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20年周期

このところ横浜線に乗ることが多いが、八王子側から東急5000の搬入が目白押しである。この前は町田を出てすぐ、電機に引かれた5000に遭遇し、八王子についてみると、新車4両がおいてあった。翌日はなかったからその日のうちに搬入だろう。長津田で電装をつる作業を行うはずだから、ぼちぼちと準備が進んでいるのであろう。そして8500などがドナドナ・・・と伊豆急行に引かれていくんだろう。そして旧113 115が解体されていくのだな。もののあわれである。
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と、軽々しく5000と言っているがこれは今の話。昭和29年初出の東急5000系はエポックメーキングであった。
この前某学会に出席したところ、その道では高名な人(技術評論家でもあるらしい)らしいがアクの強い方がおられ、曰く「戦争で辛くも培った飛行機技術はみんなプリンスとかスバルとかに吸収されていったのだ。したがって鉄道と自動車の技術に共通性を見出すのは、難しい」と大声でしたり顔で自説を論じておられた。その前に技術質問した当方としては、複雑な感覚である。ここで大声上げて「バカモノ」といっても屁のツッパリにもならないが。
確かに、乗用車のルーツを考えると、敗戦のあと たま電気自動車→プリンス自動車というように技術者は流れたし、富士重工 川西航空機→新明和工業 三菱重工業→三菱自動車というルートでオートバイなどの技術も取り入れながら自動車・特装車を作った会社が存在する。
バスボディなら、富士重工 呉羽自動車工業 日国工業(→日産車体) 金沢産業 川崎重工業はそのモノコック構造を民需転換に図るようにした結果、バスビルダーとして一家を成すわけで(後の変遷はここでは触れないでおこう)その意味での、人員のシフトは否定しない。
だからといってそれONLYが流れかと決め付けるのは野暮というもの。東急車両 武庫川車両 ナニワ工機は、朝鮮総督府の鉄道・南満州鉄道の人員を導入して立ち上げた会社というのは有名である。(東急車輛の工場は旧軍の工場をそのままつかっている。工場の中には「クレーンは空襲時にはここに戻せ」という看板が残っているらしい)だからこそ、モノコック車体の量産化に成功した東急(朝鮮総督府鉄道では軽量化客車の検討・研究が行われていた)をはじめ、軽量車体はナニワ工機も一家言ある会社であった。この製品のなかには当然飛行機の技術の核は入っていると考える。
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技術は収斂し、よいもの・悪いものは一時的に淘汰されるが、10~20年たつとそれを改善した、モディファイした「新規技術・ないしはそれに類するもの」が勃興する。そのとき必ず他業界の傾向を大所・高所から俯瞰している人間がいる。それを横展開して違うものがうまれる。その技術の巧痴を判断するのも結構大切だが、そういう横並びの考え方において自動車は優秀、それに反して鉄道は・・・なんという視野の狭い文言であることか。
 私が会社員時代に検討した、磁性流体というシール機構要素がある。そのころは、基油がよくなく温度依存性が高いため、研究開発が頓挫した。ところが、昨年ぐらいからアクティブダンパーの制御に使ったりできるような、合成オイルベースのものが開発されたというわけである。私は、涙が出るほどうれしかった。それで20年前の挫折は吹っ飛んでいくと感じたからである。発表者と話をすると「古参教員が懐かしがるんですよね」なんて満面の笑みをたたえて語る。
この話をある人にしたら、「20年というと新入社員が、管理職として決済できるようになる年月。また下っ端管理職が会社の幹部として回顧はじめるのも20年後ですよね。歌謡曲でも20年後のリバイバルがヒットしたりするでしょう。人の感覚というのは、20年サイクルで戻るという見方できませんか。」ほー。
僕の20年後はどんな夢を現物に落としこめているのであろうか。そうやって考えないと、ただ人材のローテーションと偏狭な思想だけをもってして「技術」を語る資格はない。・・・と自分に対しても宣言しておく。
外を観よ。キャンパスは広いぞ。

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コメント

東急5000系(「旧」5000系という呼び方はいまだに馴染めません)と共通の思想で路面電車の玉川線向けに作られた200形は、そのコンセプトがあまりにも進みすぎていたためと路面電車退潮の時代に遭遇したため、我が国における再興・発展は90年代後半のLRV登場まで、倍の40年を待たなければなりませんでした。いま「電車とバスの博物館」に展示されている同車を見ても、その先進性は驚くべきものがあります。
http://home.catv.ne.jp/hh/kouichi/tkk/204-1.jpg
http://www.tokyu.co.jp/railway/railway/west/link/museum.htm

> 長津田で電装をつる作業を行うはずだから
JR東日本の新津向けの鋼体供給とは違いますから、基本的に金沢八景の工場出荷段階で稼働可能な完成車のはずです。
搬入後の作業は基本的に編成の組成と調整、それに細かい備品類(+ひょっとしたら一部信号・通信機器)の搭載程度で、「電装をつる」(一般的には電装というとモーターや主制御器、補助電源装置、コンプレッサーなど走行に必要な機器ですよね)などという大掛かりな作業はないと思います。大体それらを長津田まで来てから取り付ける必然性がありません。
また軌間の関係で回送用台車に交換が必要な事業者の場合でも、通常床下艤装品は取り付けて出荷するはずですが…。

投稿: TX650 | 2006年8月18日 (金曜日) 14時23分

この前、ナブテスコさんの課長にきいたはなしです。
昔は、省電のようにどんがらのみを買ってきて、別に社内で完成車にするところが多かったらしい(ごく中小は除く)のですが、いまはJRは新津以外は丸買いがほとんどだそうです。
昨今は、「たとえば京急だと」車体を半艤装状態にして久里浜工場にもっていき、ファインテックが部品発注した電装を東急車輛が下請けの形で作業させて、京急に納品する。したがってブレーキ関係の仕様なぞ教えてもくれない。(電装はこの場合協力関係をとったが)
複数社並列発注の場合よくあることなんだそうです。八王子でみたのも床下はブレーキぐらいのサハが4つ・・・と見えましたがどうも、主要な機構は長津田ぐらい力のあるところだと自力でやってしまうのではないでしょうか。

確かに東急車輛の技術担当部長さんもこの前、当社の上司の常務が「全部やるんですか」といったのに答え「客先によってちがうんですよね。結構皆さん誤解されるんです。自動車とは違うんですよ。」といってました。

>東急5000系と共通の思想で路面電車の玉川線向けに作られた200形は、そのコンセプトがあまりにも進みすぎていたためと路面電車退潮の時代に遭遇したため、我が国における再興・発展は90年代後半のLRV登場まで、倍の40年を待たなければなりませんでした。
御説その通りです。途中の20年目の時はコンセプトが作れなかったのです。市中に技術がなかったのかというとそうではなかったと考えます。広電3500がそうですよねえ(1980ですけどね)なお「カエル」を調べようとしたらこの表現になり便宜上書いたまで。

投稿: デハボ1000 | 2006年8月18日 (金曜日) 17時28分

(PS)名鉄住商もおなじようなかたちなんでしょうね。

投稿: デハボ1000 | 2006年8月18日 (金曜日) 17時42分

決して自動車と同様と申すつもりはありませんが、作業を行なう「はず」というのは違うと思いましたので。
まず東急新5000系(というかいわゆる「走ルンです」)の場合、T車はほんとにスカスカですから判断材料にならないです。(M車に艤装を集中してエネルギー回生率を上げるという発想)
こちら↓
http://plaza.rakuten.co.jp/rtc9007ko/diary/200605160000/
を見ると床下はほぼ艤装済ですね。
東急電鉄の場合、以前から搬入後の艤装はほとんどないんです。東急車輛はバリバリの系列企業で技術部門も密接な関係ですからね。もちろん複数社並列発注ではあり得ないですし(笑)あと長津田工場(恩田)がそんなに広くないというのもあると思いますが…。(横浜線沿いのは検車区です)
軌間違いの例では、関東では京王電鉄と都営新宿線でも走行関係の艤装はほぼ済んだ状態です。ただこの場合信号・通信系は若葉台でやっているようですね。中古部品の転用の関係があるのかもしれません。
京急の場合がむしろ特殊事例かもしれないですね。東急車輛とは線路がつながっていてJRに委ねる必要がないから半完成車でも運び放題だし、何といっても「独自性の京急」ですしね。

広電3500はむしろ冷房化と電装品の近代化、それに大量輸送に主眼があり、低床化という東急200→LRVの流れとは別のものと解釈したのですが。東急と西鉄→広電の両者の流れがLRVに合流したとみるのが適切かもしれませんね。

投稿: TX650 | 2006年8月18日 (金曜日) 20時49分

あともうひとつ。
東急5000系は昭和29年登場ですね。200形は30年。

投稿: TX650 | 2006年8月18日 (金曜日) 23時46分

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