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103-3000

とうとう八高線から103系が亡くなってしまった。ただの103系というのでなく、103-3500と103-3000という変わり者がいたのである。
はるか昔、私が学校に進んだころ、この103-3000はなんと足回りは73系という旧型国電であった。「ここにこんな高運車がいるのか。・・・・あれー,走り出すと音が変だぞ。・・・・おや?なんなんだこの車番は」と入学試験を受験したよる乗った時の驚きは忘れないでしょう。いや半自動ドアはいいんですよ。けどあの走りは近鉄920系 旧1000系 京阪700系とおんなじなんです。そうです。乗せ代えだったんです
ここ支店にきて、5編成全部走ってるのをみました。その理由は1987年ごろ(85年とのこと・まだ国鉄の時代ですね)に廃却せず、103系の予備電装品+101系の余剰部品をつかって川越線の電化に対応したからです。それが1本減り2本減り、なぜか状態のいい103-3500が廃車になってしまっても、(たまたま八高線八王子口の朝ラッシュ増発があったので)2本だけは残っていたのです。ただ、状態はよくなかったですね。日中は側線で昼寝。末期は夜間は2本滞泊でした。(本当の末期には朝ラッシュ時の固定運用同然でした)
そういう意味で私は、この電車(というか車体)がデビューしたころと、最終期に再度出会えて、人の一生を見つめ続けたようで幸せでした。何だかんだあったけども、まあ地道に働いたということは、恵まれた一生だったのだろうなあと、そう声をかけてあげたいです。
もっとも、そのあとにきた209-3100というのも、8両中6両は臨海高速線からの「買収国電」です。皮肉なものです。(車内の化粧板が違うのはいいですよ。けど、もう少し側面のりんかい線の痕跡をきれいに消さんか。)

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コメント

種車は正確にいうと「72型」と「79型」です。「73系」なら間違いではありませんが「73型」は種車になっていません。
それから103系化改造は1987年ではなく1985年(1986年3月改正用)です。(ただしサハ5輌は1986年改造で、当初は青梅/五日市線用でオレンジ色でした。現在の編成がTcMM'TcではなくTcTMM'cなのはそのためです。)
また電装品や電動台車は「余剰103系」のものではなく、検修用の予備品の見直しによって捻出したものです。当時まだ103系の余剰/老朽廃車は始まっていません。(クハとサハの台車は余剰/老朽101系のもの)
「技術屋」さんとしては、エビデンスは正確に書かれた方がいいと思いますよ。

投稿: TX | 2005年6月22日 (水曜日) 23時27分

誤解を与える表現になってましたね。(あんまり深く突っ込むこともなんかと思ったので)

投稿: デハボ1000 | 2005年6月23日 (木曜日) 13時54分

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