのである。メーカーが物を作るときの開発工程で比較するとよい。
(1)基礎研究:P-こういうものが出来るから基礎研究をしますと提案書を描く
         D-構想がまともなものか、その一番コアとなるところについて実験観察をする
         C-目的にあったものか否か、各種計測を行って実力確認をする
         A-目的にあったものならデータのばらつき理由・だめなら阻害要因を解析する
         P-この結果を生かして、以下のものが出来るという、理論計算・実験計画を作る
                 ・
                 ・
(2)前期試作:P-こういう結果があるからこんなものが出来るという実現性を持たせて提案書を描く
         D-構想がまともなものか、コアとなるところに実際の機構などを取り込み実験観察をする
         C-構想にあったものか否か、使えるか使えないか各種計測を行って実力確認をする
         A-目的にあったものなら仕様要件・だめなら阻害要因を解析し、概略製品価格まで織り込む
         P-この結果を生かし、問題点を潰したら出来るという、理論計算・実験計画・試作品計画
                 ・
                 ・
(3)後期試作:P-こういう結果があるからこんなものが「販売できる」という実現性を持たせて提案する
         D-構想がまともを前提に、全体にコストを考慮した設計を取り込み、加工技術も含め実験する
         C-商品性にあったものか否か、使えるか使いにくいか各種計測を行って実力評価をする
         A-目的にあったものなら仕様要件・だめなら阻害要因を解析し、概略製品価格まで織り込む
         P-この結果を生かし、問題点を潰したら出来るという、理論計算・実験計画・試作品を作る計画を建てる
                 ・
                 ・
(4)製品研究:P-こういう製品ができるからこれがが「作られる」という確信を持ちそれの会社に対する・社会に対する良否を検討する
         D-構想が本当にまともか、全体にコストを考慮し商品性確認をし、いくらかの数を作って、本当に品質的な安定性があるかを、加工技術能力の評価も含め実験する
         C-危険がないか、法規に反していないか各種統一した評価基準を作って実力評価をする
         A-だめな点、改善すべき提案を解析し、概略製品価格まで織り込む。また異常作動などが起こりうる条件を選定し、再現するものかを見極める
         P-この結果を生かし、問題点を潰したら出来るという、試作品を作る工程管理を織り込み、問題点を潰していく
                 ・
                 ・
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なお、一連の動きは研究・商品においては商品性などの折込を前期試作の段階で織り込んで製作していくわけである。それは工業製品でもそうであり、その一部は工業系の研究開発・商品評価部署(たとえば国民生活センターとか)でも使われているのである。OUTPUTが製品か、製品評価文書か、・・・の違いであるわけ。
苦言を呈すると、研究機関の商品化研究に置いてPが曖昧であったりCが曖昧であったりしていることがたまにある、それは、論文作成後補強実験をしなければならないけれども、そこを補強すればいいのに、欠落内容がみえないで製品開発・研究に突入し、玉砕する研究所OBのベンチャーさんがあるのが気がかりである。 
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ところで、医療崩壊という相互信頼感欠如が今のまた医療でも底流に流れている。医療のパターンもPDCA PDSであると考える。私も慢性疾病があるが、その経験を考えるに
(治療)    :P-こういう症状があるからこれが有意であるという実現性(評価装置データ)をみて処方する
         D-その計画を物に、投薬・電気治療などの物理的療法で評価する。
         C-明らかな効果が見えているかどうかと各種評価装置(Xrayとか・・・)で変化を把握
         A-目的にあったものなら仕様要件・だめなら阻害要因を解析し、概略治療計画まで織り込む
         P-この結果を生かし、実用性をみて全部を評価し、再度処方するのと及び方針の最適化を目論む
                ・
                ・
という治療方針と実態のずれに対して対処していくのが、たいていの話。

ところがここで問題となるのは、このような病状でなくもっと急激な、緊急治療などの問題のときである。急病・事故などで緊急患者が来て、さあて、よっこらしょ・・・というような医師は職務的にもありえないだろうと思う。(実際はどうか知らないが)
研究医にはPCDAを繰り返すことによって確実な治験結果の集積が求められる。ところが、臨床医の前には現実に切羽詰まった時間が、そして生死に関して切羽詰まった患者がいるわけで、そこで「さあどうしよう・・・小田原評定を始めるということは生死に関わること。しかも高級な先端医療の場ではその判断は一刻を争うからこれはだめだねえ。
一刻を争うというのは、上の治療のPDCAに載せられるように緩解することにするというのが、第一弾の目標と言い換えられる。
ある臨床医はこんなことを語ってくれた。「臨床は一見で勘で症状と対策案を見極めることが必要・・・」これは頭の中に症状の雛形が入ってなければならないのである。従ってPDCAサイクルではタイムサイクルが長すぎて解決できないのである。

(緊急治療) :P-こういう症状があるからこれが有意であるという実現性(評価装置データ)を経験から割り出す
         D-その計画を物に、投薬・電気治療などの物理的療法で評価する。各種評価装置(Xrayとか・・・)の状況を即応する。
         S-少しでも状況に好転が見られたらそれを維持しながら、次善策を速攻で模索。変化なし、悪化なら方針を変えて、すぐDにまわして評価
         P-この結果を評価し、再度検査内容を精査し、緊急の手術などの方針を決定、その間にも評価計測を併用し、方針の最適化を目論むのと、ブレを最小限にとどめる。同時にそれがこけた場合の事前策も現場で作る。
これを即断しなければならない。注意したいのは、PDSの方法は80%OKサイクルを沢山繰り返すことが本義だということ。初期の段階でどう判断するかで決まってしまうこともある。不幸にしてこの残余20%に入ってる判断をしたらどうなるか、ダメであることもあろうし、次のPで方針をそうとっかえすることもある。もちろん0.2^nで、危険サイドから安全サイドになるわけであるが、0.2^∞>0なのである。しかも時間との戦いである。nの回数も実質的に患者の体力などのこともあって限界がある
で、もし、治療の途中で時間が足らなかったという事もある。ドナーがいないので待つなら、緩和処置を取る必要がある。このようにコミニュケーションを医者・看護師・検査技師(突き詰めて考えれば医療チームと表現するべきであろうか)が一体となる活動をしなければPDSサイクルは意味が無いことになる。従ってうがった見方をすると、SはSpeedの意味だなと考えてよいのかも。当然なのだが人間の死亡率は100%である。(ちがうのは生きている時間である)悪いベクトルに走ると亡くなることはあるわけだが、この判断に司法が入る余地(過失責任)が全面的に入るには、一寸医者の思考回路や概念を考えなければならない。それは医者の倫理概念であるだろうが、倫理を司法で完璧に絞り込むことが、できるのか。法医学の現場の意見もいれ、ブレを抑える下地はつくるのは今じゃないでしょうか。
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これを見てわかるように、PDSというサイクルの考え方はとにかく即断即決であり、高度保有技術をもつ現場で緊急の作業を行うサイクルである。機械の場合は、メンテナンスの一部、原子力、爆発物以外はここまで切羽詰ったサイクルは必要かというと???である。(というと消防関係はPDSサイクルが必要なのかも
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・PDSサイクルで動かなければならない医師、看護師たち(医療チーム全体)
・PDCAで確実に治療を行う医師と薬剤師、看護師たち
・PDCAで先端を探索する医療研究者や薬剤師、看護師たち

これを全部同じ人間に完璧にやれというのは、訓練という意味もあっても不可能である。そしてそれで医師の技能を平準化することは余り意味が無いのがおわかりいただけたかどうか。
そこでPDSでうごく業態(先端医療の一部・外科に代表される救急医師・夜中でもいつおきるかわからない出産に関わる産婦人科医師・症状把握が口頭で不可能な小児科医師・など)これらの診療方向を定める倫理基準を作ることは必要、だけどそこは官僚のあるべき姿に対する作文ではなく、現場の人間の現場から錯誤してきた経験から積み上げなければならない。経験が実績を作り、実績が信頼をつくり、信頼が医師らに経験として取り込まれる。まずそこをコンセンサスが取れるための集約点を、どこかでOPENにしなければならないのではないか。
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私は今まで、技術者倫理をメインに話してきたが、医者も技術を司る一員と読み替えれば、医療界には医療倫理というお手本がある。いやなにもこれらに関係なく、職業を持つ者は少なくとも何らかの倫理が必要であり、根なし草のようにふわふわしてても実態の解決にはならない。幸いにも医療ではいままでどのように責任感を持って仕事をしていくかという、良くも悪くも一つの雛形・事跡・実績がある。技術者・研究者は倫理感を持って責務に当るわけであるが、そのなかには国ごとに医療に対する考え方が違うように、研究者の責務・技術者の使命があり、微小な差を持ちながらも、総合的に作業を遂行している。
この事を考えて、もし病院に通うことがあったら、医師・薬剤師・看護師さんたち、医療従事者Grを一つのプロジェクトとみなしたとき、その動きを観察し、「おれだったらこう考えるな」という思考実験を心の中で繰り返してみることを一度お勧めする。

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コメント

用語ですが、2001年の法改正により「看護婦」「看護士」を総称した「看護師」という呼び方をするようになっていますので、このような論評ではそう正確に記述された方がいいと思います。
あと「PDCAで確実に治療を行う」「PDCAで先端を探索する」看護師も多数いると思います。現代では、医師の指示通りに働くアシスタント業務だけが看護業務ではないし、「看護学」という研究分野も確立されてきているのです。

投稿: TX650@看護師のつれあい | 2006年10月 8日 (日曜日) 19時46分

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%B8%AB
どういうわけか「看護士」にまとめられたと誤解してました。
(逆に当方のところに技術師・・と間違えた郵便も来るんですよ)
「PDCAで確実に治療を行う」のところは確かにそうですね。今、産婦人科でいろいろもめてるので、一寸躊躇した経緯があったのですが(あれは利権争いという解釈もあるそうで)この文章ではそこを訂正しました。

投稿: デハボ1000@薬剤師のつれあい | 2006年10月 8日 (日曜日) 20時53分

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