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わ・地震だ

今さっき、地震を感じた(震度4とかいう)。
事務所のPCで図面を必死こいて書いていたのであるが、マウスが振れて、結構ゆれる。(木造2F立て)しかも前をバスが2分ごとに走っていても全く感じないのであるが、地震はすぐ感じる。軸組工法の限界かな?
私の家は、この事務所の郊外にあるが、築25年の2×4なのでゆれのモードはぜんぜん違うのだ。(当時の設計書面・・・当時は普通の工法でなかったらしく、設計計算書らしきメモ・・・が3代前のオーナーから伝わっているのだ。)
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さて、この前からいろんな展示会を見てきて感じたことがある。それは、大学の研究室のポスターセッションが非常に多いということである。もちろん、ポスターセッションを行うことは悪くない。むしろ学生にとっては実学の学習ということでいいのであろう。
ただ、大学発ベンチャーという場合も本当に増えた。大学発・研究所発・試験所発・・・・というのがめだつ。たしかにこのような人と話していると、必死になって自分の技術を売り込もう、商売にしていこうという熱意を感じる。非常にホットな人ががんばっていると、自分も励みになる。
しかしだ、本当に全部の先生たちが、やれベンチャーだ・ベンチャーだ(兼業だ、兼業だ)とせき立てられるような環境は、かえって基礎研究や応用初期研究をやる人たちにとって、追い風になっているのか・・・というとどうもそうなっていないようである。
もうひとつ、気になるのはいわゆる「武士の商法」((ぶしのしょうほう) 明治維新以後、武士であった者が商売をしても、威張ってばかりいて失敗することが多かったことから、商売の遣り方が下手であるとことの喩え。)で仕事をしているように見えるのである。もちろん、このような研究者にはまずえらそうな言葉を吐いたりする方は、まずもっていらっしゃらない。自分が危惧しているのは、本当に基幹の研究をされている人が、商品化研究にシフトしたり、環境の変化に伴って市場調査をそこそこに、ベンチャーに駆り立てられて、結局、技術の種(SEED)と需要(NEED)をくっつけてしまうことができなかったという事例が増えてくるのではないか。これも武士の商法である。
よく言うベンチャーの古典的展開は、技術者が万能ならそういうこともないが、大概、優秀な技術者と優秀な経営者のコラボレーションによってなるみたいだ。それは出会いによってなるものであるし、そういう人脈がないと成功しないのではないだろうか。SONYにしてしかり、HONDAにしてしかり、確かな技術者となった人材を、巡り会わせが良く、確かな腕の経営ができる人材が入って二人三脚で走るというのが多い。もっとも創業者の事例を見てみると、一人でというタイプもかなりあるが、それは技術も中庸、人物が良くて人材が自然と集まってくるという場合が多いのではないか。
国立大学が法人になり、国立病院が法人として独立採算になり・・・ということは、工学部・農学部・医学部など実学を中心に進めるものに対しては、象牙の塔にはまらない、センスの良い研究者を育てるということになり、まあひとつの方法かもしれない。ただ、すべての技術に対して一家言を持つ技術者を、なんでも幅広い専門的な技術の人材となれ、経営にも見解をもて・・・ということを達成できるか、というとこれは人間の適性にかかってくる。もちろんそのような優秀な人材を造る必要性はわかるが、万能な人材になれというのが、本当に基礎研究やどの特異性を持った研究に対して向く人材にとっていいのか良くないのか。成功者1人の前に死体累々と横たわるという反面はあるはずだ。なまずが動いて研究者が慌てふためいているまではいいのだが、圧死する人物も出てくると思う。
いずれにせよ、OK.・NGは判断できないこと。しかし、この国はどこへいくのか分からぬ。

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