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文章のみというのもありますね

実は、私のしりあいには、すでにBLOGをしている人が2名います。
1名は某鉄道会社付属病院に勤めているシステムエンジニアです。本職はともかくJ2のサッカーの観戦記、海外サッカーの状況に詳しく、時々はラジオでサッカー評論などをやってるそうです。
もう1名は某大学の助教授で、コンピューターリテラシー(要するにIT利用倫理学)の講義などもしているらしく、(本業は別にあるんですが)まあ「プロないしはプロと見なされる方」(苦笑・・・パチンコ屋かおまえは)の部類でしょうな。そんな彼が、私が度々おこるパニック発作を気にしてくれてまして、その解決方法としてBLOGを提案してくれました。
もちろん、悩みましたね。日記が書けないというか、読み返すと嫌悪感すら覚える経験多数。コンピュータリテラシーの問題もそう。かつ丁度、○イブ○ア社が注目を浴びていた時で、ここが一番力を入れているのがBLOGだというのが気になっていたのです。(実は会社のインターネット専用パソコン・・・特許検索・調査、競合他社の情報収集用)では、○イブ○ア社のBLOGはセキュリティーが掛けられ読めません。)
ただ非常勤かつ集中講義で某大学にて講義をした(上前は会社がリクルート費用に廻すといって全部はねるが、会社では出張扱いになる)ことがありますが、当方は、別に文章を書くことに関してはそこまで抵抗感があるわけではありませんでした。論文も書いてましたし。
けど、上記の彼のように、教科書を書くことは現段階では考えていません。(BLOGのまとめは別ですが)大学の先生は結構自分の講義のために教科書を書かれるようですが、当方はその力量はないですし、むしろ社会にでて仕事をすることになってからは、よく辞書的に使いましたから。
講義のときにもこんなことをいうでしょう。「みなさんはこれから、このCADを使って仕事をしていくのだが、図面を書いて、書き込んでいく過程で作れない、手を入れてネジを廻そうとしてもネジを入れられなかったり、どうやって作るか分からなかったりすることが多数あります。ですから、図面表記法をマスターすることはもちろんですが、そのものの作り方、制作工具や機械がどの程度の精度が出せるのかの知識、経験は必要です。けどそれ自身は会社に入ってからまなんでも遅くはありません。むしろ皆さんに望むのは、この機械が組み立てられるのかという考察と、その順番を上長に論理立てて、説明できるちから(訴求力)。そしてそのものはこんな機械で作りますという基礎知識という、一種の計画性が求められます。一旦教室に戻って、自分の机から、機械工作のテキストを持ってきてください。それを横において、必要に応じてどうするかを考えながら、演習を行っていきましょう。じゃ、10分間休憩!」
この場合、教科書(といってもいろんな所から受講してますから、持ってくるテキストがバラバラでした)が基準書面になるわけで、社会に出ればテストはあんまり無いし、(一部の資格試験には持ち込み自由なんてのもありますよ)むしろ、実践する力を求めるから、本を見ても何をしても、特許などに引っかからない程度に人の物をまねしてもいいんですから。その意味で基準書を書く経験が僕には不足している。せいぜい書いた所で専門家用の50ページ程度の本ですな。
尤も医療関係、特に臨床に関する場合、その場合一刻の猶予も無くしなければならないことも多いです。ある医科大学に仕事で講演を聞きに行った所、臨床系の話でして、「○○の症状を呈する患者を診察し、○○の観察から○○の急性症状を疑い・・・・・・、したが検査結果では××となったため、△△の症状が移行したと判断し・・・(以下省略)」ということになるわけで、そこには経験・知識はぱっと出せなくてはなりませんが、論理性は多少希薄でもよいわけです。むしろ本をめくっては間に合わない場合もあるはず。そんなことで、命に云々が即刻関係の無い私たち機械技術者(0ではないです・・・・自動車など)とは論旨の持っていき方が異なります。医療機械の調査から開発設計までを担当する場合、そんな意識の違いがあるので、先生の意見を伺うときもそこを咀嚼して聞かないと難しいことを、実感しました。
機械関係でもカスタマーズサポート(サービスマン)のひとには、そういう指示書を書いてあげなくてはなりませんし、事実、車のプロ用点検要領書はそういう書き方になります。理論や論理構成よりも、禁則処理の指示が先になるのです。
このような議論は、技術者倫理学という分野になり、一応技術士資格の口頭試問には出ます。大学でやる場合は工学部4年の演習形式になります。必ず出てくるのは、水俣病の内部告発とその会社対応・カ○ミ油症事件の関係者の造反と内部監査体制・そして○印乳業の管理体制と監督者責任・J○Cの臨海爆発事故によるQCサークル運動の是非です。みなさまも一度は考えてみるといいとおもいますので、ネタばらしをさせて頂きました。
さてこんな、文章をだれがよんでくれるのかと始めはおもいましたが、幾らかでもいらっしゃるようで、励みになります。自分の反省材料でもありメモにもなります。しかも写真をつかってビジュアルにするべきも考えましたが、室井祐月女史のBLOGなど全部文章です。だからこんなスタイルで、しばらくやっていきます。宜しく。

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コメント

近い領域でちょっと面白いサイトがありましたので貼っておきます。
http://shippai.jst.go.jp/fkd/Search

投稿: TX | 2005年4月24日 (日曜日) 11時11分

はー、こう言うベータベースを政府系のシンクタンクが作ってるんですね。勉強になります。
畑村洋二郎先生(工学院大学教授)(東京大学名誉教授)は失敗から何か新しいことを見つけるということによって新技術を創出しようという提唱を「日本で」はじめて行った人で、失敗の薦め(講談社カラーバックスだったか)という著書もあります。読んで損は無い本です。
所で、この研究は東京大学工学研究科で中尾教授というかたが研究を継承しています。今の会社に入って最初に設計手法開拓のための研究をN本I○M社などとおこない其のプロジェクトリーダーを勤めさせていただきましたが、このとき新卒のSEが居て、いまでも時々話を電話でしますが、彼が中尾先生の研究室しゅっしんだったと木居て驚いた覚えがあります。そういえば、彼は論理構成のバグを見つけるのが非常にうまかったのはそのためでしょうか。

投稿: デハボ1000 | 2005年4月25日 (月曜日) 01時59分

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