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侍ニッポン

(実はこれは戦前の映画のタイトルだったりする)
・・・「」という称号というか商号というか・・・ですが、さすがに今回の擬装計算書の件では、いろんな方が、「品位が下がった」とお困りのようです。土木関係の研究者のなかでも、「恥さらしだ」と言う声もあれば、「ついに露呈してしまったか」と言う声もあるようです。すぐさまかはともかく、認可システム自体の見直し(ただし民間に委譲する方向性はのこす条件ででしょうね。)は免れないでしょう。
日曜日の夕方、日テレ系の「バンキシャ」でも、まあ当然の事ながら、話が出ていましたが、福澤キャスター(そうです。この人もフリーになってましたね)は、河上氏ともう一人の評論家に話を聞き、東京電機大学で作った、実物の縮小モデル(鉄筋を減らし、コンクリートの代わりにアクリルで作ったスケルトン構造の模型)を実際に2次元加振機(いかにも急ごしらえなのは、3次元加振じゃないところですけど、まあ大目に見ましょう。)の破損形態をVTRで見て、それからアシスタントの菊川 怜にコンクリートの専門家からの見解を聞き、(苦笑)(ここで彼女は「残念なことです」としか言わなかったのはある意味たいしたもんです)・・・・というわけです。
ただ考えてみると、一つの建物の構造計算書が30万円・・・というのは、役所申請用の計算書(これ意外と中身の割に面倒くさいフォーマットです)にしてはたしかに安いわけで、(いくら電算機になって自動計算が出来る・・・このこと自体、書類作成が、認可事業者や元受の一級建築士に対してブラックボックスに成ってる面は否定しませんが、・・・とはいえ)薄利多売という感覚になるのは、そんなやからがいても仕方がないかなとかいう、間違った同情論が胸を掠めますね。まして、一部の認証会社が、感覚的ではあるけども、「なんか鉄筋の本数が足りないんじゃないか」とうすうす気が付いていた事例もあったのに、それが横展開されなかったということもあるそうで。
こんな,一種のなれあいが機能する、ニッポンの頑迷な風土。信念を持って真っ当に働く、ほとんどの人は、やりきれないだろうなあ。
嗚呼、侍ニッポン、何処へ行く。

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この映画:あまりにも古典なためにご存知ない人も多いみたいなので、あるHPから写して見ました。

昭和6年(1931)に日活映画『侍ニッポン』の主題歌。郡司次郎正の同名の小説を映画化したもので、主演は大河内伝次郎。この映画ののちも、阪東妻三郎、田村高廣、東千代之介、三船敏郎を主演に据えて、合計5回映画化されました。粗筋は映画化のたびに少しずつ変わっていますが、昭和32年(1957)の田村高廣主演版では次のようになっています。

 幕末、彦根藩主・井伊直弼の落胤として生まれた新納鶴千代は、それと知らされないまま成長し、母とともに江戸に出て剣を学ぶ。菊乃という女性と恋仲になるが、家柄が違うという理由で相手の親から結婚を拒否される。それを契機に自分の出生に疑いをもつようになった鶴千代は、同門の友・竹之介に勧められるまま、茶屋酒に溺れるようになる。さらに竹之介ら水戸浪士たちの尊皇攘夷思想に惹きつけられるが、彼らの過激な行動には心底共鳴することができない。そのため、水戸浪士たちが異人館焼き討ちに失敗した際、裏切り者の疑いをかけられる。
 それを晴らすため、鶴千代は単身、大老になっていた井伊直弼を襲うが、逆に捕らえられてしまう。直弼は、愛国の至情をこめて開国の必要をじゅんじゅんと説き、鶴千代はその言葉に莫然と父を感じる。
 直弼の計らいで密かに放免された鶴千代は、自分の生きるべき道を見いだせない絶望感から紅燈の巷に我を忘れるようになり、そのなかで芸者吉次と深い仲になる。吉次と別れさせるため、母は井伊直弼がほんとうの父であると明かす。鶴千代は一瞬呆然としたものの、「今頃になって……」と冷ややかにつぶやくだけだった。
 やがて、竹之介ら水戸浪士たちが井伊直弼を襲う日が来た。それを知った鶴千代は、父を救うため、雪を蹴立てて桜田門外に向かう。争闘はすでに始まっていた。自分の名を呼ぶわが子の声を聞いた直弼が思わず駕篭から身を乗り出したとたん、浪士の白刃が胸を貫き、駆けつけた鶴千代も竹之介の剣に倒れる。二人の死骸の上には、雪が降りしきっていた……。

 映画も主題歌も大衆的な作品ですが、戦前には多くのインテリゲンチャ(庶民は「インテリ源ちゃん」などと呼んでいました)が共感を示しました。この時代、共産主義思想に惹かれるインテリが少なくありませんでしたが、その多くは心情的な支持にとどまっていました。共産主義者として活動することはもちろん、支持を表明することさえも厳しく取り締まられていたからです。
 また、思想的には共鳴しても、共産党員たちの過激な行動には嫌悪感を示す者もいました。さらに共産主義者になったものの、特別高等警察という思想警察の弾圧、ときには拷問を受けて転向する者もいました。(転向とは、共産主義を放棄すること、または放棄したうえに、その反対の国家主義や民族主義などの立場に身を置くことを意味する思想用語です。)

 主題歌2番の「きのう勤王、明日は佐幕」「どうせおいらは裏切り者よ」といった歌詞には、左翼インテリの揺れ動く心情が投影されていると見ることができます。
 郡司次郎正は「水戸の志士は薩長志士より単純で、今の左翼小児病みたいなものだったろう。そういう教条主義についていけない裏切者が出てきて、それに、侍の宿命観のようなものをあしらえばウケると思った」といった趣旨の文章を書いたことがあり、当時のインテリの心情を意識した作品作りがうかがえます。
 ちなみに、文芸評論家・尾崎秀樹によると、この小説のモデルは、共産党のシンパで官憲にマークされていた新納時千代という人物だそうです。郡司は、作家・村山知義の資料収集を手伝っているときに、この人物と知り合ったようです。

投稿: デハボ1000 | 2005年12月 2日 (金曜日) 20時09分

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