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老兵は死なず、ただ消え行くのみ

マッカーサー元帥の言葉である。1945年9月厚木飛行場(要するに厚木とはかなり離れた大和市・綾瀬市にある飛行場です)の降り立った彼が、其のあと、政策的な指針を誤り(というか本国主体の考えと異なった見方をして)本国アメリカに召還されるときに言った言葉といわれる。
たしかに、老いてなお元気な方はいい。しかし物の考え方が、老いてしまっている場合、柔軟さを失っている場合に、なお元気・元気というのは、日常生活においても、すこしつらい。更に問題なのは、そのような老いた人に対する客観的評価手法というのが作れないし、また主観的な依存領域にかかるので、人権を考慮すると作っても意味が無いところか人権蹂躙の可能性があるとも言えるのだ。

と成ると、以下のように2次元平面に展開したら4つのマトリックスが出来るのではないかと、勝手に提案してみる。
①状況認知に優れ、体力が溌剌としている 御年より
②状況認知に優れ、体力がやや落ちている 御年より
③状況認知がすでに棚の上に持ち上げられたりした結果甘く、体力が溌剌としている 御年より
④状況認知がすでに棚の上に持ち上げられたりした結果甘く、体力もおちている 御年より

①の場合は、別に会社組織に関わらず、自分の力量を認識できているのだから、会社と言う枠にとらわれず、自分で事務所をひらいたりできるし、NPOや町内会に参加したりして、ある意味状況が自分を許さないと言うことがわかればきれいな身の処し方が出来るのである。認知力があるからこそきれいな身の引き方ができるのである。
②の場合は、体力でカバーできないことを認知しているので、逆に人を使う、指導していくと言うことに精力を費やすのが出来ると考える。もちろん身の引き方もきれいな場合が多い。
④の場合は自己認識以前に体力の衰えがでてくるから、それなりの処し方で人生を過ごすしかない。ただまだ自分が力があるという認識のままだから周囲の苦労は想像される。

問題は③でして、儒教精神に関わらず長幼の差を強調して、自らやらなければという使命感があるのはいいのだが引き際が理解できないのである。万年青年を自認している方にも、なかにはこんな方がいる。場合によっては廻りは引き釣りおろしたくてしょうがなかったりするらしい。

企業トップが、時と場合によって収監された場合がある。心ならずしてこうなったという経営TOPもいらっしゃるようである。NTTだったか、真藤さんと言うからが汚職がらみで収監されたが、この人の場合あまりにもきちんとした姿勢を収監時にもつら抜き、看守さんたちをして「やはりあの人は違う」と言わしめたものだそうである。したがってこの判断は収監とか投獄とかという判断だけに依存しないようである。この点は混同しないほうがいい。

さて、体の弱い当方の場合、これから進む道はどちらにむいていくだろうか。成りたくもないのに引き際が分からなくなる(時によってはおだてられてその気になっちまう)というのは、避けたい。せめて生涯現役ということは考えないと言おう。しかし当方は、今から育っていく技術に対して、精一杯のバックアップ、また技術のスキルアップに対する下支えに残りの技術者生活を投入するというのが、進むべきでは無いかと思っている。生涯現役といってもそのベクトルは天と地の違いがあるのだ。いまはそう悟るようになった。

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コメント

日経ビジネススタイルの記事に当該する記事がありました。引用します。MOTの考え方の根本はこの真藤さんにあったようです。(へえ)
-------------以下引用
経営の情識:故・真藤恒氏からMOT(技術経営)を学ぶ
2004/02/24
 NTTの社長と会長を歴任した真藤恒氏が亡くなったのは、2003年1月26日のことである。それから1年が経過した今、真藤氏に関する報道や論評は全く見られない。そもそも亡くなった直後の訃報記事においても、過去の人という扱いであった。しかし、MOT(技術経営)の重要性が認識され始めた今、真藤氏の経営を振り返ることは意義深い。

 本欄のテーマは、経営やビジネスを進めるうえで知っておくべき、IT(情報技術)の常識である。従って、真藤氏を取り上げるのであれば、NTTとITといったテーマで書くべきであろう。ただし今回は、技術経営の実践者という視点で書くことにする。

 真藤氏のことが気になり出したのは、亡くなったときのマスコミの扱いが小さかったからである。1988年12月にリクルート事件に絡んでNTTの会長を辞任してからは表舞台には登場しなかったものの、造船業における貢献や、NTTの民営化に果たした役割を考えれば、もう少しまとまった記事や論評が掲載されてもいいのではないか、と思ったものである。

NTTは真藤氏を黙殺

 訃報に接した後、「真藤氏のことを書いて世に問うべきだ」と力説する人に相次いでお目にかかった。その1人が東京大学の宮田秀明教授である。宮田教授は現在、技術を経営に生かすMOTを教えるコースのプログラムマネジャーを務めている。
 宮田教授と話していて、「MOTを実践した経営者の実例としてどなたが適切でしょうか」と質問したところ、「真藤さんでしょう」という回答であった。ちなみに宮田教授は、石川島播磨重工業の出身であり、真藤氏の薫陶を受けた最後の世代に属している。
 さらにNTT関係者に会うたびに、真藤氏の話が必ずといってよいくらい出た。あるNTTのOBからは、「真藤改革がその後どうなったか。マスメディアはちっとも検証していない」と叱られた。
 実はNTTにおいて、真藤氏の存在は今やタブーである。NTTのWebサイトに「真藤恒」と入力して検索しても何も出てこない。「NTTとして社葬を控えるべき」という意見もあったという。
 ここまで書いて、ふと思い立ち、著名なインターネット検索エンジンに、「真藤恒」と入力してみた。検索結果は、たったの464件であった。ちなみに筆者の名前を入れてみると、552件も出てきた。これは明らかにおかしい。
 さらに、真藤氏の著書をインターネット書店で検索してみると、すべて絶版であった。つまり真藤氏について何かを調べようとすると、図書館に行くぐらいしか方法がないわけだ。

労働災害への対策から技術経営を身につける

 真藤氏というと、「ミスター合理化」「コストダウンのプロ」といった形容詞がついてまわる。古きよき製造業の経営トップという感じである。
 しかし著書を読んでみると、その考えは現在でもあらゆる産業に通用するものだ。NTTの会長に就任した88年に出版された著書『習って覚えて真似して捨てる』(NTT出版)が面白いので、以下ではさわりを紹介したい。
 本書によると、真藤氏が技術経営者として目覚めたきっかけは、造船の現場における労働災害であった。52〜53年当時、「仲間の命を捨て、健康を害してまで船を造る値打ちがあるのか」と神経衰弱のような心理状態になったという。
 労働災害への対策として始めたのが小集団活動であった。この活動を進めたことにより、「船の建造工程の内容を、昔のイメージがないまでに変えてしまった。結果として、先輩から習ったことはみな姿を消した」そうである。真藤氏のモットーである「習って覚えて真似して実行して最初に習ったことを捨てる」は、この体験から生まれた。
 この体験から真藤氏は、「合理化を進めていくと、最後は設計からやり直すことになる」と気づく。「災害が現場で起こる問題だからといって、現場ですべて対応できると思ったら間違いである」「現場の人間に『注意しろ』というのは下の下で、注意しなくもケガをしないような環境(中略)を考えるのが技術者の役割だと思う」。

専門分野に拘泥せず全体を見直す

 ここで設計とは、当初は船の設計であったが、真藤氏は「物事の全体を見直して、考え直す」という、広い意味にこの言葉を使うようになる。例えば、次のような一連の記述がある。
「いろいろな情報が入ってきたときは、それをシステムとして把握することである」
「ともかく物事を総合化、体系化することである」
「常に総合的な議論をするように意識的に心掛けることだろう。ゼネラリストであって専門家、専門家であってゼネラリストという能力は、少なくても管理職の人たちは身につけねばならない」

 技術を経営に生かすMOTの要諦は、個々の技術の専門家をうまく活用し、総合力とすることである。そのために経営者には上述のような能力が求められる。
 こうした一連の考え方を真藤氏は、製造業だけではなく、サービス業である旧日本電信電話公社および民営化後のNTTにも適用した。NTTを経営するに当たって、「過去のやり方を根本から変え、新しいカラクリを作り出せ」と社内に繰り返し伝えたのである。
 経営についてはこんなふうに述べている。
「経営とは先輩から習ったものを、片っ端から捨てていくことの連続であり、現状をどう変えるかがポイントである」
「ビジネス・スクールで教えているアメリカ式経営学は、あくまでも手段、手法であって、そんなことで経営力は身につかない。より肝心なことはその手段、手法を経営の行動の中で、どれだけ自分のものにし、独創的な形にもっていくか(である)」

 さて、真藤氏はNTTの改革についてどう自己評価していたのか。「(仕事のやり方を変える動きは)まだ個人の段階にとどまっていて組織的な動きになっていない。ただ、少なくとも組織的なネガティブな動き、意識的な抵抗の動きは消えている」と書かれている。NTTの現状については稿を改めて考えてみたい。
(谷島 宣之=日経ビズテック編集委員)


投稿: デハボ1000 | 2005年12月 8日 (木曜日) 19時01分

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