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寸法計測いろいろ

私の、キーホルダーは1M用のメジャーである。以前は取り外しの利く個人の名札(胸の所につけるやつ)の一端につけていた。
メジャーを持ち歩いているのはなぜか。それは板金部品(機械の筐体)の寸法が異なっていたりしたときに、その場で直ぐ目安がつけられて、工場の品質保証担当に即刻連絡できるからである。「おーい、図面と現物のピッチが違うぞ・・・」とか言うのである。性格わるーいと思わないでほしい。現場の作業する方はあまりにも多品種の物を組み立ってているので、必ずしも全部見出す訳にも行かず、また、組み立て最後になって、「おい、組みつかねえぞ」となるとラインストップである・・・これは損害問題になる(会社内の責任分担で、工員さんたちの給与補填も考えるのであるから)。
その後、機械メカ本体を見る事になり、さすがにマイクロゲージは金銭的や精度維持の面では無理なので、ノギスは携行していた。ただ、本式の物を私費でかうのもなあと思うので、安い物を買って現場でそれを使い、おかしな物があれば、現場備え付けかつ年一回の校正を行っている物を持ってきてもらうことにした。(要するに自分のはあくまで目安・正式なのはトレーサビリティーがとれた計器である)
私の弟は管材料の商社に勤めているが、ここでも、やっぱりメジャーは当然必要。但し5Mクラスなので車に積んでいるらしく、持ち運びはしていないみたい。とはいえ、必ず家具の置き場所を決めるときはメジャーを手にしている。いい習慣である。

工場から研究所に異動しても、モノ作りには関わっているばかりなので、メジャーは必ず名札に付けて歩いていた。ノギスは、精度管理が十分ではなかったが、あんまりひどいのは消耗品扱いで捨てるし、使用頻度も高くなかったので、共通の物を作業台の脇においていた。むしろマイクロのほうがその頃は使用頻度が多かった。(丸・球・直進・片球・一文字・歯厚・・・とあった)

さて、プレス物はどうやって計るのかな?というと3次元測定器・・・というわけにはいかない。数がとんでもない。そこで寸法どうりに作った検査治具(しっかりとした木で作る)を部品毎に作り、そこに「さし」という1:10のテーパー状態の定規を挟み込んで、2.5mm空いている・・・とか判定する。もちろんある固定点だけは当たるようにしておく。したがって、測定地点は標準なら2mmの「隙」が出来る・・・ということにしてある。したがって2.5mmの隙があるというのは、製品に対して0.5mm大きくすきまが空いていると言う意味である、(会社・重要度などで委細は場合によるので注意)
このテーパー定規(さし・・と呼んでいる)の測定には作業者事に癖があるので、隙間ゲージ(という色んな厚さを持った板を束ねてあるもの)ならどうかと思ったが、計測効率が悪く、また屈曲性もないので使えなかった。
本格的には、ノギスなどをフル活用するため、そのための測定機材は活用し、検定も受けていた。
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さて今日、100円ショップに行ったら「総プラスチックのノギスが税込み105円で売ってあった。副尺(バーニア)もついており、なかなかのものである。もちろん検定対象にはなり得ないが、日ごろの工作(メカニズムの模型)には使えそうである。机上にあるのだ。目安ならまあいいでしょう。商取引・工業生産物では一寸ね。モノ作りに寸法管理は命ですから
今、国の官から民へというシフトに従い、計量の世界もその点の法規改正が民間依存に変わる様言われている。「寸法を、守ること・・・それって 当たり前品質ですよね」という声もあるが、当たり前のことを、当たり前のように行うということは、現代社会ではなかなか一気通貫させてもらえない。QC・カイゼンで仕組みも変わっていくようにやってきたからである。もちろん計測装置自体も測定の均一化がカイゼン・QCによるものであるから、お互いになすりっこはできないよ。
ただ、国際原器というものがあり(実際はある光源の何倍か・・・と言う定義には変わったが)大元の原器から、それをトレースする・・・トレースする・・・トレースする・・・ということで末端の測定器までそれが行き渡るように仕向けている(この行為を「トレーサビリティーといいます」、この基準が国際的に連綿とあるものについては、独立行政法人などの移管はあっても政府の手から離さないわけにはいかないのである。
比べて建物は・・・国ごとの差が大きすぎるですよね。

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コメント

政府の手から「離すわけにはいかない」んですよね??
それと、どうも「QC・カイゼン」との関係のところの論旨がわからない(QC・カイゼンをやると寸法が守れなくなるように読める)のですが、もうちょっと説明お願いします。

投稿: TX650 | 2006年1月15日 (日曜日) 23時19分

>政府の手から「離すわけにはいかない」んですよね??

この理由は、「国際条約で決まっている機構を民営にすること自体は、国の代表を民間が担うことになる」からです。例えば特許ではパリ条約批准国は特許管理は国、ないしは国の外郭団体(非営利組織)になります。
度量衡についてもパリ条約というのがあって、これも国毎のシステムの窓口が「国」ですから、経済産業省の外郭団体の手によります。防爆技術もいっしょです。(アメリカは2種類混在してますが)
反対に、国毎の規格が統一できない物に関しては、各国において設計基準が異なるため、外部の業者に委託したりすることが許されます。すでに、圧力容器・建築基準は半官半民の法人の認証で「都道府県の責任:国の責任ではない」になってます。
従って、官から民へということの是非はともかく、国が窓口になる案件を官から民へと移管することは国際的には難しいです。あのアメリカでもPAT管理は国の機構ですよね。

後半部はすこし推敲します。
ただ、1例として「管理費の削減のために基準校正計器をJISS(基準器)の認証の無い物にしました。」というカイゼンはありうるのです。そこで作られる製品の性能に重大な変化要件がなければそれでいいのですが、全部がそうとは限りませんね。そこは適切な人間の歯止めが必要なのです。この意図分かってもらえますか?

投稿: デハボ1000 | 2006年1月16日 (月曜日) 00時43分

前半
原文は「政府の手から離さないわけにはいかない」となっていますので確認したまでです。内容は勿論承知しています。
後半
確かに商品性や機能・性能を軽視・無視した「安く作れればいいんだろ」的カイゼンがありがちなのは事実ですね。開発・設計部門や商品企画部門がしっかりフォローしていればいいのですが、商品企画部門なんかは往々にして、顧客からクレームを受けてはじめて不適切な「カイゼン」の実施を知ったりします。

投稿: TX650 | 2006年1月16日 (月曜日) 12時04分

>確かに商品性や機能・性能を軽視・無視した「安く作れればいいんだろ」的カイゼンがありがちなのは事実ですね。開発・設計部門や商品企画部門がしっかりフォローしていればいいのですが、商品企画部門なんかは往々にして、顧客からクレームを受けてはじめて不適切な「カイゼン」の実施を知ったりします。

ありうることです。
それ以上に「品質管理部門」「品質保証課」が社外に出る製品について、変更点管理(当然カイゼンを含む)を認識し、それを社内に広報する責務があるのでは。市場に一度出た製品は基本的に開発・設計と共に品証が責任を持つべきです。いわんや商品企画にその経緯と連絡が行かない・意見が反映されないのは社内システムの欠陥かも。如何。

投稿: デハボ1000 | 2006年1月17日 (火曜日) 02時42分

大きな企業では自ら作った管理基準に自縄自縛、小さな企業では図面・指示書と数字・言葉づらが合っているかだけに汲々としている、そんなところが品質管理部門の一般的現状なのではないでしょうか。
品質管理部門は「管理部門」なのだから、商品のコンセプト、機能、商品性といったところをちゃんと考えて仕事してほしい、というのが長年の思いです。(かえってベテランの検査担当者でその辺もよく理解している人がいたりしますが、あくまで個人なので…)

投稿: TX650 | 2006年1月17日 (火曜日) 10時24分

もうひとつ付け加えますと…
商品企画部門を「宣伝文句だけ考えてくれれば…」とか「体裁のいいデザインをデザイナーに書かせてくれれば…」と思っている人たちが多いんですよね。もっとひどいと単なる開発日程管理部署扱いだったりして。
市場と社内の両方を見極めて商品・製品のコンセプトをまとめ、それを全部署に徹底して、それに従って動いてもらう。これこそが商品企画の仕事だと思うんですけど、次工程の開発・設計部署ですらわかってないんだな、これが…

投稿: TX650 | 2006年1月17日 (火曜日) 10時36分

実は、コンセプトまとめというのは、本当に大事な仕事(例えばホンダなんかは、HGTとCss
から両方でコンセプトが出てきますね)なのに、とかく技術者と称する人の中にはこれを敬遠どころかSEEDという物を右手に持って排除するようなのもあり、つらいですね。
概して後者は「技術の○○」とかいって技術自体がコンセプトだと勘違いしてたりする。私の環境がまさにそれだったので、技術経営についての本も買い込んでいる現状です。

投稿: デハボ1000 | 2006年1月18日 (水曜日) 00時51分

日本の技術教育(建設系と、たぶん情報系を除く)から企画・計画という視点がそっくり抜け落ちているのも、ひとつの原因かもしれないですね。デハボさんが取り組んでおられる技術倫理と並んで、これから重要な分野になってくると思います。
…と、いうことで、どこかにそういうのを教えるお仕事ありませんかね?これで目論見通り学位が取れれば、大学学部生や専門学校生を教えるには充分なキャリアだと思うんですけどね(笑)

投稿: TX650 | 2006年1月18日 (水曜日) 10時19分

>日本の技術教育(建設系と、たぶん情報系を除く)から企画・計画という視点がそっくり抜け落ちているのも、ひとつの原因かもしれないですね。デハボさんが取り組んでおられる技術倫理と並んで、これから重要な分野になってくると思います。

実は、技術経営論(MOT)でこれを教えるニーズがあります。余裕があったらそれらに使われているTEXTを一読されることをお勧めします。(技術者倫理も広い意味で技術経営学のひとつに入ります)

投稿: デハボ1000 | 2006年2月 9日 (木曜日) 04時36分

MOTにあっても、一般の工科系教育の中になければエンジニアのマインドとして身につきません。
いまと同じようにプランナーや経営者の専管事項で、第一線のエンジニアには他人事のまま、になってしまいます。
建設系の大卒者はたとえ専門が構造や材料や土質や…であってもひと通りの計画論(建築学科では意匠論も)を学んでいます。彼らと話すとそれがバックボーンになって広いものの見方ができている(機械や電気の技術者と比べて)ように思うものですから…。

投稿: TX650 | 2006年2月 9日 (木曜日) 21時41分

なるほど。
たしかに、その手の一気通貫したことを、まだ機械系では(というか、建築・土木以外では)聞きませんね。(原子力関係はあったかも)。
ただ時代もすてたものではありませんよ。MOTの内容の一部は、(旧国立大ではなく)実戦派の技術者を養成する大学で、次第に落とし込んできてますよ。(某私立大学にいった恩師から聞きました。)

投稿: デハボ1000 | 2006年2月10日 (金曜日) 04時12分

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