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基本書を見つける

今日は、毛色を変えてみます。
書物が全てではないのだが、書物・文献を多いに参考にして、考えを組み立てていくことってありますよね。
少し仕事のことが入りますがご容赦を。
1昨日も、金属組織分析手法について某大学の懇意な教授にその薬剤処方と、その染色形態の判定基準を教わってきました。このことは「手法だけでは」色んな本に載ってるんですが、その組織の形態を分類したり過去来歴までさかのぼった所を見分けるのはノウハウがあります。それで教わりに行ってきたのです。
教わったらそれで終わりとする状態では、それはただひとりのものになってしまいます。何かに書いて作業標準にしなければならない。
自分も含めて、仕事を間違えなく指示し、その要件にあたるものを手配し、やって(普通はやってみせてから)、判断を仰がせて、それを受けて自分はGO・NOGOを決定し、主幹部署・客先・場合によっては発注先に報告する作業を義務付けなければいけない。
この一連の作業の中には、書物・文献を参考にして、考えを組み立てていくことは、いやでも関所になって待ち構えるわけです。

ところで話をもどすと、作業標準がないものでも、それがなぜか自然にパターンになっているのは、日常のいたるところに一杯ありますね。PCで検索するにも暗黙知のルール。生命保険に入ったり、保険金をもらったりするにも暗黙のルール。これ、最近まで暗黙知という言葉をSEの人から教わるまで気が付きませんでした。SEの仕事のなかにはその暗黙知をあらわにしてシステムに組み込む行程が存在するのです。また私が図面を書いたとした場合、その中にはJISであーとかこーとかとは別な暗黙知が組み込まれているのでしょう。むしろそれがすべてという場合もあるのですね、どうも。
他方、社会生活における暗黙知というのはなにか、といっても年上の人でもその概念があるとは限らないし、また中身も違うのかも知れません。人に聞くのも手ですが根本には自分でフレームぐらいは構築しておく必要がある。というわけで、本当の基礎的な部分はなにか、という本「基本書といいましょう」を買い込んで、せこせこ休み時間や電車の中で読んでいます。技術系のものはまあ、「これわすれてたなあ」で済みますが、困るのは社会通念に関することです。
今、仕事以外のものでは、中国古典の通読書・コンピューター倫理学・某氏に教わったマーケットの把握の本(上下) 職業倫理学、臨床心理学基礎です。もっと読みたい本が見つかればそれを買おうと思います。これらが私にとっての現有の基本書です。
特許関係を勉強された方に、基本書という概念があることを教えられたのではたと気が付いたのです。いまもそうかは分かりませんが、予備校でも基本書という概念があったような。
もっとも、孟子だと思いますが「本たるものはその中のエッセンスでしかない」という意見もあります。けどその時代とは社会の基本概念のレベルが違ってるのです。(ただし、基本書に固執するあまり回りが見えなくなる程度に至ると、宗教化・硬直化してしまいます。その程度は自己調整しておきたいです。)

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