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夢の跡/ドリーム

奈良ドリームランドが無くなった。横浜ドリームランドが無くなってもう5年ぐらいたつ。夢が2つとも、いや3つ消え去ったのであろうか。
----------------------------引用
横浜ドリームランド(よこはまドリームランド)は、神奈川県横浜市戸塚区俣野町で営業していた遊園地。日本ドリーム観光株式会社の手によって1964年8月1日に開園し、2002年2月17日、経営悪化のため閉園した。兄弟的存在である奈良ドリームランドが先に開園していたが、当初は東京近郊に建設する計画であったため、奈良に次いで、横浜ドリームランドが開園した。日本ドリーム観光がダイエーに吸収合併された際には、引き続きダイエーと、その子会社であるドリームパークによって運営されていた。
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私の家から、ここの観覧車はよく見えた。一種のランドマーク的存在で、人様にも
「どちらのほうにお住みで」
「ドリームランドから2キロぐらいですかね」
「渋滞で大変でしょう」(後述)
「そうなんですよ。プールのある夏季にえらいことになったことがあります」
・・・
で説明がつくぐらいであった。
また子供と一緒に観覧車に乗ったこともある。高い景色は気持ちがいいのだが、観覧車の骨組みのあちこちで地肌の鉛丹ペイントが剥げはじめているのに気がついたら・・・むしろそっちのほうが怖くなってしまった。
先日地元商工会で、最後の「運営部長」にお会いした。部長といってもいろんな設備・装置の運転・保守を担う人で、総員のかなりの部分を管理していたようだ。、高校卒業後まじめに働き、まあ最後まで見届けたという人らしい。思い入れがあるという話であった。興にのり、挙句に一緒に最終バスまでご一緒した。(自宅が近所だったのだ)
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「開園」
1964年8月1日、松尾國三率いる日本ドリーム観光が毎日新聞社の後援を受け、横浜ドリームランドを開園した。松尾は「観光立国」を標榜し、かねてから東京近郊での一大娯楽施設を開設する事を目論んでいた。開園当初の横浜ドリームランドは、「日本のディズニーランドを目指す」という松尾の構想に基づき、広大な敷地に遊園地やボウリング場、スケート場、ショッピングモール(注意:商店街である。相鉄ローゼンなども入っている)、ホテル、映画館、そしてアクセス用のモノレールまで用意した、当時の日本国内でも屈指の一大レジャー施設であった。
「斜陽」
開業翌年の1965年には、隣接地に当時日本一の高層建築物であった「ホテルエンパイア」が完成した。さらに翌年の1966年5月2日には横浜ドリームランドと大船駅を結ぶモノレール大船線が開通したが、技術上の欠陥により僅か1年5か月後の1967年9月24日に運行休止に追い込まれ、訴訟沙汰にまでなる。この結果、最寄駅(大船駅・戸塚駅)から距離の遠いドリームランドへのアクセスは路線バスに限られてしまった。(中略)また、東京都内や横浜市街から自家用車で来場する場合も、神奈川県内屈指の渋滞箇所、国道1号原宿交差点を通らなければ(・・・ここで曲がらなければ)ならなかった。この交通アクセスの悪さは、以後閉園に至るまで横浜ドリームランドの致命的なウィークポイントとなった。
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今でもラジオの交通情報を聞くと原宿交差点と戸塚警察署前は渋滞の名所である。当然これと交差する県道も同じぐらい渋滞する。ちなみに、多少の渋滞を考慮しているだろうが、大体、路線バスは戸塚-ドリームランド:所要20分(日中8本/時間)大船-ドリームランド:所要20分(路線は旧道経由なので渋滞を多少回避する 日中4本/時間)の運転である。他にも区間運転あり。
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モノレール休止後間もない1970年代初頭には早くも資金繰りに苦しむようになり、敷地の東側半分近くを売却せざるを得なくなった。売却された土地には、神奈川県と横浜市によって「ドリームハイツ」という名の高層団地が建設された。
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このため皮肉なことに、バスは満員御礼、結果的に運行が確保されていることになる。今でも朝ラッシュ時は戸塚口では2~5分おきである。(但し、盛時よりは減っている。乗車率調査で、バスが多すぎてバス同士で渋滞の原因を作っているとかいう、一寸変な話も耳にした。)当然途中の地域(国道1号線沿い)に団地が沢山でき、一般の低層住宅も増加していることも影響しているのだろう。大船行きでも、やっぱり原宿交差点を渡るから定時間運行が難しい。(但しこちらはまだ住宅地としては目だっては増加してない。新しく私立の学校が出来たことがあって、バスの混雑は少しあるみたい。)
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「衰退」
それでも1970年代から1980年代初頭にかけては、京浜地区で同規模の遊園地が少なかった事から入場者を集め、一時は年間120万人を数えたが、1983年に本家筋とも言える東京ディズニーランドが開園した事で決定的なダメージとなってしまう。(これは想定外でしょうなあ)たちまち客を奪われ経営は急転直下の道を辿る。創業者の松尾國三も翌1984年に死去し、1988年に松尾の盟友で中内功率いるダイエー傘下に入った。
これがまた、程なくバブル崩壊を迎え経営はいよいよ末期的となった。それなのに頼みのモノレール運行再開計画は遅々として進まず、1993年に同じ横浜市内に競合施設となる横浜八景島シーパラダイス(注:私は純粋に競合しているとは思っていない。八景島自体はあきらかにディズニーランドなどと方向性を違えていたので、食い合いが生じたとは考えない)が開園し、少子化やレジャーの多様化が追い討ちをかけて客数は減少を続け、年間入場者は最盛期の約半分程度まで落ち込んだ。1995年には長年開店休業状態であったホテルエンパイアが廃業したが、それでも横浜ドリームランドは、細々と営業を続けた。
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わたしとしては、細々というレベルではありませんね。特に新聞屋さんが持ってくる入場券で何回も通いました。特にプールをやってるときは、周辺道路が渋滞し、バスがまともに動かない状態であった。
思い出すと、盛夏の折、私たちもバスにのって行こうとしたら。バスの運転手が「ダメだよ。今日は。プールの中まで渋滞してるよ。」要するにタダ券の配りすぎで道も渋滞、バスは動けず、プールも満杯である。翌日の朝、バス会社と遊園地の連名で、お詫びの張り紙が各バス停にはられていた。
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閉園
しかし、ダイエー本体の経営不振が深刻化し、銀行側から2002年の内に約100億の負債を処理しない限り今後の融資は出来ない由宣告され、不動産としての資産価値が高い横浜ドリームランドは、営業継続よりも敷地の現金化が得策と判断され、翌2002年2月17日、横浜ドリームランドは37年6か月の歴史に幕を閉じた。跡地は当初、銀行の仲介で中古車流通会社・USSに売却され、同社がこの地でオークション会場として使用する予定であった。しかし、ドリームハイツを中心とする近隣住民は、道路渋滞の増大(もともとこの地が自動車渋滞で慢性的に問題となってることを考えたらわかるであろう)や環境悪化等の原因になるとして、これに猛反対した。
結果
(1)横浜市はホテルエンパイアの建屋やボウリング場を含むを敷地の半分を都築第一学園に売却し、同学園によって2006年に開校された横浜薬科大学の校舎(ホテルエンパイアは教官棟・・・バベルの塔みたい。ボウリング場は、教室・・一部厚生施設としてボーリング場が残っているらしい!)になった。
http://hamayaku.jp/index.html
(2)残る土地を公園・野球場・市営霊園として整備することになった。
(3)隣にあったダイエー系の商業店舗も撤退させた。(もっとも近郊にダイエー系の店舗は多くある。戸塚・湘南台・阿久和(いずみ野の近く)・三ツ境)
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ところが、「ドリームランド」というバスターミナルは神奈川中央交通の手で立派に稼動しているのだ。しかもご丁寧に系統表記・運賃認可などの問題かそのまま保持しており、神奈川中央交通社内のみならず、車内放送テープまで(例)「ドリーム・大船駅方面はお乗換えです」とアナウンスする。(ドリーム・・・だけしか言わないのはかなり前からで、ドリームハイツの乗り換えも兼ねてるからかもしれないが、「ドリーム」が符丁みたいになっている)
もともと、遊園地以外になにも無いならそういうことが無かっただろうが、大学が来る、団地がある、銀行もある、スーパーもあるし八百屋もある。となれば一種の集積地になるわけでドリームランドはいつのまにか「死んで名を残す」遊園地になっていたのである。
また、末期はモノレールの既設路線に関しても、かなり官庁・民間ともに興味があったようである。ダイエーはこれの復活ないしは新交通システムへのカイゼンを「真剣に」考えてたみたいだが、もう沿線の敷地は在形のまま切り売りされており、多分大幅な立ち退き交渉と施設改善が必要だったであろう。(コンクリートの老朽化もあるが、それ以上に感覚的に見てもひ弱な梁構築物で、修繕できる状態ではなかったと考える。)この事は1997年に策定され横浜市企画局が推進した「ゆめはま2010プラン」の中にドリームランド線運行再開事業があり、1996年事業化検討、2001年実現を目指していた・・という文言が証左となる。
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旧ドリームランドへは大船駅・戸塚駅・横浜市営地下鉄立場駅・(小田急線湘南台駅・藤沢駅)などを発着するバスしか交通機関がないが、立場駅発着便を除いては、県下屈指の渋滞箇所として悪名高い国道1号・原宿交差点を通らなければならず、横浜薬科大学に通学する学生の輸送のためにバスの便数が増え、ただでさえ酷い原宿交差点の渋滞をさらに悪化させてしまう、というのが再開希望派の住民の主張であった。(注:立場発着便も大船と直通運行でドリームランドに寄り道する形なので、原宿交差点の渋滞はかなり影響する問題点がある。)
しかし現実問題として用地の再取得が不可能な上、現在ではかつての延長計画とほぼ同一のルートで市道環状4号線が開通し、立場駅から湘南台駅までの横浜市営地下鉄沿線へバス路線を増やせる見通しが立った。(なお現段階では、路線の引きなおしは、市側の財政問題・公的補助の原資不足もあり凍結していると聞く。)交通上最大の障害であった原宿交差点も立体交差化工事が着手された。ドリームランド線の事業者だったドリーム開発株式会社が2005年11月に解散し、現在の土地所有者でもある横浜市が横浜薬科大学への交通便をバスに限定する方針を宣言している。確かにこの大学には駐車場がない。(但し学校のバスが往復している。現行の湘南台方面(1~2本/時間)は確かに路線バスでの通学は不自由なのだが、戸塚側は結構通勤・通学に使えるレベルの運行。なにも戸塚方面に学校のバスを走らす必要は無いと、私は事務所の窓から見ているのだ。)

ところで、ドリームランド駅-大船駅の路線が最初開業したが、さらにドリームランド駅-小田急六会駅(現:六会日大前駅)までの路線も開通させる計画が当初あった(あとから長後駅までに変更)。路線免許申請はなかったが、ドリーム交通や日本ドリーム観光の公式文書などに明記されている由。ドリームランド駅側付近の軌道の一部に、複線用の橋脚が使われていたのはその為という。また市に売却したドリームハイツ(マンション)の敷地はモノレール軌道の延長線上にある(複数)ことを考えると、どうも、延伸計画が破綻したことがこの所有敷地を売却するトリガーになりうる。
 ドリーム交通大船駅(JR大船駅から数100メートル先、柏尾川沿い 単線2面)のプラットホームは長らく放置されていた。1980年代後半に芸術家グループが駅本屋を「ワークショップ」として利用していたこともある。当方はこのころ、お伺いして内部を見せてもらったことがある。駅舎の中には運賃表記・時刻表記(終日30分毎)などもあった。しかし、経年劣化により腐食した鉄骨が崩壊する恐れが(というかコンクリートの崩壊痕跡がすでに)あったため、1992年2月に軌道のみを残して撤去され駐車場となった。(今考えると1992/1らしい)いまは更地、宅地化されている。
下記するがモノレールを引いたのは、奈良の遊戯施設が成功を収めたからかもしれない
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奈良ドリームランドhttp://www.nara-dreamland.co.jp/
奈良ドリームランド(ならドリームランド)は奈良市北部(奈良市法蓮町1900)にあった遊園地。日本ドリーム観光株式会社が1961年7月1日開業。1993年、ダイエーが日本ドリーム観光を吸収、同グループの株式会社ドリームパークが経営していたが、2005年11月に経営再建中のダイエーは事業整理の一環として経営権を不動産会社の株式会社テンラッシュに譲渡。顕在化したUSJ開業後の入場者数の落ち込みに伴い、2006年8月31日に閉園された。ディズニーランドを模倣し、「未来の国」「幻想の国」「冒険の国」「過去の国」「メインストリート」の5つのエリアで構成(開園当時)。また、「潜水艦」「大海賊」「モノレール」など、当時では画期的なアトラクションを採用し、人気を博した。なお、跡地利用についてはまだ決まっていない。
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こちらは小・中の時にお世話になりました。このところ関西の経済は関東に比べ上向きとはいえず、考えれば、桃山城キャッスルランド・枚方パーク・あやめ池遊園地・甲子園阪神パーク・宝塚ファミリーランド・みさき公園・八瀬遊園 etc みーんな過去帳に入ってしまった。

そういえば、ロッキード型にちかいモノレールがありましたな。単に公園外周をまわるだけでしたが、初めてなので無性に面白かった記憶がある。
主なアトラクション・施設
アイススケート*
木製コースターASKA (類似の施設あり)
アンティークカー
イベントホール *
ウッディーガーデン
お城
お化け屋敷(洋風・和風あり)*
外周列車 (類似施設あり)
キッズバイキング
ゴーカート*
ジャングル巡航船 *
スカイウェイ - 末期は奈良では休止 *
スクリューコースター *
スペースライナー - 末期は休止
スワンサイクル *
展示会会場
ドリーム神社 (類似施設あり  下記)
バギーカート *
馬車鉄道 - 末期は廃止
ファンタジーコースター *
フライングスインガー *
フラッシュダンス
プール *
ボブスレー
メリーゴーラウンド *
ラウンドパイレーツ *
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上の列挙した中に*をつけたものは、横浜も奈良もほとんど同じ設備である。はじめてこどもをつれて横浜ドリームランドに行ったときは、私はむしろ郷愁さえおぼえたものだ。関西で成功したものを横浜で展開させるというのが、ポリシーなのだろう。(上にある馬車鉄道は両端がループになっている本格的なものだ。)
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さて、ここもバス(奈良交通)が走っており、基幹路線としてJR奈良-(ドリーム)-JR加茂 JR奈良-(ドリーム)-近鉄高の原のバスが走り(あわせて8~12分ごと)、しかも主要経由地になっている。関西線の加茂電化前はもっと多く走っていたのであるが、これは周辺全体が急速に住宅地化したことも関係するのであろう。しかも前者の路線は大仏鉄道(関西線のショートカット路線、勾配がきついなどで廃線が早かった)の廃線跡を走る。加茂行きには他に浄瑠璃寺経由があることから、ドリームという経由地呼称も健在である。
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勝者だったものも駆逐され、消え去ることはあまりにもたやすい。しかしなぜか、ドリームの名前が残っているというのは、ドリームという名前があまりにも「夢」というわけで魅力的だからか。

あと奈良との縁を感じるのは下記内容である。
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相州春日神社
創業者松尾國三は、横浜ドリームランドの建設に際してその発展と繁盛を願い、敷地内に奈良県の春日大社から分霊を受けて「ドリームランド春日神社」を建立した。その後、神社とドリームランドとは敷地・組織とも切り離され、「相州春日神社」と改名した。境内には本場春日大社よろしくシカが飼育され、参拝客が鹿せんべいを与えられるようになっており、せんべいを与えられたシカは甲斐甲斐しくお辞儀をする。
横浜ドリームランドの廃園時には相州春日神社は既に別組織であったため、跡地の整地・売却後も現存しシカたちも健在である。ここが学校と市営公園との境界線に位置することもあったのだろう。

参考文献
http://members.jcom.home.ne.jp/dream41830/dreamindex.htm

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コメント

横浜ドリームランド、最後に行ったのは高校生ぐらいの時かな。

その後モノレールの復活を聞いて、喜んでいましたが・・・

今日もうちのスタッフがドリームランド前を通って打合せに行きます。

投稿: みどりかわ@ミナロ | 2006年9月28日 (木曜日) 07時59分

横浜にドリームランドがあったことすら、知りませんでした。。
 
奈良ドリを筆頭に、関西の遊園地、もうないんですねぇ~
私にとっては、特に子供の頃の思い出は「八瀬遊園」です。
夏でもやたらと冷たいプールの水や、釣った鱒のから揚げの味は、
今でも鮮明に覚えています・・・

投稿: Mr.T. | 2006年9月28日 (木曜日) 12時14分

今、残ってるのは、というわけで調べました。ひらかたパークは生きてるんですね。修正します。
【エキスポランド】大阪万博跡地「万博記念公園」内遊園地。
【海遊館】世界最大級の水族館。
【ひらかたパーク】スリル満点のアトラクション
【HEP FIVE】観覧車がある阪急デパート。
【ユニバーサル・スタジオ・ジャパン】
【東映太秦映画村】タイムトラベル気分を味わえます
【神戸ポートピアランド】夜景がめちゃキレイです。
【姫路セントラルパーク】サファリゾーン・プレイゾーン
【姫路市立水族館】全国でも珍しい「山の上の水族館」です。
あるといえども、毛色がかなり変わりましたね。
八瀬遊園・プールの水がめっちゃ冷たかった。沢水ですもんね。

投稿: デハボ1000 | 2006年9月28日 (木曜日) 19時31分

ただ単に賑やかにいろいろある遊園地から、特定のテーマを持ったいわゆるテーマパークにシフトしてきている、ということのようですね。

投稿: TX650 | 2006年9月29日 (金曜日) 09時07分

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