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儒教的勤労思想

NHK BSではすでに放送終了されているものだが、NHK総合TVで、「宮廷女官 チャングムの誓いというドラマが放送されている。そこにも主人公役 イ・ヨンエさんに萌えている方いませんか?
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16世紀初頭の朝鮮王朝時代を舞台に、実在の医女チャングム(長今)をモデルにして描かれた韓国の時代劇。韓国では最高視聴率57%を記録し、香港や台湾でも爆発的な人気を呼びました。母の遺志を継ぎ、宮廷料理人の頂点を目指すヒロイン、チャングム。宮廷内の権力争いに巻き込まれながらも、やがて医学を学び、最後には王の主治医という地位に登りつめるサクセスストーリー。原題の「大長今(テ ジャングム)」とは、「偉大なるチャングム」という意味で、「チャングム」は、王の主治医にまで登りつめた実在の女性の名前です。しかし、その記録は、歴代の王に関する文献に「予の体のことは医女チャングムが知るなり」と書かれているなど、ほんの少しに過ぎません。今回のドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」は、この一文とわずかな資料を手がかりに創られた、ある女性のひたむきな人生を描いた壮大なる物語です。
脚本:キム・ヨンヒョン  演出:イ・ビョンフン  制作:MBC(韓国)2003年~2004年(民間放送のものを買い取ったということ。
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これを見ても分かるように実在の人物(但し詳細は伝承されていない由)のサクセスストーリーである。1500年台当時の朝鮮半島においては、儒教の見解から、御妃までの女性は、男の医者には触らせないという概念がありその見地から女医の育成を行う機関が設立されたと見える。香港や台湾でも爆発的な人気を呼んだ由。・・ということから儒教の考えがいささかでも分かる地域には受け入れられる素地があるドラマであろう。
さて、日本にもよく似た番組がありましたね。そうです。「おしん」です。
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『おしん』は、1983年4月4日から1984年3月31日まで放送されたNHK 連続テレビ小説。全297話。平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。後に世界59ヶ国で放送され、苦難に遭いつつも決してあきらめない主人公おしんの姿が、日本だけでなく、世界各国で人々の共感を呼んだ。2006年現在、「世界で最もヒットした日本のテレビドラマ」とされる。
スーパーマーケット「ヤオハン」を興した和田カツをモデルにしたという説もあるが、このテレビドラマの筋立ては必ずしもヤオハンの創業過程をなぞったものではない。
橋田壽賀子談によると幼少期の苦労や創業時当時の行商などは和田カツではなくダイエーの創業者中内功をモデルにしているらしい。和田カツは小田原の大きな青果商の娘だったため金銭的に苦労をしたことはあまりない。

1983年、列車の中である老婦人が座っていた。彼女の名は田倉(たのくら)しん。昔風に“おしん”とよばれ、スーパーの経営者であった彼女は血のつながらない孫を連れて、故郷である山形の寒村へと向かいながら辛い人生を振り返っていた・・・
『おしん』誕生のきっかけは原作者・橋田壽賀子の元に寄せられた一通の匿名の手紙であった。「ある明治生まれの女性が、人に言えない過去を病床で綴ったものでした。子守り奉公したり、“女郎屋”に売られたりね」
明治の人の苦労を伝えるのは、自分たちの世代の義務だと感じた。「でもテーマが地味すぎて、どのテレビ局にも断られました。NHKでも、かなり反対があったんですよ。“明治物は当たらない”と言われてましたし……。川口幹夫放送総局長(当時)の賛成でやっと決まったんです」
スタッフ  原作・脚本 橋田壽賀子  音楽 坂田晃一  制作 岡本由紀子(小林由紀子)
演出 江口浩之、小林平八郎、竹本稔、望月良雄、一柳邦久、吉村文孝、江端二郎、大木一史、秋山茂樹
殺陣 林邦史朗
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山形銀山温泉(尾花沢市)の飯盛り女だった谷村ふじ (泉ピン子)…おしんの母・・・の子供の立身出世の物語である。原作・脚本の橋田壽賀子は当時、八百半デパート→ヤオハンの実質的創業地である熱海に居を構えており、必然的にかそれがつながってしまったのかもしれない。このころNHK第3TVというのが、大阪・東京にあり、「おしん」はゴールデンタイムにも再放送があったので、それをみた経験もある。(後に閉局したが、東京については後年東京MXTVのチャンネルとして与えられた)
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『おしん』は海外、とりわけ発展途上のアジア圏で人気が高く、少女時代を演じた小林綾子が放送された国を訪れると、今でも様々な歓待を受けるという。反対に嫁姑戦争の舞台となった佐賀県では、「県のイメージダウンになる」とNHK佐賀放送局に抗議の電話が殺到した。
おしんの奉公地に設定された山形県酒田市出身である評論家の佐高信は、「酒田周辺ではおしんよりもっと苦難を強いられた女性が沢山いる」として、『おしん』に批判的である。高視聴率を上げたといえば格好がよいが、厳密には過疎地の商品化ではないのかという見解も数多い。
おしんが放映されていたエジプトでは、放映中に停電が起こり、怒った視聴者たちが発電所やテレビ局に対して投石等の暴動を起こす事件もあった。イスラム教国では、男女が自然に触れ合うシーンなどが放映時にカットされたため、逆に猥褻シーンがあるとの憶測を呼んだことがある。
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というように、それぞれの基本的な倫理概念によって些細なことが変更されているが、大筋に立ってみれば「はたらけば、いつかしあわせがくるよ」という儒教的概念に限って言えば、ある程度万国共通だったのだろう。それが証拠に、ヤオハンは中国進出において多額の負債を作り、倒産するのだが、中国本土の建物の複数は、地元資本のてこいれでいまなお八百半として看板を掲げている。(現在、香港にあるヤオハン国際有限公司や、マカオのNew Yaohanデパート(新八佰伴商場)など、幾つかは出資者及び経営者又は商号が替わり営業が続けられている。)
但しこのドラマがキューバ等で放送されているか、または視聴率をとったかは分からないですね。
なお日本国内分は、一部ダイエー系列に店舗移管ののち、残余はイオンのバックアップにより、マックスバリュ東海という名前にて食品スーパーとして再建し、東証2部上場を果たしている。但し経緯と地元の名称の浸透から約半分はヤオハンの名前が残っている。(湯河原と新金谷(爆))で確認した。
それはともかく、普遍的な問題として考えると、この後の日本の番組はいわゆる「トレンディードラマ」に傾きだす傾向を見せる。韓国では今、儒教的勤労思想を出したドラマと、トレンディードラマ系のものが並立しているというだけでも面白い・・というか日本の10倍で時間が過ぎ去っている気がする。NHKのショップに行くといま、この番組のノベルティーグッズが山盛りである。(人のふんどしで相撲をとるNHK・・・・
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最後に、付け加えると、「チャングムの誓い」では、この当時の医者の考え方(中医の考え方)や、医者と患者に対する倫理概念というものが、「あくまで生身のものを扱う」という基本的な概念に貫かれているように感じる。医療機器は針ぐらいしかなく、薬といえば漢方薬であるし、そこのところを現代と一緒にしてはならない。しかし、患者のすべての行動をつぶさに観察し、最適な治癒方針を模索するという姿勢が貫かれている事、一種の古典的な「医療倫理概念」と相対する「封建制度」が描かれ、主人公がそこに翻弄されているという事が語られている。民放の創作の世界というとスポンサーの恣意が入るため、あんまりこういうことは言われない。でも時々はこういう視点を取るのも悪くないな・・・と考える。
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(PS)以降はNHKのHPにて示されている時代考証である。

「予の体のことは医女長今(チャングム)が知るなり」。『朝鮮王朝実録』、第11代王・中宗(チュンジョン)の項に記されたこの一文から、当時、王の主治医を務めたチャングムの存在が明らかになり、ドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」は生まれた。「医女」とは男性医師に代わり、脈診や鍼灸を行った女性たちの呼称。世界に類を見ないこの医療制度の誕生は、朝鮮半島の伝統的風習と深い関わりをもっている。
 儒教を国の規範とした朝鮮王朝社会では、男女の自由な接触が禁じられていたため、女性たちの多くは病気になっても、男性医師の診察を拒否していた。やむを得ず診てもらう場合でも、女性たちは別室にいる医師に手だけを差し出し、さらに、その上には絹の布を置くという念の入れようだった。そのため、症状を悪化させてしまい、そのまま死亡するケースが後を絶たなかったという。この状況を憂えた第3代王・太宗(テジョン)は、1406年、女性たちを診るための医員、医女の育成を始める。
 しかし、両班(ヤンバン)はもちろん、中人(チュンイン)、良民(ヤンミン)に属する女性たちまでもが、この仕事に従事することを望まず、身分の低い奴婢の中から幼い少女十数名を選び、教育することとなった。彼女たちは脈診や鍼灸術はもちろん、出産に関わる婦人科の知識や薬餌法などを習得したのち、地方の診療所に配属され、女性たちの治療に携わることになる。その中からさらに選ばれた者が『千字文』や『孝経』などを通し文字も学んだのち、漢陽(ハニャン)に送られた。成宗(ソンジョン)の時代に入ると、医女たちは「内医女」「看護医女」「初学医女」といった3つの等級に分けられる。内医女は現代の女医に相当し、診療にも従事していた。皇后や皇太后の診療も可能で、『経国大典』にみる「内局女医」に該当するものと考えられている。「看護医女」は現代でいう看護師にあたり、「初学医女」は見習いだったと推定される。さらに、医女たちは定期的に試験を受け、その成績によって賞罰が与えられた。このように、医女制度は成宗時代に最も充実した時を迎える。しかし、燕山君(ヨンサングン)の時代に入ると、医女たちは宴席へ呼ばれることが多くなり、本来の役目から逸脱するようになっていくのだった。
 朝鮮王朝時代、チャングムとともに名声の高かった医女として、長徳(チャンドク)という名の女性がいる。チャングムの師、チャンドクのモデルとも思われる、この女性の名が初めて『朝鮮王朝実録』に登場するのは、成宗19年のこと。成宗が済州島(チェジュド)の地方長官に文を下し、次のように言っている。「歯の病を治す長徳はすでに死んでいるが、歯、目、耳などの病を治す人物を捜し出すように」と。つまり、チャングムが医女となった頃、チャンドクはこの世に存在していなかった。済州島の医女チャンドクは、虫歯の除去手術などに優れていたと伝えられている。
 しかし、医女たちに関して残された記述は少なく、想像によるところも多い。ドラマの中でチャングムは水剌間(スラッカン)で働くが、実際、そうした記述は残っていない。ただし、医女になるためには薬餌法を学ばなければならず、またチャングムは保養食作りに長けていたとの記述もあることから、料理に関しても相当の腕前だったと思われる。
 優れた医術を身につけていたチャングムだが、歴史学者の間では、王の主治医であったことに疑問を唱える声もあるという。当時、王が病気になると医女たちが交替でヒゲと頭髪を整えたのだが、『朝鮮王朝実録』に記された一文は、その時ちょうどチャングムが当番だったことを示すだけという見方もあるのだ。つまり王自身がいちいち病状を報告することはせず、その時、自分のヒゲや頭髪を整えてくれた医女に発言を任せたのだと。中宗の死とともにその記述が途絶えてしまうチャングムがその後どんな生涯を送ったかは、いまだ謎に包まれたままなのである。
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コメント

こういう意見もあるんですねえ。
http://www.geocities.jp/machi0822jp/oshin.htm
マルクス経済学とアダムスミスの国富論に関わる技術者倫理の考察は別途UP予定です。

投稿: デハボ1000 | 2006年7月29日 (土曜日) 21時07分

初めまして

どえらえもん、といいます。

ココログの検索で遊んでたらこちらにたどりつきました。

毎日毎晩いろんなBlogサイトを拝見させていただいてますが

どれも私の知らない世界ばかりで、

いかに自分が世の中を知らないかを

痛感させられます。

こちらのサイトもとても興味深いです。

いつも、でたらめな妖怪人間を相手にしている自分とは大違いです。

どうもお邪魔しました (^^)

投稿: どえらえもん | 2006年7月29日 (土曜日) 22時44分

「チャングムの誓い」、何話か抜けちゃいましたが最後まで見ました。
54話と長かったのですが、次々と話が展開するのでおもしろかったです。
イ・ヨンエさんの最新映画「親切なクムジャさん」も気になっています。
多分、黙っていても嫁が借りてくると思いますが。(笑

投稿: ジーズ・フィールド | 2006年7月30日 (日曜日) 11時40分

>王の主治医

なんか違うことを想像しちゃいました。
がんばって欲しいものですのう。

投稿: くろきや | 2006年8月 4日 (金曜日) 00時13分

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