« コーチングなるもの | トップページ | NEW WORLDへの歩み »

大過なく

金曜日は元々忘年会の予定になっていたのだが、結果的に自分の送別会にしてしまった。参集頂いた皆様、有り難う御座いました。
宴終わりになって、寄せ書きを頂いたのだが、やっぱりというか至極当然のことといおうか、健康を取り戻してくださいという、文字が多かった。たしかにそのことで迷惑を掛けたことは否定できないわけで、種々の反省はしなければならない。また、当方欠員ということで当然、予定されたWORKの年間計画・長期計画の変更も余儀なくされたわけであるから、いろいろあって当然。しかし、引き継ぎという作業の中で、(幸いほとんど電子帳票にしていたこともあって)整理・考察・伝授継承して行く作業があったことは、過去に検討しておきながら、細かい考察が出来なかった項目を補正・充実することも出来たわけで、皆がその時間を与えてくれたということについては、感謝しなければならない。
確かに大過こそないが、「小過」については結構あった。間違いない!。但し、技術という自分のテリトリーに関しては成果も少しは還元したし、行きつ戻りつはあったが、決して間違った道は踏んでいないと思い込んでいる。いろいろ実験設備の充実を図り、体制も整備され、さあこれからというときでもあっただけに、いささかどころか「後ろがみ引かれ隊」(古っ)なのであるが、まあ、私が軟式テニスコートのローラーやレーキになれたのかな・・・なんていう気もする。
確かに、「技術職」には定年が有り、それが無いシステムだと、老害を残す憂いのある人がふんぞり返っている場合も時に目にする。自分のスタンスを客観的に見つめながら、引き際を見出す作業は実は大切である。但し、技術者という物には定年なんぞない筈である。
そう思って、明日に向かって、歩みを進める。いますることは体調管理とそれだけである。

私が絶不調のとき、知り合った女の子(社内の人にあらず)から、過日ブランド物のネクタイセットをもらった。彼女は、いつか逢えると信じて、買い置きして職場のロッカーにおいていた物らしい。(周囲の状況としてもまんざらうそではないようだ。)そう高い物ではないとは言っていたが、なぜか嬉しくて、思わず、袋ごと胸に抱きしめてしまった。(とはいえけっこうしてましたよ。デパートでは
こんな人たちに僕は囲まれていたんだな。それを知っただけで、2年余りの当地の生活は決して試練ばかりのものではなかったのだなと思うのであった。

|

« コーチングなるもの | トップページ | NEW WORLDへの歩み »

コメント

お疲れ様でした。
デハボ1000さんにとって、来年はもっと激動の一年になるかも知れませんが、身体に気をつけて頑張ってください。

投稿: mac | 2005年12月25日 (日曜日) 11時42分

貴方の振る舞いに目を瞑り
信じて付いていこうとしていた者を
裏切る結果になった事をお忘れなく

投稿: | 2005年12月26日 (月曜日) 10時47分

>貴方の振る舞いに目を瞑り 信じて付いていこうとしていた者を裏切る結果になった事をお忘れなく

事実でしょう。伏してお詫びすることしか、今の私には出来ません。

投稿: デハボ1000 | 2005年12月27日 (火曜日) 19時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/7815881

この記事へのトラックバック一覧です: 大過なく:

« コーチングなるもの | トップページ | NEW WORLDへの歩み »